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逃亡した悪役令嬢は隣国で踊る戦乙女と呼ばれています。  作者: 聖願心理
第2章 魔王討伐をするようです。/第1節 踊る戦乙女の里帰り
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29 ミリッツェア、追い込まれる

 部屋につくと、ブライアンとミリッツェアは、想像以上に深刻そうな顔をしていた。

 どれくらいかって言うと、浮ついていた気分が元に戻るほどだ。


 ファースも同じくらい驚いたようで、一気に冷静さを取り戻した。そして、自分がした行動を思い出すと、顔を赤くしながら私の手を慌てて離した。

 もうちょっとだけ繋いでいたかったな、なんて言うのは私の我儘だ。


 ……って私、何考えてるの?!

 そ、そんなことより、ふたりに何があったかだよ!!


 ぶんぶんと首を振って、邪心を追い払う。


「何かあったの?」


 あくまで冷静に、そう、いつも通り冷静に、尋ねる。


 ブライアンとミリッツェアは顔を見合わせて、目で会話をする。そして、ブライアンが重々しく口を開いた。


「……ミリッツェアの聖魔法が完全に消えた」

「……は?」


 予想外の言葉だった。


 ちょっと待って?! 聖魔法が消える?! 使えなくなったってこと?!

 そんなこと、ありえるの? いや、ありえないはずだ。魔法が使えなくなるなんて……。


「いつわかった?」


 混乱に陥ってる私とは違って、ファースはとても冷静で、すぐに質問を投げ返した。

 こういうところは本当に流石だなって思う。


「王城の前で魔物と交戦している時、急に」

「それまでに特に変わったことは?」

「わからない。少なくとも、俺とミリッツェアが把握している中では何もなかったはずだ」


 つまり、全く手がかりがないってことだね。

 本人と一番近くにいた人間がわからないって言うんだから。


「ミリッツェア。魔法が消える感覚があったの? それとも魔法を使おうとして、使わなかったから気づいたの?」

「……魔法を連続で行使してたら、いきなりすっと消えるように魔法が使えなくなったんです」


 私の質問に、細々とした声でミリッツェアは答える。それだけで、ミリッツェアの心情が痛いくらいに伝わってきた。


 魔法が使えなくなったことに対する恐怖。

 また使えるようになるかどうかの不安。


「私、どうなるんでしょう……」


 それはきっと、ブライアンの婚約者(現在の地位)に居続けることができるのか、というそれだけの思いから湧き出てくるものなんだろう。


 伯爵令嬢であるミリッツェアが、次期国王であるブライアンの婚約者になるなんて異例のことだ。

 彼女の婚約は、ふたりの想いの強さもあったのだろうが、それ以上に“聖魔法が使える”という事実が大きかった。


 それが失われたと言うとは、婚約破棄に追い込まれる可能性は大いにある。本人たちの意思なんて関係なく。

 わかっているからこそ、彼女は怯えているのだ。


 …………貴族って本当に面倒くさいなぁ。


 好きな人と結婚したいだけなのにね。色々なものに邪魔されちゃうって、窮屈だ。

 それが貴族としての責任って言われたらそれまでだけど、大体そういうのを邪魔するのは利己主義な奴らって決まってるんだよね。

 本当、嫌になっちゃう。


「大丈夫だ、ミリッツェア」


 今にも消えてしまいそうなミリッツェアを、ブライアンはそっと抱きしめた。


 …………見せつけてくれますねぇ。


 そうツッコミたかったが、そんな軽口を叩ける雰囲気じゃないのは、重々承知なので、心の中だけで我慢する。


「でも……」

「俺が愛してるのは、ミリッツェアだけだ。だから、お前のことを守る。だから、安心して側にいてくれ。いてほしい」


 おいおい、仮にも元婚約者の前で、そういうこと言っちゃう?!

 気にしないけど。別にブライアンなんて、微塵も興味ないけど。

 私がルシールじゃなくて良かったねぇ。多分ルシールだったら、今頃刺してたね。


 しかし、このやりとりを見るに、同じような会話を何回も繰り返しているのだろう。そんな空気感だ。

 勿論、ミリッツェアは本当に、不安で不安でたまらないんだろうし、ブライアンだって嫌々愛を囁いているんじゃない。どちらの表情も演技ではなかった。


 だから、私がなんとなく、そう感じただけだ。

 女の勘ってやつ? 


 まあ、こんなやりとりを何回も見せつけられるのは、ルシールじゃなくても腹がたつっていうか、見てって疲れるっていうか、こっちが照れるっていうか……。

 とにかく私は、ミリッツェアの不安を取り除くことにした。


「ミリッツェア、大丈夫だよ」

「え」


 根拠もなく自信満々にいきなり私が言い出すので、ミリッツェアはぽかんとしている。


「その問題、私が解決するって約束したんだから。ちゃんと解決するよ」

「でも、何もわからないし、いくらエイリーでも」

「大丈夫って言ってるでしょ」

「…………」


 まあ、信じることなんてできるわけないよね。

 こんな状況に立たされて、具体的なものを示されるわけでもなく、ただ『大丈夫だ』ってしか言わない人なんて。


 でも。


「大丈夫なの。ミリッツェアは無条件に私を信じていればいいの」

「……エイリー」

「私を信じなさい。踊る戦乙女(ヴァルキリー)って名を信じなさい」

「……っ!」


 今の彼女は誰かを信じることでしか、縋ることでしか、安心することができなだろう。


 聖魔法は、彼女にとって、心の根幹だった。これがあったからこそ、強くあることができた。

 それが失われた今。代わりとなるものが必要だ。

 残念ながら、ブライアンじゃダメ。ミリッツェアはその強さで、ブライアンという恋人を手に入れたから。


 ミリッツェアには、他の、何にも関係のない、縋るものが必要だった。


「根拠はあるのか、エイリー」


 ブライアンは厳しい眼差しを向けてくる。真剣そのものだ。


「ないって言えたら、かっこいいんだけど、残念ながら、あるんだよねぇ」

「は?」

「間抜けな声出しちゃって……。聞こえなかった? 根拠はあるよ。根拠というよりは、原因に近いもの、かな」

「はああ?!」


 驚くのも無理はないか。

 ブライアンたちには、それがわからなかったんだし。まあ、わからなくても仕方ないかなぁとも思うけど。


「なんでわかったんだ?」

「経験だよ。証拠はないけど、確信が持てる」

「それはなんだ」

「それは……」


 ごくりと皆が唾を飲む音が聞こえる。



「上級悪魔・タローマティ。十中八九、こいつのせいだ。

 ちなみに今回の魔物騒動もこいつが糸を引いていた。邪竜と下級悪魔に至っては、私を仕留めるためって言ってたし」


 明らかになる真実に、皆がポカーンとし出す。

 びっくりするのは良いんだけどさ、びっくりしすぎじゃない? 表情に滅茶苦茶出てるよ。


「上級悪魔……?」

「魔法を封じることができるなんて、魔王や上級悪魔くらいでしょ」


 確かに、と納得するアイオーン陣営ファースとグリーとレノ

 上級悪魔という単語に困惑するマカリオス陣営ブライアンとミリッツェア


「そんなわけだからさ? 近々、そいつぶっ倒す。だから本当、ミリッツェアは安心して私を信じてくれて良いよ?」


 売られた喧嘩だ。しかも、因縁の相手だ。買わないわけないじゃないか。

 それに、私の食事の時間を邪魔したしね!!! 許すまじ!!!


「……ありがとう、エイリー」


 その言葉にようやく、ミリッツェアは笑みを浮べた。


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