14 溺愛もほどほどにしてください(小声)
私が抱き枕のように抱きしめられ、そしてコンスタントさんの次は、マーシーさん、その次にルークさん、と回されて、1時間が経過した。
未だに終わる気配はない。
「あの……」
「どうかしたか?」
「もう良くないですかね?」
「まだ足りないわっ! 旦那様、そろそろ交代の時間です」
コンスタントさんに抱きしめられていた私は、今度はマーシーさんの腕の中に収まる。
ここまでされたら、もう良い匂いだなぁとか感じないよ! もう飽きたよ!
使用人たちは、諦めているらしく、さっさと自分の仕事に戻っていった。
ねえ、止めてよ?! 止めようよ?!
いや、止めても止まらないこと、分かってるんだろうけどさ。でもさ、私が可哀想だと思わないわけ?!
そして、さらに2時間が経過。
ここまで来ると、「私はどうして抱きしめられてるんだ?」「そもそも抱擁を交わすわけとは?」と、意味のない質問の答えを探し始める。
「皆様、夕食の時間です。いかがされますか?」
そんなことをしていると、執事がやってきて、そんなことを言った。
救いの手だ!! これでようやく解放される!
「もう少し後にしてくれ」
そんな執事の言葉をコンスタントさんがばさりと切り落とす。うんうん、とマーシーさんとルークさんも頷く。
嘘?! まだ足りないの?! こんなに抱きしめたのに?!
「承知しました。ではいつにいたしましょう?」
「そうだな……」
夕食なんていらない、ずっと抱きしめていたい、という本音が、コンスタントさんの顔に浮かんでいた。
表情でバレるのもどうかと思うけどさ、……マジで? マジで言ってます?
執事もそれを察したようで、一言付け加えた。
「久しぶりの家族そろっての夕食ですので、料理人が張り切っていましたが」
「それもそうだな。では、今すぐ準備してくれ」
執事の“久しぶりの家族そろっての夕食”という言葉に反応して、コンスタントさんは即座に手のひらを返した。
清々しいなぁ……。
というか、執事すげえ。主人の扱い方、よくわかっていらっしゃる。
この人たち、扱いやすいといえば、扱いやすいんだけど。
そうして私は、ぎゅう地獄から脱出することが出来たのだった。
この先にまた別の地獄があることは、知ってますよ、ええ。
* * *
夕食は、ルシールの好きなもの三昧だった。
高そうな肉、高そうな魚、高そうな野菜……。
庶民派の私としては、もっと家庭的な料理の方が良かった。
けれど、流石公爵家の料理人。とっても、美味しかった。庶民派の私も美味しくいただけた。
くそ、これだから金持ちは!
ただ量が多すぎて胃もたれ寸前だった。
脂っこいもの多過ぎ……。
うろ覚えのテーブルマナーで、次々に料理を平らげていくが、どんどん料理が出てくるわ、コンスタントさんたちが「これもいる?」「これも好きだったよな」と分けてくるわ、で減らない。
私そんなに食べられない……。というか、人の食べる量じゃない……。
私が食べるのに一生懸命で、会話をする余裕はなかった。
でも、皆は幸せそうに私の食べる姿を見ていたから、満足だったんだと思う。
* * *
夕食が終わって、食後のティータイム。
お腹いっぱいすぎて、お茶どころじゃないんだけど。と思いながら、クッキーを口に運ぶ。美味しい。もう一つ口に運ぶ。美味しい。
甘いものは別腹って言うけど、本当だったんだな!
皆がゆったりと落ち着きを取り戻すと、コンスタントさんの顔つきが変わった。
それを受けて、マーシーさんやルークさんの表情も真剣なものになる。
妙な緊張感がその場を支配し、私もカップを置いた。
……何が始まるんだ?
「エイリーだったかな」
「……はい」
コンスタントさんが、私の名前を呼んだ。
さらに緊張感が高まる。本当何が始まるの?!
「話を始める前に、一つだけ質問だ。
……君は、ルシールの姿をし、ルシールの記憶を持った、別人、ということで間違いないんだな?」
「……そうです。私は、ルシールなどの記憶が融合してできた、別人です」
ごくり、とつばを飲む音が聞こえた。つばを飲む音が聞こえるほど、場は静かだった。
「そうか……」
コンスタントさんは深刻そうな顔をして……、
「まあ、何の問題もないな!」
と笑った。
「はい?」
流れがよくわかりませんが??
今の流れだと、「君はうちの娘ではなーい」「娘の体を返せー」みたいな言葉が続く流れじゃなかった?
え、違うの?! 私が間違ってるの?! そう思い、マーシーさんとルークさんを見るが、二人ともうんうんと頷いていた。
……私が間違っているみたいだ。断じて認めないけど!!
「ルシールたんの姿で、ルシールたんの記憶を持ってるんだろう? じゃあそれは、ルシールたんじゃないか!」
「いやいやいやいや」
「ええ、旦那様の言う通りですわ! 私たちの愛すべきルシールはここにいるのだから、問題なんてこれっぽちもないですわ」
「いやいやいや」
「だから、エイリーも遠慮せず、俺たちを家族だと思ってくれてかまわない! むしろそう思ってくれ!」
「いやいや……」
こいつら、頭大丈夫か?!
お前たちの愛するルシールは、そんなものだったのか?!
「……それでいいんですか。こんなに性格違いますけど」
「「「それもそれで可愛いから大丈夫」」」
「…………」
いや、もうここまで来たら、凄いとしか言いようがないよね。
昔から手遅れなんだから、もうどうすることもできないよね。
なんでこいつら、ルシールに対してだけはこんなに馬鹿なんだ?!
「それに、よく見たらルシールちゃんに似ているところあるわ」
「母様もそう思いました?」
「お前らも気づいていたか」
「あらあら、私のルシールちゃんに対する愛を舐めないでください」
「そのお言葉、お返しします」
「ほう……。では、どこが似ていると思った?」
そして、何故か『エイリーとルシールが似ている所』語りが始まってしまった。
皆さん、熱中して議論を交わしている。
あの、すごく恥ずかしいんで、やめてもらえません?
なんて言えるはずもなく、言ってもやめてもらえるはずないだろう。
私はあきらめて紅茶を飲んだ。




