11 やらかしまくりの英雄さん
「久しいな、ルシール・ネルソン」
「陛下もお変わりないようで」
私が今いるのは、謁見の間。
目の前には、マカリオスの国王様が豪華で偉そうな椅子に座っている。その脇には、多分宰相だろう人が控えている。
で、私を取り囲むように、ルシールの父親・ネルソン公爵を始めとする有力貴族がずら~と並んでいた。
私の隣には、ブライアンがいて、一緒に跪いている。
ひえええええ、なんか凄いことになってるよう。
この最大級に重苦しい雰囲気、私が押しつぶされそうだ。流石の私も下手なことは言えない。
……どうしてこうなったんだっけ?
私は現実逃避を始めた。
* * *
「はあああ?! 今お前なんて言った?」
「聞こえなかったのか?」
「うん。多分私の耳、ものすごく調子悪いんだと思う」
「もうすぐ王城に着くぞ、と言ったんだ」
あ、やっぱり私の耳は調子が悪いみたいだ。
「エイリーが聞こえている言葉に、なんの間違いもないと思うわ」
ふふふ、と私の顔を見ながらミリッツェアが笑う。
私、そんなに可笑しい顔していたか? そして、わかりやすかったか?
「エイリー。お前は、これから父上――国王陛下と謁見をしてもらう」
「いきなり?!」
「お前の失踪は、国を騒がしたんだぞ。何よりも最初に国王陛下に謝罪するのが筋だろう」
「それはそうだけどさ! いきなりすぎない?」
帰国して真っ直ぐ行くところでもなくない?
「お前、また逃げるかもしれないだろ」
ため息と共に、ブライアンはそう言った。
「………………逃げないし」
「今の間は何だ」
「ここまで来たら王様に会うことだろうがネルソン家に戻ることだろうが何だってやるしもう逃げる気もあんまりない。ただ……」
「ただ?」
「………アイオーン出る前に言われてたら間違いなく逃げてた。というか全力拒否してた」
「だろうな。だから、今まで隠してたんだ」
またため息を吐くブライアン。
そんなにため息吐くと幸せ逃げちゃうよ? 君、結構幸せなんじゃないの?
「誰の入れ知恵?」
こんなこと私と知り合ったばかりのブライアンにわかるはずがない。
きっと、誰かに教えてもらったはずに違いない。誰なのかはなんとなくわかってる。
「ファース殿に決まってるだろ。他に誰がいるんだ?」
「ですよねええええ」
ファース以外にいるわけないよねええええ。
悔しいが、ファース以上に私のことをわかってる人なんていなんじゃないだろうか。
そんな話をしていると、いつの間にか王城に着いていた。
* * *
そうだったそうだった。ファースの手のひらの上だったんだ、私。
「それでルシール・ネルソン、何か言いたいことは?」
「……はい?」
やばい、現実逃避に夢中で、全く話を聞いてなかったよ。
今何の話してるの? 私、何を聞かれてるの?
「どうかしたかね?」
王様が鋭い目で私を見てくる。
ひえええ、どうしようどうしよう。
よし、エイリー。正直に言うんだ。正直に言おう。
「あはは。申し訳ありません。ぼーとしてて話聞いてませんでした。……あはは」
よし、良くやったぞ、私。笑って誤魔化す手法も取り入れたし、なんとかなるだろ! うんうん。
なんてほっとしたのはつかの間。
しんとした空気が場を支配していたことに、私はすぐに気がついてしまった。
えええ、なになになになに?!
私、何かやらかした?! いや、やらかしてばっかりな気がするけど!
ちらりとブライアンの方を見る。
ブライアンは『お前何言ってんだ。正気かくそやろう』みたいな表情を私の方に向けていた。
「無礼者! お前はどれだけ罪を重ねれば気が済むんだ」
静かな空気を打ち破るように、宰相さんが叫んだ。宰相さんも何かに驚いていたようで、我に返るように声を出していた。
「はあ……」
「なんだその間抜けな返事は!」
「なんかその、すみません?」
こういうときはとりあえず謝っておくのが一番だろう。
確かに、人の話を聞いていなかった私が悪かった。でもこんな所にいたら現実逃避をしたくなる私の気持ちもわかってほしい。そんなこと言わないけど。
「ルシール・ネルソン! お前は本当に自分が悪いことをしたと、本気で思っているのか!」
「まあ、多少は?」
うーん、私がした悪いことって、人の話を聞いてなかっただけだよね?
あ、王様の話を聞いてなかったことがいけないのか。王様だもんね。下手すれば不敬罪になるのか。
ちょっとまずいことしちゃったのかもしれないなぁ……。アイオーンの鬼畜国王とかマノン様とか、マスグレイブ兄弟とかと、割とフレンドリーに話してたから、忘れてた。
アイオーンがイレギュラーだよね。マカリオスが正常だよね。
うんうん、と私はひとりで納得した。
「ルシール・ネルソン。お前、死罪になりたいのか?」
「そんなわけないです。逆に好き好んで死罪になりたい人っているんですか?」
「ならもっと緊張感を持て。遊びじゃないんだぞ」
なるほど確かにそれは一理ある。
決してふざけているわけではないが、緊張感は足りなかった気がする。なんか、だんだんとこういう雰囲気なれて来てるなぁ。
「わかりました。あ、でも私のことを“ルシール・ネルソン”と呼ぶのはやめていただけませんか? 私は“エイリー”ですので」
これは大事なことだ。私はルシール・ネルソンなんかじゃない。そこの違いははっきりさせておかなくては!
「お願いだから黙ってろよ。お前余計なこと言うな」
「余計なことなんて言ってないけど?」
顔を真っ青にして、懇願するようにブライアンはこそっと言ってきた。
なんだか体調悪そうだなぁ……。
「……それはただの戯れ言ではないのか?」
そこで、王様が口を開いた。鋭い視線が私を刺す。
ああ、ちょっとこれは緊張するかも。
「と言いますと?」
「お主の人格が変わり、踊る戦乙女などと呼ばれる英雄となるほどの力を持つなんて、戯れ言にしか聞こえん」
私が聞いてなかった話は、今の“私”の状況についてだったのか~。
「お主のことだ。幻想魔法で、そういう幻覚を見せているのではないか?」
「確かにルシール・ネルソンならやりかませんねぇ」
しみじみと私は言葉を返す。
本当にその通りで、ルシールなら、そのくらいのことはやりそうだ。
「でも、事実です」
「根拠は?」
興味深そうに王様は私のことを見てくる。
面倒くさいけど、ちゃんと説明するしかなさそうだなぁ。
「根拠といえるかどうかわかりませんが、嘘だとしてそもそもこの状況がおかしくないですか?」
「ほう?」
「そんな幻想魔法使ってたら、何が何でもこの場には来ないと思いません? 来たら、それこそ死罪にされますよ。
まあ、こんなの根拠にも何にもならないですけど」
「他にあるのか?」
「勿論。決定的なのは、アイオーンの王妃様のこと知ってますか?」
「……ああ、そういうことか」
なにやら王様がにやりと笑みを浮べた。
私のその一言で、全てを理解し、納得したようだ。
ただ、周りの人は理解できていない様子。
まあ、マノン様がゼーレ族の生き残りだってことはあまり知られてないはずだ。というか、ゼーレ族自体、あまり知られていないだろう。
「アイオーンの王妃であるマノン様は、ゼーレ族なんです。つまり幻想魔法は効きません」
ざわ、と動揺が走る。
「これが何よりの根拠でありますけど、どうですか?
……これでも納得できないようであれば、見せてあげましょうか? 私の力」
そう言って、少しだけ魔力を体に纏う。
クラウソラスが手元にないから、加減が難しいなぁ。
私の雰囲気が変わったことに、皆が気づき、気まずそうな顔をした。
さて、この場はどうまとまるのかなぁ。
すると、国王がはははと声を笑い出した。
何が起こった?!
「すまんな、エイリー。一応、君を試させてもらった。力を収めてくれないか」
「は、はぁ」
王様の変わりように、私は困惑しながらも、魔力を収めた。
やらかすのはいつものことです。温かい目で見守っててください。




