第五話 ー 「ゴゼ・ハイン」
何かが明らかになり始めます。
「夕食よ、イギー!」
ボクはレミーちゃんの明るい声で目が覚めた。
時計を見ると、午後七時。
部屋に入ってから三時間以上は経っている。
そんなに長く寝ていたのか。でも、お陰で疲れは大分とれた。
ボクは慌てて部屋から出る。
すると、
「夕食は当番制よ。 慣れてきたらイギにも作ってもらうからねー!」
部屋の前にいたレミーちゃんが、悪戯っぽく笑ってそう言った。
彼女は早足で階段を降りていく。
これまでお弁当で繋いできたボクにとっては、早くもピンチだ。
「おはようございます」
一階に降りていく階段から、ボクは皆に向かって挨拶した。
「夕食前の挨拶がそれでいいの?」
フィサさんがクスリと笑った。
しまった、寝ぼけてた……。
夕食はカレーライスとサラダだった。
カレーは出来立てで湯気が立っている。
そういえばこっちの世界に来てから何も食べていない。
美味しそうな臭いに、お腹がグゥと鳴った。
「いただきまーす!」
ボクは手を合わせる。
まずは一口。お腹が空いていたからか、カレーもサラダも美味しすぎる。
「本当はイギの加入祝いで、豪勢なものにしたかったんだけれど……材料がなかったの。でも、おかわりは沢山あるからね!」
「おう! 沢山食べてみせるぜ!」
「いや、あんたに言ってないし、そんな気合い入れなくていいよ、ゴゼ」
「はっはっは、オレは大食らいだからな!」
「会話になってないわよ!」
レミーちゃんとゴゼさんの掛け合いは、仲のよさを感じさせる。
フィサさんもそんな二人を笑いながら見ていた。
クロフトさんのみ一人静かに食事をとっている。
「そうだ」
フィサさんが切り出した。
「明日は食料品の買い物と金策をしようと思うの。朝早いと思うから、今の内に班訳を伝えるわね」
彼女はハンカチで口を拭き、メモを取り出す。
「買い物班はゴゼとクロフト。 金作班は私、レミー、イギの三人。イギ、デビュー戦よ」
ビックリし、ボクは思わず口に入っていたご飯を噛まずに飲み込んだ。
「わーい! イギの力が見られるー!」
「くっ、オレも見たかった……。 だが、楽しみは後に取っておくぜ!」
ゴゼさんは何故かマッスルポーズを取っていた。
「イギがいるから、今回クロフトは買い物お願い。イギの力は私が詳しく見ておくわ」
「………わかりました」
そうだ、戦闘はフィサさんとクロフトさんが氷魔法で凌いでいたんだっけ。
ボクも魔物に緊張しないで力を扱えるといいけれど……。
そこへレミーちゃんが疑問を投げ掛けてくる。
「水、周りにないけどどうするの? フィサが氷魔物使って、溶けた水を利用するの?」
確かにそれは説明していなかった。
「ええと、“あらゆる“水を操れるので、この場合は空気中の水分を操るつもりです」
「空気中の!? 凄い!」
「すげぇ!」
レミーちゃんとゴゼさんは目を見開いていた。
「頼んだぜ、イギ!」
「ちょっとゴゼ、イギにばかり負担かけないでよ?」
「その通りね、皆、彼を頼り過ぎないように」
「おう、わかってるぜ!」
会話があり、笑いあえる食卓。
更に異端と言われた能力で皆を少しでも助ける事ができる。
それだけでもボクには充分過ぎる幸せだった。
レディファーストらしいお風呂に三番目に入らせてもらい、ボクは部屋に戻る。
22時前後。明日は早いからと早寝を薦められた。
ベッドに横になり、慌ただしかった一日を終えようとする。
ふと、考え事をしていた。
ーーボクにはどうしてこんな力があるのだろう。
魔法とはまた別の力。
孤独から解放されたのはいいけれど、自分の事なのに未だに自分でも解せない。
いつか元の世界に戻らないといけない日だって来るかもしれない。
それはボクにとっては最も避けたい事だった。
明日の緊張と昼寝のせいで中々寝付けない。
何となく、外の空気でも吸おうかと外に出る。
すると、そこにはゴゼさんの姿があった。
「……ゴゼさん?」
ゴゼさんは驚いた様子で振り返る。
「イギ! どうした?」
「ゴゼさんこそ」
話を聞くと、ゴゼさんも中々寝付けなかったらしい。
「いやー、お前が来てくれたのが嬉しくて目が冴えてな!」
はっはっは、と笑っているゴゼさん。
夜なので流石にボリュームは少し小さい。
「期待に応えたいです」
「おぅおぅ! オレにもその内“水操“とやら見せてくれよな!」
「はい!」
ボクは元気よく返事をする。
緊張してはいるけど、期待には応えたいし、何より初めてできた仲間の役に立てるのは嬉しい。
「……オレな」
「?」
急にゴゼさんの声がさっきより小さくなる。
「昔は、もやしみたいだったんだぜ」
意外すぎる一言だった。
「随分前だが、病弱でな。 もやし以下の筋肉スカスカ野郎だった」
「ゴゼさんが!?」
思わず声を張り上げてしまった。
慌てて口を押さえる。
「意外だろ? だがな」
ゴゼさんの表情が神妙なものになる。
「…………弱すぎて、幼馴染を死なせちまった」
「!」
ボクは更なる驚きを隠せなかった。
「そん時は転移装置が敵の真後ろにあってな。 弱かったオレは、幼馴染に助けてもらいながら戦っていた。 当時はまだ短剣が武器だった。……しかし、幼馴染に負担を掛けすぎた。 結局、幼馴染は自分を囮に、オレを逃がした。 ……………戻って来なかった」
「……………」
何も言えなかった。
ゴゼさんがそんなも重いものを抱えていたなんて。
「だから、オレは訓練に訓練を重ねた。 もう親しい人間を失うのはこりごりだった。 ーーオレは寧ろ守る側に回りたかった。 筋肉をひたすら鍛えた。 そして歳を重ねていくにつれ、病弱な体質も変わっていった。 斧戦士になる前は、普通の短剣使いだったんだぜ」
ゴゼさんは続ける。
「やがてオレは気が付いた。 無我夢中で、長い間周囲から孤立化していた事に。……そんな時だった。 フィサやあいつに出会ったのは」
「あいつ、ですか……?」
「“シデン・アサーキー“。 行方不明になっている仲間さ」
「シデン、さん……」
ボクは名前を繰り返した。
「そうだ。 あいつらはまだガキだったが、大変な思いをしていた。 ほっとけなくて声を掛けたのはこっちだったんだが、チームを組まないかとも言われた。ーーオレはとにかく仲間が出来て、そりゃもう有頂天だったさ」
黙って次の言葉を待つ。
「その内、レミーやクロフトも加わった。 幸せというか、仲間が増えたというだけでも嬉しかった。 ……だが、シデンは行方不明になっちまった。 オレ達は同時に起こった最近の異変に目を付けた。 これは話したよな。 だから、お前が加わって魔物を突破して進めそうになったのも嬉しくてな」
「そうだったんですか……」
ボクは頷く。
同時にゴゼさんの、パンッと両手を合わせた音が響く。
「悪い、イギ! お前の謎に協力するとか言っておいて、自分達の事ばかりみたいになっちまって!」
突然の謝罪。
ボクは驚いて、
「気にしなくとも! 皆さんはなんかじゃないし、ボク、皆さんの力になれるの嬉しいですし!」
笑みを浮かべた。
本当に嬉しいのだ。
だけど、
「大切な仲間が突然いなくなるなんて、悲しいですよ……」
“異端“による“孤独“からだろうか。
僅かな仲間がいなくなる事なんて、ボクには考えただけでも寂しいから。
「くっ… イギ! お前は何ていいヤツなんだ!夜な夜な話を最後まで聞いてくれるなんて!」
ゴゼさんは嬉し涙を流していた。
時間はもう0時過ぎだろうか。
風邪を引く前に中へ戻ろうぜ、と彼は言う。
「ありがとな、イギ!」
手を差し出され、
「ゴゼさんこそ、話を聞かせてくれてありがとうございます!」
ボクは差し出された手を取る。
ーーが、ゴゼさんの握力によって手を痛める事となった。
次回、金策です。