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蝶の記憶  作者: 高階 桂
8/22

8 会議

 『緋色の間』に、緋色の部分は皆無だった。壁は木目の美しさを強調させるために磨き上げた羽目板だったし、天井も白っぽいありきたりの板張りだ。床も板張りで、中央部分だけに鮮やかな青の絨毯が敷かれている。‥‥おそらく、なんらかの謂れがあって『緋色の間』と呼ばれているのだろうが、わたしにはその名の由来は見当もつかなかった。

 青い絨毯の上に置かれた重厚な長方形のテーブルに、わたしを含め八人の出席者が着いていた。上座に座るのは、もちろん藩王フザロックその人だ。その左前方に、フザロックの弟で藩王国警察軍長官にしてリンカンダム王国陸軍予備役大佐でもあるヤラム王子が座る。その正面、フザロックから見て右前方に、いまだ飛行服姿のシスティハルナがいた。その二人から下手へ向けて警察軍幹部らしき四人の男性佐官が並び、もっとも端にわたしの席があった。‥‥まあ、一介の大尉の定位置はこんなところだろう。

 すでに、フザロックとヤラムに対する挨拶は済ませてあった。フザロック藩王は、ちょっと小柄ながらなかなかに渋い風貌の壮年男性だった。歳相応の、白髪混じりの黒髪も、彫りの深い顔立ちに実によくマッチしている。‥‥システィハルナのような美少女が生まれても、なんら不思議はない。

 その弟たるヤラム王子は兄ほどハンサムではなかった。背はフザロックより高いものの、頭は半分禿げており‥‥まだ三十代のはずだが‥‥、腹もいささか突き出しすぎている。灰色の眼でわたしを値踏みするように睨むところなど、昔嫌っていた教練軍曹を思い起こさせる。

「遅れて申し訳ございません」

 女性の声がした。

 わたしは首をめぐらせて声の主を探した。フィーニアが、足早に緋色の間に入ってくるところであった。彼女は王族三人に対し一回だけお辞儀すると、わたしの向かいの席に座った。椅子の位置を直しながら、フィーニアがわたしに対し微笑みを見せる。わたしも微笑み返したが、内心では別のことを考えていた。フィーニアの声を識別できなかった自分に、ちょっと驚いていたのだ。‥‥寮で同室だったころは、講堂の隅で控えめになされた咳だけで彼女と判ったものだが。七年という歳月は、やはり長い。

「では、会議を開催する」

 ヤラム王子が、告げた。

「この会議は、今回の空賊来襲に関し、全般的戦略状況と戦術状況を再確認するとともに、フォリーオ大尉に対し状況説明を行い、加えて同大尉と今後の空賊に対する具体的方策を検討し、必要があると認められた場合に基本作戦計画を変更することが目的である。では、エンセング少佐」

 指名された軍人が起立し、空賊に襲撃されるようになったいきさつを説明し始める。それら詳細はすでにわたしの頭の中に入っていたが、藩王臨席の会議でぼんやりとしているところを見せるわけにはいかない。わたしは表情だけ真剣そうな様子を取り繕いつつ、少佐の言葉を聞き流した。

 レスペラ藩王国に空賊が現れたのは、二週間ほど前のことである。単独でいきなり出現した空賊飛行船は、市街地に擲弾を投下し、二名の市民を殺害、十二名に怪我を負わせ、逃走した。もちろんこの時点では敵が空賊であるとの確証はなく‥‥厳密に言えば今でもないのだが‥‥、あくまで『所属不明の武装飛行船』という形での対処がなされることになる。レスペラ警察軍は直ちに事態をリンカンダム中央政府に無線電信で報告するとともに、次なる襲撃に備えて藩王国所有の飛行船三艇すべてに武装を施し、周囲の山岳に監視哨を設置した。

 翌日、再び空賊が現れる。地上から銃砲撃がなされたものの、空賊飛行船は高高度に上昇しこれを回避、さらに擲弾を投下した。これは狙いが甘かったために人的被害はゼロに終わる。

 すぐさまレスペラ側飛行船二艇が離陸、空賊飛行船を追尾する。追うレスペラ飛行船のうち一艇には、自ら志願したシスティハルナ王女が操舵手として乗り込んでいた。彼女の操舵手としての腕が藩王国内でもトップクラスであることは、すべての市民が周知していたらしい。官僚の中には苦い顔をする者も多かったが、大多数の市民はシスティハルナの出撃を拍手と歓声で見送った。

 レスペラ側がしばらく追尾したところで、空賊側の増援が出現する。しかも四艇。かなわぬと見たレスペラ側は離脱を図るが、空賊側は巧みな操舵でレスペラ艇の退路を絶ち、砲撃を浴びせて編隊を崩しにかかる。連携を断念したレスペラ艇は二手に分かれ、応射しつつ遁走した。システィハルナが操る一艇は、被弾しつつも見事な操舵で空域離脱に成功するが、もう一艇は集中砲火を浴び、奮戦空しく撃墜される。乗員三名は、いまだもって未帰還であり、戦死したものと見られている。

 この事態を受けて、フザロック藩王は非常事態を宣言、警察軍に義勇兵の募集と編成を命じるとともに、中央政府に対し正式に軍事援助を求めた。以来数回空賊の襲撃があり、合計七名の負傷者が出たものの、幸いなことに死者は出ていない。

 空賊に関しての情報は少なかった。レスペラの報告を受けたリンカンダム中央政府は隣接各国に照会し、当該武装飛行船は公的機関の所属ではなく、したがってその正体は空賊であるとの判断を下したが、それ以上の明確な情報は得られていないようで、レスペラにもたらされた中央政府の空賊に関する勧告に添えられた資料は、大部分が推測に基づくものであった。

 それによれば、空賊の出撃基地はおそらく西方のタガレー共和国内。同国は先の大戦においては『東部同盟』の敵である『西方条約』の一員として、わがリンカンダム王国と交戦した元敵国である。そのうえ、同国はいまだ大戦によって生じた国内の混乱が収まっておらず、特に北部地域ではいくつもの軍閥が跳梁跋扈しているのが現状である。おそらくその中の一派か、その支援を受けた連中がなんらかの方法で飛行船を手に入れ、空賊となったと推定される。使用する飛行船は外形の特徴から、ヴィーカル連合王国製のやや旧式な軍用艇と思われる。同国は航空先進国であり、ヴィーカル製の飛行船は軍民問わず大陸南部および西部で広く使われていることは、周知のとおりである。乗員の腕前は並程度と推察される。

 問題は、空賊の目的である。元来、空賊というものはその長距離進出能力と高速性、それに捕捉しにくさを利用して都市や村落を急襲、武器による脅迫を行って金品を巻き上げるのが通例である。しかしながら、いまだレスペラ藩王領に対し、空賊側からの脅迫、金品要求等の接触は皆無であり、今回の一件に関しては、空賊の意図は不明と言わざるを得ない。

 少佐が説明を終え、フザロックに一礼してから着席する。

「では、現在の防衛態勢を。ジューゼル中佐」

 ヤラム王子の指名を受け、やや年配の軍人が立ち上がり、野太い声でしゃべり出す。わたしはこちらは真剣に聞いた。本来ならばメモを取りたいところだが、机上には紙もペンも置かれていない。飛行服のポケットには鉛筆とメモ帳が入っているが、どうやら書き物が許されるような雰囲気ではなかった。わたしは覚悟を決めて、中佐の発言を要約して記憶しようと神経を集中させた。

 レスペラ側が所有する武装飛行船は現在二艇。いずれも四座艇で、最新鋭とは言い難いが、運動性は軍用艇に匹敵する。主武装は航空軍団が以前に払い下げた七型旋回砲。アマツバメ級に標準装備されている九型の一世代前の型で、射程がやや短く、精度も劣る。‥‥ということは、あのリュレアとかいう少女は、旧式の七型で有効射程外から至近弾を与えるという射撃をやってのけたと言うわけだ。驚嘆すべき見事な腕である。

 これにわが『紫の虎』が加わったため、現在の航空戦力は三艇。一方の空賊が保有する飛行船は、推定で七ないし八艇。最大出撃数は二回目の五艇だが、それ以降は常に二艇しか出撃させていない。理由は不明。あるいは整備能力ないしガソリンの供給に問題があるのかも知れない。

 レスペラ側の地上防空態勢は、不十分である。周囲の山岳に固定監視哨を設け、火箭を利用した早期警戒/通報システムを構築してあるものの、対空火器の不足はいかんともしがたい。唯一まともな兵器は、海軍払い下げの『火龍式』艦載対空砲四門だけ。まともと言っても、払い下げを受けたのはなんと大戦前の話であり、製造は当然もっと古い。‥‥わたしの記憶が確かならば、海軍の制式をとっくに外されているはずである。

 あと戦力と言えるのは警察軍と義勇軍兵士だが、武装は歩兵銃と数門の臼砲、擲弾といったところであり、よほど低空飛行しない限り飛行船にとって脅威とはなりえない。

 報告を終えた中佐が、フザロックに向け一礼してから着席する。‥‥どうやら、これがこの会議の正式な作法らしい。発言の機会がきたら忘れずに頭を下げようと、わたしは心の中の覚書に太字で書いておいた。

「では、フォリーオ大尉。派遣部隊の現状と今後の展開状況を説明してくれたまえ」

「承知いたしました、殿下」

 ヤラム王子の指名に、わたしはゆっくりと立ち上がった。慌てずに、第二航空中隊第一小隊の現状‥‥一艇がワルアンで立ち往生、もう一艇はレスペラに到着したこと、消耗品の現状と『レンゼルブ夫人』による追加補給と整備班輸送の予定などを順序立てて説明してゆく。わたしは忘れずにフザロックに一礼してから、着席した。

「君を責めても仕方ないが、二艇というのは少なすぎるな」

 ヤラム王子が、わたしを睨む。

「航空軍団は、事態を正確に把握しておらんのではないですかな?」

 士官の一人が、嫌味な口調で言う。

「ここも国境防衛の最前線だということを認識して欲しいですな。アクレやオットスンとの国境ばかり見ずに」

 嘆息するような感じで、エンシングだかエンセングだかいう少佐。

 非難がわたしに集中する。‥‥まあ、予測できた反応ではあるが。

 わたしは冷静な表情を保ったまま、眼だけでフィーニアに救いを求めたが、彼女は諦めたような表情でわずかに首を傾けただけだった。彼女はレスペラで唯一、正規に軍事航空を学んだ軍人ではあるが、この場では下っ端である。どうしようもないらしい。

「仕方ありませんわ。今は現状の戦力でどうやって市民を守るかに知恵を絞るべきでしょう」

 いままで黙っていたシスティハルナが、不意にそう発言した。‥‥至極まっとうな意見である。ヤラム王子を始めとする連中が、不満顔ながら黙り込む。

 ‥‥ありがとう、姫様。

 わたしは冷静さを装った表情のままで、システィハルナに心中で頭を下げた。

「中央政府には改めて追加援助要請の電信を送るつもりだ。システィハルナの言う通り、手元にある戦力で何ができるかを考えるべきだろう」

 フザロックが重々しく言う。ヤラム王子が、うなずいた。

「軍用飛行船一艇が増えただけでは、守勢に徹するという方針に変更を加えるわけにはいかん。今日の交戦で、空賊側も航空軍団の増援が飛来したことを察知したと思われる。希望的観測を述べれば、これにより空賊側が被害を恐れて襲撃を手控える可能性もあるが‥‥言うまでもなく、軍事においては常に最悪のケースを想定して動かねばならぬ。更なる増援到着前に、こちらの航空戦力を潰そうと空賊側が大量出撃を行う可能性も指摘しておきたい」

 ‥‥さすがに予備役とはいえ大佐である。言うことは、まともだ。

 ヤラムの陸軍予備役大佐という肩書きにも、少し注釈を加える必要があるだろう。本来予備役とは退役した軍人で再召集義務が課せられた者のことを指す。だが、ヤラム王子は王国陸軍に所属したことはない。彼に与えられた予備役大佐という地位は、自治領内で治安維持や国境警備に任ずる軍人に対する、中央政府からの名誉称号に近い。

 名誉称号と言っても、あるいは予備役でも、大佐は大佐であり、それなりの特権と便宜、棒給、それに権威が与えられる。しかし、中央政府もお人よしではない。ヤラムのような人物に与えられる予備役佐官の地位には、負の側面もあるのだ。法的には、王国軍の一軍人としての様々な義務も課せられるのである。つまりは、ある種の手綱にもなるのだ。この種の名誉予備役佐官の称号が『銀鎖の首枷』と揶揄される所以ゆえんである。

「そこで計画だが‥‥」

 ヤラムが、懐から紙片を取り出した。

「フォリーオ大尉の艇が加わったことで、飛行船の運用に多少の余裕が生じる。過去の空賊の活動パターンからして、今後も夜間の襲撃は考慮外としても差し支えないだろう。そこで、明日から昼間迎撃待機の艇を二艇に増やすこととする。交戦規則は変更なし。空賊と確認次第、あるいはわたしないし当直士官の許可信号を確認後すみやかに、交戦を行うものとする。交戦目的はあくまで対地攻撃の阻止を主眼とする‥‥」

 ‥‥きた。

 わたしは覚悟を決めると、さっと右手を挙げた。

「よろしいでしょうか、殿下」

「なにかね?」

 話の腰を折られたヤラムが、わたしをぎろりと睨む。

 わたしは立ち上がった。

「今のお話ですと、わたしの艇はレスペラ警察軍の指揮下に組み入れられると解釈してよろしいのでしょうか?」

「不満があるのかね?」

「殿下が陸軍大佐でもあることは十分に承知しておりますが、わたしが第二連隊長から受けた命令は、あくまでレスペラ警察軍に対する援助であり、警察軍の指揮下に入るように命じられてはおりません。警察軍の指示を受けた上での共同作戦行動は構いませんが、わたしおよびその部下、そして飛行船はあくまで第二連隊の指揮下にあります」

 全員が、あっけに取られた表情でわたしを見つめている。いや、ヤラムだけは憎々しげな表情だ。

「大尉。言葉遊びをしている場合ではないのだ。ここは戦場なんだぞ」

 わたしは内心嘆息した。‥‥予想通りの反応である。

 しかし、ここであっさりと引き下がるわけにはいかない。この『指揮権問題』に関しては、連隊長と法務担当の中佐からくどいほどに念を押されてきたのだ。指揮権の所在を曖昧にしたまま戦闘を行ったり、あるいはレスペラ警察軍に勝手に編入されたりしたら、あとあときわめて難しい法律問題に発展しかねない。しかも、今回相手となる空賊は隣国タガレー共和国内に策源地を置いている可能性が高いのだ。下手をすれば国際問題も絡んできかねない。

 ‥‥『これは、航空軍団を護る戦いでもあるのだよ、大尉』

 わたしは法務中佐‥‥浅黒い、法律家と言うよりは海老採り専門の漁師と言ったほうが似合いの五十絡みのおじさん‥‥の言葉を思い起こしていた。すでに編成から何年も経ったとはいえ、いまだ陸軍と海軍の保守的な将官のあいだでは、航空軍団は疎んずべき存在であり、その風当たりは強い。分割して再び陸軍と海軍独自の航空隊を編成すべきだとか、規模の割には予算を喰い過ぎるとか、女性比率が不当に高いとか、士官の昇進が早すぎるとか、さまざまな非難を浴びせ続けられている。いわばベテラン女優を押しのけて主役に抜擢された新進女優のようなものだ。ちょっと台詞を間違えただけで、降板させられかねないのである。もし今回の任務で法的に間違った対応をすれば、たちまち反航空軍団勢力が好餌を見つけた鴉のように群がり、突っつき回し、内臓を引きずり出した上に貪り食ってしまうだろう。

「言葉遊びではありません、殿下」

 わたしはきっぱりと言い返した。

「別に指揮権を殿下と争おうというわけではありません。戦闘行動中は警察軍のしかるべき士官の指示に従うことはもちろんですし、それ以外の際に出される要請にも原則として応じます。しかし、編成上警察軍に組み入れられたり、戦闘時以外に警察軍の命令に服したりするわけにはまいりません」

 『緋色の間』の空気が、淀んだように感じたのはわたしだけだったろうか。

「大尉。あまり利口なやり方ではないと思うがな」

 ヤラム王子が、ゆっくりと言う。こめかみのあたりの血管がひくついて見えたのは、錯覚ではないだろう。士官の一人が、やっていられないとでも言うように首を振る。

「‥‥筋の通った話ですわね」

 今度も場を救ったのは、システィハルナだった。

「おじさま、わがレスペラがどこかの自治領に義勇軍を率いて赴いたと想定してみれば、フォリーオ大尉の立場もお判りいただけるはずですわ。指揮権までは、放棄しないでしょう」

「ちょっと状況が違うな、シス。大尉の指揮権を剥奪しようとしているわけではない。わたしが義勇軍を率いたとしても、その自治領の軍司令官の指揮には従うぞ」

「でも、形の上だけでしょう? レスペラ派遣軍はあくまでレスペラ派遣軍。忠誠の対象は藩王。その自治領の元首ではないわ。兵士はレスペラのために、その自治領で戦うのです」

「‥‥まあ、よいだろう」

 フザロック藩王が口を開いた。

「大尉。君の主張はわかった。君らはあくまで第二連隊の指揮下にある。そこで要請する。警察軍の指定する方法で待機してくれ。離陸の要請があれば速やかに離陸し、空賊の撃退に協力してくれ。いいな」

「承知いたしました、陛下」

 わたしは深々と一礼した。‥‥第一幕はとりあえずとちらずに幕が下りた。‥‥拍手はなかったけれども。


 『緋色の間』を辞したわたしは、王城の電信室に案内された。

 応対してくれた電信員によれば、この王城に電信が導入されたのは、五年前のことだそうだ。むろん、無線電信機である。こんな山中まで有線を引っ張るなど、狂気の沙汰だ。

 わたしは頼信紙四枚を手早く書き上げた。第二連隊本部に対する現況報告、ワルアン市に足止めされているデリグ中尉に対する指示、ダルムド市で待機中のテリアー曹長に対する指示、そして第二連隊作戦参謀親展扱いで暗号化された報告書。発信先は、一番近いダルムド市の陸軍駐屯地通信課無線電信班。ここから、有線でそれぞれの送信先へと伝えられるはずである。

 当直の電信員は、文字がでたらめに並んでいる四枚目の頼信紙を見て眼を剥いたが、文句もいわずに電鍵を叩いてくれた。他に仕事もなさそうだったので、わたしは一仕事終えた電信員としばらくおしゃべりに興じた。これから毎日のように世話になるのだ。好印象を与えておくに越したことはない。

 彼によれば、この王城電信室の係員は彼を含めて二人しかいないという。勤務は一日交代で、日の出から日の入りまで詰めっぱなし。

「まあ、給金は安いですけど、忙しいこともないですし」

 頭は良さそうだが、いまひとつ意志薄弱といった体の青年が、ふやけた笑みを見せる。

「ここ以外に、無線電信機ってあるのかしら?」

「レスペラ国内でですか? 聞いた事はありませんね。だいいち、持っていても仕方ないでしょう。陛下はこの回線を市民にも開放していますからね。所定の手続きさえ踏めば、手数料負担のみでダルムド市の通信業者や役所に発信できるのですから」

 青年が、断言する。

 わたしは改めて礼を言うと、穴倉じみた電信室をあとにした。


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