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蝶の記憶  作者: 高階 桂
22/22

22 追悼

 フィーニア・クロイ中佐(死後特進)の死は空賊との戦闘による戦死と発表された。‥‥警察軍とその長たるヤラム王子の面子を守るためだ。

 彼女の死の翌日、わたしはティリング少尉とサンヌとともに、飛行装備で係留場に突っ立っていた。

 暖かな天候だった。昨日の曇天が嘘のように晴れ渡り、まぶしい日差しが降り注いでいる。『紫の虎二号』は、ようやく離陸準備に取り掛かったところだ。ボイラーに火が点じられ、気嚢に熱気が注ぎ込まれてゆく。どこから迷い込んだのか、一匹の黒猫がその様子を熱心に見守っていた。

「来ました。時間通りですね」

 ティリングが指差す。

 艇番207と、新たに契約した民間籍輸送船が、その姿をレスペラ上空に見せていた。あの『レンゼルブ夫人』と同じクラスの輸送船は、地上からの指示に従って丁寧な着陸を行った。わたしはすぐに駆け寄り、船長と手早く打ち合わせた。積荷を降ろし次第、この船はダルムド市へととんぼ返りするのだ。『紫の虎二号』は、その護衛任務につく。往復とも、最低一艇は護衛をつけるのが、契約条件のひとつであった。

「お久しぶりです、大尉殿」

 テリアー曹長以下、整備班の面々もゴンドラから降りてくる。彼らはさっそく、積荷降ろしを手伝い始めた。

 わたしは艇番207へと向かった。副長のデリグ中尉が、満面の笑みで出迎えてくれる。

「遅ればせながら参りました。ご活躍は、聞き及んでおります」

「ありがとう」

 わたしも微笑みで応じた。他の乗員からも、握手攻めにあう。

「そうそう。大尉の手荷物、最優先で持ってきましたよ」

 デリグ中尉が、ゴンドラからふたつの荷物を引っ張り出した。小さなトランクと、厳重に梱包された包みだ。

「こっちが目録番号四、私物トランク。こっちが目録番号五、易損品」

「今ここで渡されても‥‥」

 言いかけたわたしは、目録番号五の中身を思い出し、硬直した。

「どうかしましたか、大尉?」

 デリグ中尉が、わたしの顔を心配げに覗き込む。

「‥‥済まないけど、トランクだけ宿舎へ運んでおいて。そっちの包みは、預かるわ」

 包みを受け取ったわたしは、野次馬の中から見知った顔を見つけ出すと、紙幣を渡して二点の買い物を依頼した。


 わたしが花束とふたつの包みを手にゴンドラに乗り込んだ瞬間から、サンヌとティリング少尉はこちらの意図を察したようだった。

「大尉! どうやら発動機の調子が良くないようです!」

 離陸してまもなく、あさっての方を向きながら、ティリングがそう報告した。

「向こうにも不調を教えてやったほうが良さそうだね!」

 わたしの承認も得ずに、サンヌが信号旗をいくつか索に結び付け始める。

 民間籍飛行船に、『了解』の信号旗があがった。

「あらあら! 気流の影響か、艇が北に向かっていますね!」

 好調に唸っている発動機の向きを変えながら、ティリング。

 わたしは二人の部下に無言のまま深々と頭を下げた。

 やがて、『紫の虎二号』は、フィーニアが墜死した場所へと『流れ着い』た。

 ティリングが発動機を止める。わずかな風の音だけが、わたしを包む。

 わたしはゴンドラの縁に手をかけ、下を覗き込んだ。険しい谷間の底に、飛行船の残骸が散らばっていた。遺骸の回収は、ほぼ不可能な場所であった。地上からたどり着くすべはないし、飛行船が着陸する地積もない。滞空している艇から長いロープでも垂らせば、人ひとり降りられないことはないが、裏切り者のためにそこまで危険を冒す奇特な人物はいない。

 わたしは飛行帽を取った。ちらりと後ろを振り返る。ティリングとサンヌも飛行帽を取り、頭を垂れていた。

 わたしは花束をつかんだ。あの活気に乏しい市場で手に入れたであろう、しおれかけた色とりどりの花。

 ‥‥飛べない蝶への手向けには、ふさわしい。

 花束を投げる。谷風に翻弄されつつ、くるくると回転した花は、わずかに花弁を撒き散らしながら残骸からやや外れたところに落ちた。

 小さいが重い包みを取り上げる。包装を、乱暴に解く。自らの手で厳重に梱包したその包みの中身を、わたしはすべて谷間にぶちまけた。ガラス瓶、金属缶、陶器の小瓶、紙箱。‥‥フィーニアに頼まれていた、化粧品の数々。約束の、品々。

 わたしはもうひとつの包みを開けた。

「これは、あなた方も付き合いなさいよ」

 ブランデーの大瓶の栓を抜き、サンヌに差し出す。サンヌはためらわずに、大きく一口呷った。満足げに唸りつつ、ティリングに手渡す。

 わたしに向けて軽くうなずいて見せたティリングが、控えめにブランデーを口に含んだ。眉根を寄せつつ、飲み下す。わずかにあえぎながら、彼女は瓶をわたしに返した。

 わたしは思いっきり呷った。熱い液体が、喉と内臓を焼く。

 瓶を投げる。琥珀色の液体が、谷間に飛び散ってゆく。蝶に墓標はない。ましてや、飛べない蝶には。

 涙は出なかった。ただ、虚しさだけが、重くのしかかっていた。

「行きましょう」


最終話をお届けします。暗い話に最後までお付き合いいただきありがとうございました。見ての通りの、バッドエンドです。では、後書きめいたものを書かせていただきます。本作を書くきっかけは、『目先が変わった空戦ものを書きたい』と考えたことにあります。色々と考えた末に、たどり着いたのが、『飛行船同士の戦い』でありました。もうひとつやりたかったことは、『親友の裏切り』でした。両者を組み合わせて設定とストーリーを作り、書き上げたのが本作となります。で‥‥お読みいただいた皆様、この結末および、あらすじから散々煽ってきた『陰謀』の内容に関して、納得されましたでしょうか? イエスかノーかでもよろしいので、教えていただければ幸いです。 続きまして次回作の宣伝を。‥‥すいません、新作はぜんぜん進んでおりません(汗) アクセス数を伸ばそうと中高生向けの作品‥‥主役は高校生の男の子‥‥を二作ばかり書き始めたのですが、これがいっこうに前に進まない。現在は若い女性を主役とした異世界物に取り掛かっていますが‥‥これもどうなることやら。新作連載開始しました。生物学的SF風味の異世界空戦もの、『グリーン・シールド』 すみません、また空戦ものです。こちらもどうぞご贔屓に。

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