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蝶の記憶  作者: 高階 桂
18/22

18 酒宴2

 『緋色の間』は、前回の会議の時よりも混雑していた。警察軍の佐官全員と、藩王国政府の主要な文官も、臨席していたからだ。システィハルナの横には、サリュシオン王子の姿も見える。佐官全員だから、当然フィーニアも顔を見せていた。

「ではまず、エルダ・フォリーオ大尉から、フレンス・オウラの一件に関する報告を」

 ヤラム王子が、わたしを指名した。立ち上がったわたしは、オウラが宿舎を訪れたところから話し始めた。『紫の虎』が爆発したところで、どよめきが生じる。

 次いで、システィハルナがヤラムの指名を受けずに立ち上がり、『ティリング少尉暗号解読作戦』の詳細を説明した。驚きと当惑が、緋色の間に広がる。捕虜にしたと発表した暗殺者の一人が、実は死んでいたというくだりでは、多くの出席者が一様に驚きの表情を見せた。

「フォリーオ大尉とその部下の方々を危険な目にあわせてしまいましたが、結果的には作戦は成功し、フレンス・オウラという内通者を炙り出すことができました」

 やや淡々とした口調で、システィハルナが続ける。

「‥‥しかし、いくつかの問題が生じました。ひとつは、さらなる内通者の存在です。オウラは、さらに高位の、あるいは警察軍に近しい存在の内通者を示唆しています。彼が逃亡成功寸前だったことを考え合わせれば、その言葉の信憑性は高いと看做さざるを得ません」

 緋色の間が、わずかにざわめく。システィハルナの今の発言は、この中に裏切り者がいる、と宣言したと同じだからである。

「オウラの二人の部下という人命を犠牲にし、また貴重な情報源であるオウラという存在を失ってまで守りたかった内通者である、という事実にも注目して欲しい」

 ヤラムが、重々しく口を挟んだ。

 緋色の間が、さらにざわめく。落ち着きのない人は、内通者を探すかのように周囲を見回している。暑くもないのに汗をぬぐう人の姿も多い。

「もうひとつの問題は、空賊側の大量出撃の可能性についてです」

 システィハルナが、話を再開した。

「エクス隊長率いる一隊の出撃中継地点襲撃で、空賊側は大打撃をこうむりました。そして昨日、フレンス・オウラという貴重な情報源を失った。おそらく、空賊側の選択肢はふたつしかないでしょう。下世話な比喩ですが、残ったチップをすべて現金に換えてすごすごと家へ帰るか、あるいはすべてのチップを賭けて最後の大勝負に出るか」

 システィハルナが、とんと拳でテーブルを叩いた。小さな音だったが、彼女らしくない仕草におもわず一同が動きを止め、沈黙する。

「ということだ。警察軍は、近日中に空賊の全力出撃があるものと想定して、迎撃準備を整える。では、ジューゼル中佐」

 ヤラムが指名する。

 わたしはジューゼル中佐の防衛体制に関する報告を聞き流した。それらはすでに、頭の中に入っている。出動できる飛行船は三艇。わたしたちは、空賊から分捕った一艇‥‥ヴィーカル製の『シロイルカ級』を借りることになった。ただし、発動機はティリングが使い慣れた五四式発動機に換装してある。旋回砲は、これもヴィーカル製の『No.24』というタイプだ。慣れていないのでやや使いにくいが、七型旋回砲よりは弾道性能が良い。

 地上の対空砲勢力は、鹵獲火器を加えたおかげでやや戦力を増した。『火龍式』四門のうち一門は故障してしまったが、『No.24』一門と『No.21』二門がかなりの量の弾薬とともに配備されている。これら部隊を指揮するのは、もちろんフィーニア・クロイ少佐である。

 これらとは別に、わたしは秘策をシスティハルナに提案してあった。いや、秘策というよりは奇策であろう。先だって撃墜した空賊艇の気嚢を修理して利用する策だが‥‥さて、空賊相手に通用するものか?


「今日は深酒できないわよ」

 ブランデーの大壜を手に現われたフィーニアに、わたしはきっちりと釘を刺した。

「じゃあ、こっち」

 持参した手提げ籠の中から、フィーニアがワインの壜を引っ張り出す。

「それならよろしい」

 わたしは自分用にワイングラスを、フィーニア用にゴブレットを取り出した。

「本当に、空賊の全力出撃があると思う?」

 片手だけで器用にワインの栓を抜きながら、フィーニアが問う。

「たぶんね」

 わたしは雑多なつまみの類をテーブルに出した。サンヌお手製の牛肉煮込みの残り、市場で買った瓶詰めピクルス、紙袋に半分残っている乾燥果実、フィーニアが大好きな乾燥肉、炒った堅果‥‥。

「それで‥‥」

 ちょっとした雑談ののち、フィーニアが深刻そうな表情で、訊いた。

「高位の内通者は絞り込めたの?」

「‥‥システィハルナは、かなり絞り込んだみたいね」

「わたしもそのひとりかな?」

「いいえ。あなたは外れたわ。オウラという貴重な立場の情報提供者を犠牲にしてまで、守るほど大物じゃないもの」

「‥‥喜ぶべきか、悲しむべきか迷うわね」

 フィーニアが、おおげさに肩をすくめて見せる。右手がうまく動かないために、その動きは彼女の意思に反し、かなりこっけいな仕草に見えた。

「おそらくは、警察軍大佐か中佐クラス。あるいは、官僚のトップクラス。それに‥‥」

「王族ね」

 フィーニアが、わたしの言葉を引き取る。わたしはうなずいた。

「全部で十数人、ってとこね。大佐が二人、中佐が三人、官僚が七人から八人、王族が、ヤラム王子とサリュシオン王子」

「セレスタ様の目はない、と」

「システィハルナによれば、ね。もしかかわっているとしても、サリュシオンと込みで考えるべきだわ」

「そのうちの一人と考えているの? 複数の可能性はないかしら。たとえば、ヤラムと軍人の一人と、そうね、ルシューム大佐あたりが組んでいるとか」

 ピクルスをつまみながら、フィーニアが言う。

「あなた、ルシューム大佐も嫌ってるの?」

「嫌いじゃないわ。ただ、ハッチンス大佐よりは悪人顔じゃない?」

「確かにそうね」

 わたしは吹き出した。

「いえ、システィハルナは一人だけだと見ているわ。もし何人かで共謀しているとすれば、頻繁に連絡を取っているでしょう。そうなれば、目立つはずよ。いまのところ、その気配はないもの」

「ふうん」

 フィーニアが、ぐっとゴブレットを呷る。

「誰だと思う?」

「判らないわ、正直なところ。だいたい、レスペラの高級官僚なんて顔も知らないもの。むしろ、それはわたしの質問だわ。誰だと思う?」

 問い返されて、フィーニアが考え込んだ。ゴブレットを置き、乾燥肉に手を伸ばす。それをゆっくりと噛みしめながら、視線を宙にさまよわせる。

「王族は関わっていない、と思う。ヤラムが実兄のフザロック陛下を裏切るとも思えないし、サリュシオンもそれほどの野心家じゃないわ。賭けろと言われたら、二人の大佐に掛け金を等分するわね。自信はないけど」

 ややあって、フィーニア。わたしはうなずいた。

「ともかくシスティハルナは、容疑者とおぼしき全員に対する監視を強めているわ。うまくいけば、いずれ尻尾をつかめるでしょう」

「その前に空賊の全力出撃を撃退する必要があるわね。勝てそう?」

「まあね。ヴィーカル製の旋回砲にはとりあえず慣れたし、何とかなるでしょう。そっちはどうなの? 壊れた『火龍式』は直った?」

「だめね。もう寿命だわ。もともと耐用年数が切れかかっていたところへ、この騒動でしょ。砲身が持つわけないわ。あとの三門も、じきにいかれちゃうわね。まあ、どうせ撃っても当たらないけど」

 わたしは相槌をうたなかった。実際、フィーニア率いる防空部隊の戦績は芳しくなかった。口の悪い市民から、『警察軍お抱え花火師集団』とのあだ名まで頂戴しているほどだ。

「ともかく、来襲するであろう空賊を撃退し、高位の内通者を捕らえれば、この件はそれなりに片付くわ」

 わたしは牛肉煮込みに手を伸ばした。玉葱や人参、セロリなどとともに丁寧に煮込まれており、ごくあっさりとした味付けながら実に旨い。

「それなりに、か。まだ空賊の目的が不明だものね」

「そう。オウラも知らされていなかったらしい、空賊を操っている連中の目的」

「もしどちらかの大佐が真の内通者だとしたら‥‥クーデターかしら」

 フィーニアが、自分のゴブレットにどぼどぼとワインを注ぎ足す。

「推理を聞かせて」

「‥‥レスペラの王族はいずれも市民に人気があるわ。まあ、フザロック陛下のやり方に反発を持っている警察軍士官はけっこういるし、今回の一件で信望を失いつつあるのは事実よ。中央政府に対する心証も、相当低下しているはず。ヤラム王子の人望も、たいしたことないし。でも、セレスタ王女は無条件に市民に好かれているし、システィハルナは幹部はともかく一般の兵士には大人気よ。現状で、警察軍の一部がクーデターを起こしても、大半の警察軍兵士は王族側につくでしょうね。失敗は目に見えてるわ」

「そこで空賊を使った、と?」

「空賊の襲撃でフザロック陛下に揺さぶりをかける。頃合を見て、一気に政権奪取に掛かる。‥‥うーん、これじゃあうまくいかないわね。もう一工夫ないと、クーデターは無理だわ」

 フィーニアが、首を振る。わたしは思わず笑って言った。

「しかし‥‥冷静に考えてみると、ずいぶん物騒な話をしてるわね、わたしたち」

「まあ、深く考えないことにしようよ」

 フィーニアも、笑った。

「もし仮にルシューム大佐がレスペラを乗っ取ろうと画策していたとしましょう。だとしたら、空賊はなぜ彼に協力するわけ? 大佐は彼らに何を与えたの? あるいは、何を与えるつもりなの?」

 わたしは半ば自分に問うように言った。

「人が欲しがるものは‥‥金と権力と名誉。‥‥レスペラは豊かだけど国庫は貧しいし、藩王の権力だってたいしたことない。まあ、リンカンダムの地方都市の市長よりは幾分かまし、といった程度ね。名誉も同様。判らないわ」

 首を振ったフィーニアが、くすくすと笑って付け加える。

「ほら、あの噂。システィハルナを嫁に所望した軍閥の長ってやつ。真相は、意外とあれなのかもよ」

「空賊の頭領が殿下にほれ込んで、襲ってるっていうの? それなら、『システィハルナ王女を渡さないと、街を焼き払うぞ』とでも脅さなきゃ」

 わたしはグラスを干した。瓶に手を伸ばしたフィーニアを目顔で制し、自分でお代わりを注ぐ。

「そんな三流芝居みたいな話じゃないよ、きっと。ルシュームがクーデターに成功したら、陛下を追放して、空賊の頭領がシスティハルナを娶るんだ。形の上ではシスティハルナが藩女王。それを操るのが、ルシュームと空賊の頭領なのよ」

 げらげらと笑いながら、フィーニア。

 わたしもつられて笑い出した。脳裏には、はっきりと映像が浮かんでいた。ウェディングドレスを纏い、顔をしかめているシスティハルナ。その腕をつかみ、得意満面の笑みを浮かべている大柄な空賊の頭領‥‥顔はなぜだかエクス隊長に似ている。その後ろで、緊張の面持ちで介添え役を務めているルシューム大佐。

 人間、酔うと節操がなくなるものである。気が付いた時には、フィーニアは持参したブランデーの栓を抜いていた。話題が、徐々に昔話に変わってゆく。最後に寮の部屋を二人で掃除したときのこと。初飛行の前の緊張。士官学校の講堂で、初めて顔を合わせたときの印象。お互いのことを知る由もなかった、子供時代。

 うるさくて眠れない、とサンヌが文句を言いに来るまで、酒宴は続いた。


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