16 暗号
『正義は必ず勝つ。なぜなら、敗者に正義を名乗る資格は与えられないから』
‥‥どこかで読んだそんな皮肉な警句を、わたしは思い起こしていた。
今回の秘密出撃に関し、指揮系統を無視し除け者にされた警察軍側は当然反発を見せたが、大戦果とフザロックの出した命令書の前には沈黙するしかなかった。‥‥藩王に事実上の全権が集中している小国ならではである。もし同様の作戦がリンカンダムで行われたとすれば、最低でも二人くらいの大臣の首が飛ぶはめになるだろう。下手をすれば、野党による国王弾劾動議や内閣総辞職の上解散総選挙、という事態にもなりかねない。
フィーニアにもかなり怒られた。なにしろ、連絡将校としての面子を潰されたのだから。だがこちらも、高級ブランデー一本でなんとか収めてもらった。造り酒屋の親父に領収書はきっちりと書いてもらったから、いずれ連隊の主計士官にねじ込んで経費で落としてもらうつもりだが。
わたしとティリング少尉、それにサンヌの三人は、ちょっとしたご褒美として、システィハルナに昼食に招かれていた。三人とも、今日は第一種礼装を着用に及んでいる。
食堂は前回と同じ小食堂であり、メニューも、前回とたいして変わりなかった。ただし主菜は鶏で、すばらしく美味なパテと一緒に出てきた。
ティリング少尉はかわいそうなくらい緊張していたし、さすがのサンヌもかなり固くなっていたが、柔らかな口調で積極的に話し掛けてくれたシスティハルナのおかげで、ふたりともデザートが出るころにはかなりリラックスしていた。サンヌは彼女のストックの中ではかなり上品な方のジョークをふたつばかり披露してシスティハルナを笑わせたし、ティリング少尉もシスティハルナの巧みな話術に乗せられ、かなりおしゃべりな女性へと変貌を遂げていた。おかげでわたしは、少尉が実はこっそりと詩を書き溜めていることを知った。‥‥あとでサンヌにからかわれなければいいが。
デザートに、わたしは前回食べ損ねたパイを頼んだ。システィハルナは果物。すっかり王女のファンになったらしいティリングも、果物を選んだ。サンヌの選択はケーキ。お茶と冷えたレモン水が注がれ、わたしたちはゆっくりと味わい始めた。
パイは想像通りの美味さだった。焼けた生地と堅果の香ばしさと、フルーツの香り。使われている砂糖は控えめで、ベリー類や乾燥果実の甘味を活かしている。
頃合を見て、わたしはシスティハルナに質問を放った。
「殿下。これからどうされるおつもりですか?」
「‥‥正直、判りませんわね」
レモン水を一口すすってから、システィハルナ。
「空賊に大打撃を与えたことは確かです。でもそれは、戦術的勝利にしか過ぎない。相手の戦略目的が明確でない以上、その戦略を挫くのは難しいですわ」
「では、もうひとつ戦術的勝利を挙げるというのはいかがでしょう?」
「方策があるのですか?」
「内通者を炙り出すことは可能と思います」
わたしの一言に、システィハルナがフォークを置いた。灰色の瞳が、わたしを見つめる。
「聞きましょう」
「まずは、彼女を天才に仕立て上げます」
わたしは、傍らでおとなしく会話に耳を傾けていたティリング少尉の肩をぽんと叩いた。突然のことに、少尉が驚いてわたしをまじまじと見る。ぷっと、サンヌが吹き出したが、わたしは構わずに続けた。
「幸い、彼女については警察軍幹部を含め、詳細を知るものはいません。そこで、彼女に経歴の詐称その他を行わせます」
「‥‥よく判りませんが」
「殿下、空賊出撃中継地点より昨夜押収した書類から、なにかめぼしい情報は得られましたか?」
「いいえ。個人的な覚書、整備や補給の記録、消耗品の目録程度ですね。空賊の黒幕を示唆するようなものは皆無だという報告を受けました」
「やはりそうですか。では、その中に実は暗号で書かれた書類があったという噂をリークしていただきたいのです」
「暗号‥‥」
ぽかんとした表情が、消えかけた蝋燭にふっと息を吹きかけた時のように、ぱっと輝く。
「なるほど! ティリング少尉を、暗号解読の天才に仕立て上げようというのですね!」
「左様です、殿下」
わたしの作戦はこうだ。まず、空賊の出撃中継地点から押収した書類の中に暗号で書かれた物があるという噂を流す。次いで、どうやら暗号の中に空賊側の組織内容を詳細に記したものが含まれていること、これを解読すれば、レスペラにいる内通者の正体が判る可能性が高いこと、だが警察軍は解読に失敗したことをほのめかす。
そこでティリング少尉の出番である。航空軍団士官学校を首席(嘘である)で卒業し、リンカンダム王国陸軍情報部に出向し(これも嘘である)、そこで暗号解読の権威であるバリエント大佐(架空の人物。ちなみに、バリエントというのはサンヌの最初の夫の姓である)に師事したこともある(むろん、架空の人物に教えを乞うことなどできはしない)天才暗号解読者(当然嘘である)、ミラーユ・ティリング少尉が、フザロック藩王直々の要請を受けて(もちろんこれも嘘だ)、暗号解読に乗り出したとリークするのである。
内通者はおそらく、空賊側の現状に関し詳しい情報は得ていない。無線電信はあくまで指令の伝達と報告に使われているだけだろうし、空賊のテントにどんな書類があるかなどの細かいことは教えられてはいないはずだ。だから、暗号書類の押収という嘘は信憑性がある。となれば、これら一連の噂を流すことにより、内通者は保身のためになんらかの行動に出るはずだ。暗号の解読阻止か、逃亡か、あるいは証拠の隠滅か。
監視を強化すれば、彼ら‥‥あるいは彼女らが、網に掛かる可能性は高い。内通者が慎重を期して空賊側に暗号書類の有無を確かめる無線電信を送れば、罠を見破ってしまう可能性もあるが‥‥そのくらいのリスクは仕方ないだろう。
「いい案です、大尉」
システィハルナが、笑顔でわたしの手を取った。
「さっそく取り掛かりましょう。よろしいですね、ティリング殿」
王女に握手を求められたティリングが、頬を染めて手を握り返す。
「はい、殿下。光栄であります」
「‥‥まったく。めんどくさいねえ」
生肉を吟味しながら、サンヌがこぼす。
レスペラで唯一の常設市場は閑散としていた。夕食前の買い物にはいささか早い時間だし、もともとそれほど込み合う市場でもない。規模も小さく、まともな商売をしているのは細長い広場の両側に並んだ十数軒の露天くらいだ。広場の隅や近くの路地には石畳に敷物を広げただけの店もいくつかあったが、たいていは暇を持て余している老人が片手間に商売しているだけで、売り物も出来の悪い泥つき野菜、自家製の乾物やジャム、庭先で摘んできたような安っぽい花束、それに中古の食器や古本程度であり、店主は売ることよりも隣とのおしゃべりや昼寝の方に力を注いでいるようだった。都市部の市場にありがちな、殺気立ったような雰囲気とは無縁の、広場そのものが気だるげに日向ぼっこしているような、なんとものどかな市場である。わたしは、故郷の魚市場を思い起こした。『戦場』とまで形容されるくらいの、活気溢れる‥‥溢れすぎて、半年に一回は喧嘩で死人が出るという‥‥市場を。
「じゃあ、この肉をこれで買えるだけ」
サンヌが、紙幣を差し出す。恰幅のいい店主は、重さを量りもせずに豚肉の塊に熊でも殺せそうなでかい包丁を入れた。たっぷりとおまけしたと言い添えながら、赤身の肉を蓋付き皿に入れてくれる。
「これがメインディッシュね。何を作ってくれるの?」
「カツレツでもしようかと思ってね」
歩み出しながら、サンヌ。
『ティリング少尉暗号解読作戦』開始以来、わたしたちは自炊を始めていた。むろん、食事に毒を盛られるのを警戒してのことだ。システィハルナの読み通り警察軍幹部や政府官僚に内通者がいれば、近所の主婦が作るわたしたちの食事になにかを混入することなどた易い。なにしろ、鍵はティリング少尉が握っているのだ。殺害してしまえば、問題は解決する。
システィハルナの握手に舞い上がって、自分が暗号解読の天才を演じることを快諾したティリングだったが、食事を終えて王城を辞するころには、もうその役どころの危険性に気付いていた。あとでさんざん嫌味を言われたが、わたしは聞き流した。サンヌではいささか役不足だし、わたしの詳しい経歴は連隊が提供した資料を通じて警察軍に知られている。ここはやはり、ミラーユ・ティリング少尉に主役を張ってもらうしかなかった。
「よし。帰ろうか」
最後に安物のワインを一瓶買って、わたしたちは帰路についた。
「尾行はいないでしょうね?」
「ああ。いないよ」
わたしの問いに、サンヌが応える。
ティリングが狙われる可能性がある以上、その上官たるわたしも狙われる可能性があると考え、最近わたしはひとりで出歩くことをやめた。たいていはサンヌと一緒で‥‥これほど頼もしい相棒はいない‥‥、彼女の都合が悪い時には義勇軍の兵士に同道を頼んでいる。いまのところ、狙われているような気配はないが、用心に越したことはない。むろんわたしもサンヌも、拳銃で武装している。雷管キャップも填められており、撃鉄さえ起こせばすぐに発射できる状況だ。
その音が聞こえたのは、宿舎まであと二分ほどのところだった。
遠くで臼砲弾が炸裂したような、ぼんというくぐもった音。
「宿舎だ!」
耳も鋭いサンヌが、叫ぶ。
わたしたちは買い込んだばかりの荷物を放り出すと、街路を走り出した。宿舎に通じる路地に駆け込んだあたりで、わたしは拳銃を抜いた。さすがに、足は長い分だけわたしのほうが速い。宿舎の門にたどり着いたときには、わたしはサンヌに十数歩先行していた。
門には誰もいなかった。本来ならば、義勇軍兵士が警備についているはずなのだが。
わたしは拳銃を構えたまま、門の中を覗き込んだ。一階の、台所の窓が派手に割れ、そこから薄い煙がたなびいていた。先程の爆発音は、どうやらここでしたらしい。
「援護して!」
いつの間にか追いついていたサンヌが、そう言い置いて門をくぐる。わたしは慌てて拳銃を構えなおした。
ティリングを天才に仕立て上げてから、宿舎の警備は大幅に増員されていた。門と玄関、それに裏口と離れに義勇兵が一人ずつ、二階にあるティリングの部屋の隣にエクス隊長の部下が二人。むろん、ティリング自身も常時武装している。
「大尉」
宿舎の外壁にへばりついたサンヌが、拳銃で庭の一角を指し示した。
義勇軍の少年が仰向けに倒れていた。‥‥切り裂かれた喉からあふれ出たおびただしい血液が、栄養不良の芝草を赤茶色に染め上げている。わたしはそちらをなるべく見ないようにしながら、玄関脇へと走り寄った。サンヌが援護できる位置に移動したことを確認してから、内部に声を掛ける。
「少尉!」
ばしん。
返答は、一発の銃弾だった。扉をやすやすと貫き、細かな木片を散らす。
‥‥まずい。
待っていれば、いずれ警察軍か王室警護隊が駆けつけてくれるだろう。しかし、その前にティリングが殺されてしまってはどうしようもない。わたしは覚悟を決めた。
「飛び込むわよ。右側をお願い」
「短い人生だったねえ」
サンヌが冗談めかして応じる。
わたしは指でカウントした。三から始め、一本ずつ指を折ってゆく。握りこぶしを作ったと同時に、サンヌが飛び出した。わたしも一瞬送れて、続く。
わたしは拳銃を突き出して、玄関ホールの左側を素早く眼で探った。人の姿は、ない。
「右、障害なし!」
サンヌが叫ぶ。
くぐもった銃声。音源は、二階だ。
二階にはティリングがいるはずである。わたしは瞬時迷ったが、思い切って階段へと突進した。一階で誰かが待ち伏せしている可能性もあるが、一部屋ずつ掃討している暇はない。
わたしは無事に階段の下にたどりついた。拳銃を突き出しつつ、階段の上に視線を走らせる。人影はなかった。だが、生じる物音から複数の者が二階にいることは予測できた。
「一気に行くよ!」
わたしは階段を駆け上がった。サンヌが、どたどたと続く。
階段を上り切る前、あと四段ほど残したところで、わたしは身体を前に投げ出した。わきの下から上だけを廊下に突き出す。誰もいない。
サンヌが、わたしの身体を飛び越えるようにして前に出た。壁に張り付き、拳銃を構える。
「ティリング! 少尉!」
わたしは呼ばわった。
「二人! 警察軍の制服!」
ティリングの声が、奥の方から響く。良かった。まだ生きている。
いきなり、誰も使っていないはずの部屋の扉が開いた。そこから、人が飛び出す。わたしは反射的に引き金を引いた。
銃弾は、その胴体に正確に命中した。だが、その人物は敵ではなかった。灰色の、王室警護隊の制服をまとった若い男だった。‥‥警護に派遣された者の一人だ。
‥‥嵌められた。
古典的な罠だった。死体をさも生きているかのように廊下に投げ出し、こちらに無駄弾を撃たせ、装填中に狙い撃ちする。
わたしは慌てて装弾を始めた。戸口からは、すでに拳銃を握った腕と顔が突き出されていた。浅黒い容貌の、まだ若い男だ。その眼に、驚きの色が浮かんでいた。
そう。彼の罠は失敗だった。サンヌは引っ掛からなかったのだ。
サンヌが引き金を引いた。放たれた銃弾は、男の顔面にめり込んだ。男が、廊下によろめき出て倒れる。振動で、床板が震えた。ティリングの言った通り、警察軍の制服をまとっている。
「一人倒したわ。ティリング、大丈夫?」
装弾を終えたわたしは、呼ばわった。
「正面の部屋にもう一人いるはずです」
ティリングの声。ややかすれているのは、緊張のためか、あるいは恐怖か。
わたしはサンヌが装弾し終わるのを待ってから、そろそろと前進した。サンヌは、抜け目なく射殺した男の拳銃を拾った。
「出てきなさい。もう、逃げられないわよ」
敵が潜んでいるとおぼしき部屋の前で、わたしはそう呼びかけた。
返答の代わりに、銃声が聞こえた。銃弾は向かい側のティリングの部屋に飛び込む。なにか金属に当たったのか、ぎんといういやな音がした。
わたしはサンヌに合図した。敵の武器が一丁だけならば、捕虜にするチャンスである。
わたしとサンヌは同時に戸口から銃口を突き入れた。警察軍の制服をまとった男は、装弾の真っ最中だった。
「捨てなさい!」
室内に踏み込みながら、わたしは叫んだ。だが、男は装弾を止めなかった。必死の形相で、作業を続けている。薬室が閉じられ、雷管キャップが填め込まれた。
もはや止める手立てはひとつしかなかった。わたしは右胸の上部あたりを狙って撃った。わたしは歩兵銃の射撃には自信があるが、拳銃の腕は人並みである。右肘を撃ち抜くなどという芸当は不可能だ。殺さずに利き腕を封じるには、そのあたりを狙うしかない。
狙いはわずかに逸れて、男の右脇の下あたりを貫通した。だが、男は発射準備を止めなかった。拳銃を左手に持ち替え、歯を使って撃鉄を起こそうとする。
サンヌの拳銃が二挺とも火を噴いた。二発の弾丸は、同時に男の胸を貫いた。
「派手にやったものね」
フィーニアが、呆れて首を振った。
宿舎は惨憺たる状況だった。死体は運び出されたが、壁や床にべっとりと付着した血液はそのままであり、乾き始めたいまでも鮮烈な臭いを放っている。三人がまとめて爆死させられた台所は、見るも無残なありさまだ。床には割れたガラスや食器、木片等が散乱し、壁や天井には擲弾の破片が幾つも食い込んでいる。
「俺の部下がいたにもかかわらずこんなことになって、済まん」
例によって小声で、エクス隊長が謝る。
「いえ、お礼を言うべきはこちらです。彼らがいなかったら、ティリング少尉は生きてはいなかったでしょう」
襲撃の模様は、すでにティリングの口から推測交じりで語られていた。警察軍の制服を着た二人の暗殺者は、堂々と正面から乗り込んで、立哨していた義勇軍の少年を殺害、その後屋内に侵入して離れの外にいた義勇軍兵士を射殺、ほぼ同時に台所に擲弾を投げ込んで、二人の義勇軍兵士と王室警護隊員一人を爆殺した。
二階にいたティリングと残る王室警護隊員は階段を上がってきた暗殺者と撃ち合いとなる。しかし装弾の隙を衝かれて王室警護隊員が死亡。自室にティリングが立てこもったところで、わたしとサンヌが駆けつけたというわけだ。
「それで、捕虜にした暗殺者は?」
フィーニアが、訊く。
「二階へ」
わたしは、エクスとフィーニアに階段を上らせた。廊下のあちこちにある血溜まりを避けながら歩む。部屋の前に立哨していたサンヌが、重々しくうなずいてから弾痕のある扉を開けた。
捕虜は、手足を縛られることもなく椅子に腰掛けていた。その背後のティリング少尉も、厳しい表情ではあったがまったく警戒の色も見せずに突っ立っている。
「これが捕虜?」
どう見ても死んでいる男を前に、フィーニアが小首を傾げる。エクスも、眉を吊り上げた。
「エクス隊長。システィハルナ王女殿下と相談して、こいつが生きていることにして欲しいの」
わたしは提案した。
「どう考えても、こいつらは下っ端よ。内通者じゃないわ。でも、生きて捕まえて尋問中だと発表すれば、こいつらを送り出した親玉は多少は慌てるはずよ」
「なるほど。それはいい考えだ。さっそく、ここに人員を送り込もう。いや、王城に連行したほうがもっともらしいな。負傷しているということにして、医者を付き添わせて運び出そう。手配してくる」
にやりと笑ったエクスが、きびすを返す。
「ねえ、どういうことなの?」
フィーニアが、わたしにずいと詰め寄った。
「まあ、システィハルナ王女殿下の要請で、例によっていろいろと複雑なことをやってるのよ」
わたしは曖昧な返答をした。システィハルナの推理によれば、警察軍の士官の中に内通者がいる可能性は高い。そして、そのリストの中には、フィーニア・クロイ少佐も一応は含まれているのだ。そういうわけで、彼女には『ティリング少尉暗号解読作戦』の詳細は知らせていない。
「警察軍の連絡将校たるわたしにも言えないことをやってるわけ?」
「そういうことになるわね」
「まあ‥‥仕方ないわね」
フィーニアが、ため息をついた。
「状況から考えれば、警察軍内部に裏切り者がいると考えざるを得ないものね」
「ごめんね」
わたしは本心から謝った。フィーニアが、寂しげに微笑む。
「じゃあ、わたしも裏切り者リストに入っているのね?」
「‥‥まあね。盲人の国で絵画が盗まれたら、盲人以外のすべての人が疑われるものよ」
「ところで、ティリング少尉。例の暗号解読は進んでるの?」
フィーニアが、訊いた。問われたティリングが、一瞬ためらいを見せる。
「ええ、まあ、順調ですが」
「そう。がんばってね」
フィーニアが、ティリングの肩を激励するかのようにぽんと叩く。浮かべた微笑みは、なぜだかぎこちなかった。