1 手紙
− もし蝶が戦争するとしたら‥‥それはとても美しいだろう −
親愛なるエルダ・フォリーオ大尉殿
久しぶりのお便りになります。たしか‥‥あなたに新入り士官に関する愚痴を聞かされて以来じゃなかったかな? その後、ティリング少尉の扱いは上達しましたか? それとも、ゴンドラから突き落としちゃったかな?
笑えない冗談はともかく、今回のお便りの本題は‥‥言うまでもありませんね。今ごろあなたは派遣部隊の編成に伴う瑣事に忙殺されていることでしょう。この手紙がそちらに届くのは、おそらく部隊(どういう正式名称になるのかな? 遠征部隊? 派遣集団? 援助群? わたしはまだ聞いていません)進発の前日くらいになるはずです。手紙を託した商用飛行船が空賊に喰われなければ、の話ですが。
こちらの被害は深刻です。実際、喰われた商用飛行船はまだないけれど、よほど割増料金を積まないと、どの船長も飛行を渋るほどの状況。この手紙‥‥ほんの短い、青緑切手二枚で届く便りでさえ、危険手当と称して通常の三倍の委託料を吹っかける始末。よっぽど、軍用郵便扱いで送ってやろうかと思ったくらい。
前置きはこのくらいにして‥‥とりあえず、レスペラ派遣部隊隊長就任おめでとう、と言っておきます。たぶんあなたのことだから、この抜擢はレスペラ側の連絡将校にわたしが指名されたから、気心知れた自分にお鉢が回ってきたのだろう、とでも思っていることでしょう。そしてそれは‥‥半分は真実なのでしょうね。わたしはレスペラで唯一の航空軍団士官学校卒業生だし、部隊勤務の経験もあるから、今回の一件で連絡将校に選ばれるのは当然と言えます。そして、そちらの連隊長が、送られてきた連絡将校の履歴を見て、自分の連隊に士官学校同期どころか寮が同室だった士官を見つければ、彼女を派遣したくなるのも道理でしょう。難事となることが判りきっている現地軍たるレスペラ警察軍との連絡調整を良好に進めるための好条件と言えるのですから。
でも、あとの半分はあなたの実力です。派遣する以上、有能な士官に率いられた優秀な部隊が選ばれるのは当然。あなたのことだから、多分以前よりも腕をあげていることでしょうね。部隊指揮官としても、艇長としても、砲手としても。(プレッシャーを掛けすぎかな?)レスペラには、胸を張って飛んできて下さい。
それと‥‥たぶんあなたも最も気になっていることでしょうが、空賊の目的はいまだはっきりとしてはいません。少なくとも、これを書いている時点で空賊からの接触は皆無。最近語られている冗談混じりの噂で一番の傑作は、タガレーの某軍閥の頭領が、システィハルナ王女を嫁に所望したのを、藩王が撥ね付けたからその報復だ、というものです。二番目は、二十二年前の内戦で追放されたシャンディエル王子系一族の復讐、って説。これはちょっと、笑えないかな。
わたしの近況は‥‥どうせすぐに会えるんだから書く必要はないでしょう。でもこれだけは書くべきかな。空賊来襲以後は、市街地の対空砲すべての指揮統制を任されています。たったの四門だけですが。他に適任者もいないので、連絡将校と兼任になるみたい。まあ、部下になかなかよく出来た中尉がいるから、対空砲は彼に任せちゃってもいいんだけど。(期待しないように。美人の奥さんと三人の娘がいるお堅い中年男だからね)
それでは、一日も早いレスペラ到着をお待ちしております。
レスペラ藩王国警察軍少佐/リンカンダム王国航空軍団少尉(退役)
フィーニア・クロイ
追伸 食糧その他は問題ないけれど、一部日用品に品不足が生じています。洗剤や予備の衣類、紙類やインクなんかは多めに買い込んどいた方がいいわね。それと、化粧品一式買い揃えて持ってきてくれるととてもありがたいです。今こっちで口紅一缶いくらするか知ったら、顎が地面にめり込むわよ。
第一話をお届けします。お読みいただいてありがとうございました。あまりにも短いので第二話も同時掲載いたしました。ご挨拶などは第二話後書きに書かせていただきます。