最初の思い出
「みんなは今日から夏休みだって言うのに、僕は補習か…。」
人生で1番の気だるい朝を迎える。鉛よりも重い体を無理やり起こし、学校へと向かう。
校庭からは部活動をしている生徒の声がかすかに聞こえるのに、校舎の中は酷く静かな午前9時頃。
誰もいない廊下が少しだけ僕の少年心をくすぐる。
そんな中、教室へと向かう僕の足取りはやはり重い。
僕だけの校舎を楽しんでいたのもつかの間、教室に到着。
はぁ
思わずため息が出る。やる気が出ない。
僕は教室の扉に手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。
扉を開けてすぐ、眩しい太陽の日差しが目に飛び込んでくる。そんな日差しに目が慣れた頃、僕は1人の少女と目が合った。
「おはようございます。」
吸い込まれそうに黒い瞳はどこか儚げだ。綺麗で短めの黒髪はそんな儚げな瞳を隠すように、窓から入り込むそよ風を受けてなびく。
彼女は美しかった。
「お、おはよう。」
彼女に見とれて、ほんの少し返事が遅れる。
挨拶を交わすと、彼女ニコリと笑った。
今までの儚げな印象を吹き飛ばすほどに眩しい笑顔だ。
すると、彼女は何事もなかったかのように、机の上に置かれた教科書に目を落とす。
僕の席は彼女の隣だ。隣に座る。ただそれだけで、何だか照れくさい気持ちになった。
「あの…?」
少しばかりの沈黙に彼女が口を開く。
「名前。君の名前、なんて言うの?」
一語一語探るように言葉を繋ぐ。彼女の声はどこか、たどたどしい印象だ。
いきなり声をかけられ、動揺したのだろうか。僕の声もたどたどしくなってしまったかもしれない。
「名前?あぁ、俺は長谷川 翔太。今日からよろしくね。」
すると彼女は僕の方に向き直して、笑いかける。
「翔太くんか。私は成美っていうの!こちらこそよろしくね!」
彼女の口から出た二言目は、一言目とは比べ物にならない程に力強く僕の耳に届いた。
「今年の補習。私たちだけだってね。何だか、不思議だね。」
彼女は流れるように話を続ける。
「この学校が2人だけのものみたい。」
彼女の心の中をそのまま口にしたような素直な言葉に、思わず僕も笑ってしまう。
「あははっ!確かに、こんなに広いのに僕達だけって不思議だね!」
笑われたのが恥ずかしかったのだろうか。彼女は少し僕から目線を外した。
「私、好きだな。この学校。」
「学校が好き?変わってるね。」
僕の反応が意外だったのか彼女は不思議そうな顔をした。何だか、間抜けた顔がかわいくて今度は僕の方が目をそらす。
「じゃあ、翔太くんは嫌い?学校のこと。」
その質問の答えを、少しだけ考えてしまう。そう言われると、友達と特に意味もない時間を過ごすのは割と嫌いじゃない。
「まぁ、勉強が無かったら好きかもね。」
彼女は少し笑って見せた。そんなに変なことを言っただろうか。
「私も、勉強が無かったらもっと好き!」
「だろ!」
その瞬間、補習に選ばれた数少ない者同士。確かに通じ合った気がした。
この子とは仲良くなれそうだ!補習の始まる前の何気ない会話が、だらけきった僕を少しだけ前向きにさせた。
彼女の事をもっと知りたいな。
その日の補習は、近くて遠い、彼女のことばかり考えていた。もちろん、何を勉強したかは覚えていない。