2人だけの世界
カーンカーンカーン
踏切の甲高い音が鳴り響き、赤いランプが僕と彼女の全身を赤く染める。
「愛してるよ」
彼女がはなった一言が、僕の心臓を強く握りしめた気がした。
「僕も…」
僕も愛してる。そう言おうとた瞬間、線路の奥から電車が顔を出す。僕が電車に気づいた様子を見て、彼女も電車が来る方に向き直した。
やがて僕らは互いに見つめ合うと、何を言うでもなく踏切の方を向いた。彼女の指先が僕の強く握りしめた拳を撫で、僕もそれに答えるように指を彼女の細い指に絡め、手を握った。
互いに握りあった手のひらからは、彼女の鼓動が伝わってくるのが分かる。なんて事ない、いつもどうりの彼女のままだ。
同時に、僕は不安になる。僕のこの動揺が手のひら越しに彼女へと伝わってはいないだろうか。
そんな不安を他所に、電車は迫ってくる。ガタンゴトンと荒々しく機械的な音を立てながら。
僕らは、ゆっくりと歩き出した。
1歩また1歩と足を進める毎に彼女との思い出が蘇り、握りしめる手の力を一層強くさせた。
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暑い日差しが照り付ける夏の日の午後。就業のチャイムが鳴り響く。
今日は夏休みの予定が決まる大切な日。補習者リストが掲示される玄関の掲示板へと急ぐ。
「補習だけは嫌だ!何とか課題で済みますように…!」
微かな希望を胸に掲示板の補習者リストを読む。
【補習】
3年
"長谷川 翔太"
"加賀 成美"
長谷川 翔太……。僕の名前だ。
「ぼ、僕の夏休みが。」
終わった。この学校の補習は毎日の様にある。つまり、俺に夏休みは無い事が今、確定した。
「おー、長谷川じゃないか。お前、補習だってな?今年の補習、3年は2人だけだ。夏休みがないのは可哀想だが、テストで全教科赤点とる方が悪い。冬休みには補習にならないように頑張れよ!」
落ち込む僕に追い打ちをかけるように残酷な言葉をかけるのは、藤原先生だ。
彼女は国語の教員でいつも生徒のことを気にかけている。
「そんなぁ。高校最後の夏休みですよ?青春真っ只中!遊びたいに決まってるじゃないですか!」
「そんな事言われてもな、、、」
先生は少し申し訳なさそうな顔をしながら頬をかく。
「とにかく決まったものは仕方ない!覚悟を決めて明日からも学校に来なさい。」
そう言い放った先生は、カツカツと足音を立てながら職員室へ向かっていく。
今年の補習は2人か。加賀 成美。
女の子かな?可愛い子だといいなぁ。
少しでも夏を楽しむための希望を無理やり心の中に作り、僕は帰路についた。