二つのダイヤは大人になりたい(※連載に移しました。こちらは短編です)
「ガルディ。そろそろ、次の町なんじゃない?」
リラが弾んだ声をかけると彼女の影から不服そうな少年の声が聞こえる。
「リラ。町か。面倒だなぁ」
「久しぶりにまともな食事にありつけるわ」
「長く滞在するのはやめてくれよ?俺は、これ隠さなきゃダメだし、居心地悪い」
これ、と彼女の黒い影から少年が飛び出す。指で示した先には犬耳が生えている。彼は犬、いや狼の化身である。
リラの左手の甲にはダイヤ型のあざが二つ並んでいる。
そのあざは、召喚士の証だ。
リラは小さい時、重症の野良犬を拾ってきた。明らかに襲われ切られたと見られる子犬だった。その犬を泣きながら手当てした時、一つ目のダイヤができた。
リラは両親を説得し、子犬が元気になるまで面倒をみることにした。子犬は、初めは警戒していたが、しだいにリラによくなつき、どこに行くにも一緒になった。
もう、野生に返さなくてはとリラの両親が言い始めた頃だった。ガルディが、人化したのは。彼は、犬耳と尻尾が生えた12歳くらいの少年の姿になった。そして自らを名前とともに、こう名乗った。自分は召喚獣狩りにあった白狼族の生き残りである、と。そして自らの手の甲のダイヤを示して見せた。この時、リラは自らに二つ目のダイヤが増えたことに気づいたのだ。
ダイヤの数は召喚士の等級とも言われている。そして、3つのダイヤを持ったものは正式な召喚士として仕事ができる。知らずして2つのダイヤ持ちになってしまったリラに両親は悩んだ。そして、その末に彼女を旅に出すことにしたのだ。
「全く、いいとばっちりだわ。旅に出てるのはガルディのせいなのに」
リラが膨れてみせると、彼はバツが悪そうな顔をする。ぱっと見は、子供っぽい姉とそれに振り回される弟といった感じだ。
ここにすれ違う者がいたら、さぞ微笑ましそうに見たことだろう。
「それは、悪かったと思うけど。そもそも、リラがうっかり泣きながら俺を手当てしたせいなんだぞ?」
「え?」
「契約っていうのは体液を交換しないと出来ないものなんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。っていうか、これ召喚術の基本中の基本なんだけど?」
「わ、悪かったわね。私たちは召喚術の師匠を探しにいくところなんでしょ?」
「俺は、幼すぎて知識がないし、誰かに聞かなきゃ不便だろうが」
「じゃあ、何だってこんなに見つからないわけ?」
「俺に聞くなっての。今まで聞いたやつはみんな同じこと言うんだから」
そう__そうなのだ。今まで、それなりの数の召喚士をあたったものだが、全て、自分の召喚獣に教わったから知らないとか、それぞれ召喚獣ごとに違うとか、いずれ時が解決してくれるとか、曖昧なことばっかりでさっぱりなのだ。
このままでは、一人前の召喚士なんてなれそうもない。
「とにかく次の町でも、情報収拾かしら……」
いい?と言いかけた時だった。
「リラ!」
ガルディの叫び声とともにいきなり横に突き飛ばされた。
リラが振り向くと、そこにはガラの悪そうな男が立っていた。野盗だ。町が近くてつい警戒を怠っていたことに今更気づく。
「ガルディ!」
彼は転身した。狼の姿になった彼は1メルトルはある。
バラバラと男たちが出てくる。ざっと5人。絶体絶命のピンチだった。狼の姿に変わったガルディをみて動揺したようだったが、彼らはガルディと、その後ろにいたリラを取り囲んだ。
グルルルと低い唸り声で、ガルディが威嚇する。
「女子供だったから、素手でいけると思ったんだがな」
「こいつはついてる。はいで売れば毛皮、高くつくぞ」
おい、とびきりいいナイフ持ってこい。という声とともに、2人の野盗が姿を消した。
逃げるなら、今しかない。もし、彼らが戻ってきてしまったらと思うとゾッとした。
__ガルディが殺されちゃう。
どうしよう。どうしよう。という思いでいっぱいだった。
ガルディは果敢に一人の野盗の腕に噛み付いた。
そのまま引き倒し、足蹴にする。
しかし、もう一人がナイフを振りかざし
「やめて!」
リラは叫んだ。
あの、初めて会った時のガルディの様子がフラッシュバックする。
真っ赤に染まりながらも、彼は野盗をもう一人引きずり倒した。そのまま、利き腕と思しき場所に噛み付く。骨の軋む音がした。もう一人は仲間を呼びに走って行ったようだ。
しかし、彼が立っていられたのはそこまでだった。
「リラ。逃げるんだ」
彼は言った。
「俺は動けない。ここにいたら二人とも死ぬ」
リラは硬直した。ぶんぶんと首を振る。足が動かなかった。
だって__このまま逃げたら、ガルディは殺されてしまう。
「出来ないよ」
「リラ。言うことを聞いて。一生のお願いだから」
「やだ!」
リラの目からは涙があふれた。血みどろになったガルディを抱きかかえるようにする。
「リラ!早く逃げろ」
ガルディは叱る。そして、彼自身立ち上がろうとしているみたいだが、上手くいかない。
どうしたらいいの?
その時だった。
「ああもう!」
彼は苛立たしげに言うと、不利であろう人間の姿に転身した。そのまま、自らの血を口に含み、リラにキスをした。
ゴクリとリラの喉が鳴る。それは、焼けつくように熱かった。それを幾度か繰り返し、ついで、唇を噛み切られた。ガルディはそのままキスを続けている。
リラが混乱する頭で振り仰いだ彼は、大きくなっていた。リラより年下の弟みたいだった少年は、20歳くらいの青年に変わっていた。
彼は、立ち上がるとリラを抱えて走った。
「ガルディ?傷は?」
「舌噛むよ。黙って」
声も低くなっている。誰だこれは?ガルディだけど。リラはこんな時だと言うのに彼が別人のように感じられて、ドキドキしてしまった。
振り落とされないようにしがみつく。傷はうっすらと跡が残るだけになっている。
町が見えてきた。彼はそのまま町の中へ入って行った。
「あんたら、大丈夫か?」
見張り番の兵が声をかけてくる。
「野盗だ。このすぐそばで出た。警戒をしたほうがいい」
「わかった。ありがとう」
兵は表情を引き締め伝達に人をやったようだった。
井戸を貸してくれる宿を何とか探し、水を頭からかぶる。このままでは、血なまぐさくてやってられない。リラはガルディが人型のまま豪快に水をかぶり頭を振るのを見た。銀糸が光にきらめく。
「ガルディ?耳なくなってる?」
彼の犬耳がなくなっていた。その代わりに人間と同じ形の耳が生えている。そして尻尾も消えていた。
「ああ、俺大人になったみたい」
なんてことない風に彼が言うから、リラはポカーンとしてしまった。
「え?えええ?いつ?なんで?」
「さっき。召喚って、体液の交換が基本って言ったじゃん。さっき死にかけたら本能的にああすれば助かるってわかった」
「で、召喚士探しだっけ?あれ、もうやらなくてもいいかも」
どういうことなんだろうか?リラの頭はハテナでいっぱいだった。
「俺言ったよね。俺が幼すぎて知識がないって。あれ、大人になる方法を探してたんだよね」
「えええー!?初耳なんですけど!!」
ほら、証拠。と彼はリラの左手を取った。ううっだからドキドキするんだって。彼は挙動不審なリラにリラと自らの手の甲を並べて示した。
「ダイヤが増えてる?」
「おめでとう。リラ。これで君も正式な召喚士を名乗れるね」
ガルディはニコニコしている。
でもっとリラは慌てる。
「正式な召喚士ってなにすればいいの?」
「ん?俺、戦闘能力上がってるよ?今なら人間の姿でも十分戦えるし、狼の姿になったらきっと2メルトル以上はある」
旅をするのも、家に戻るのも、リラの気の済むようにするといいよ。と彼は言ってリラを抱きしめた。じゃあ、とリラは言う。
「私、召喚士探しを続けるわ」
彼はキョトンとした。
「何で?」
「だって……わ、私、ガルディのこと、どうしたらいいかわかんないんだもん!」
そうなのだ。さっきまでは弟みたいに何でも心許せていたのに、いきなりこんなに大きくなられたら、どうしたらいいかわからない。
「今度は、私が負けないように、大人になる旅の番なんだから」
というと、ガルディはこらえきれないといったように笑った。
「まー期待せずに待ってるよ。リラが大人になるの」
「ちょっと何でバカにしてるのよ!?」
リラは怒ったけれど、ガルディは笑うだけだった。
「リラには無理だと思うよ。俺も頑張るけど」
「召喚士なんだから、ちゃんと俺をいつでも呼ぶんだよ?」
そう言って、彼は、彼女の3つのダイヤにひとつキスを落とした。
これは果たして異世界(恋愛)なのかハイファンタジーなのか悩みます。うろうろ。