星空のしたで~名前~
見上げた夜空に星々が煌めいている。
「天の川」とはよく耳にするし、七夕当日は気象予報も夜のお天気について言及することが多い。
年に一度の七夕。
織姫と彦星が一年に会える夜とされているのだが……
「年に一度しか会えない夫婦ってのもどうかしらね」
星空を見上げながら星子がつぶやく。
生まれた日の夜は見事な星空だったから「星子」。
じつに単純な由来だったけれど、二十七年間の人生で星空を眺めて感傷に浸ったことは一度もなかった。
今日までは。
「一年に一度だからこそ燃えるだろう」
天の川を見に行こうと誘ったのは朝陽からだった。
生まれたのは午前四時二十五分。
ちょうど日の出を迎えたから、これまたシンプルな理由で命名された話を聞いたとき、星子が親近感を覚えたのは無理もない。
それぞれの両親は、天文についての知識はおろか星座もろくに知らない……学校で習った知識くらいは覚えているだろうが。本人たちも星についてはわりと無頓着。
出会いのきっかけは合コン。あぶれた星子を同じ居酒屋で飲んでいた朝陽がナンパしたのだ。そんなこんなで交際が一年続いたある日。
『星でも見に行こうか』
唐突な提案だった。
体を動かすのが好きな朝陽にボルダリングやサイクリングに連れ出されることはあったけれど、畑の畦道で天体観測なんて発想そのものが信じられなかった。
「ダンナが単身赴任中に休暇で家に帰ってきてくれたら嬉しいだろ?」
折角天の川を眺めるならば、七夕伝説くらい知っておいたほうがいいとスマホで検索してみると、織姫と彦星は夫婦であるとわかった。
仲睦まじく暮らしていた夫婦は、ふたりでいることに満足し仕事を怠けていたために神様から罰を受けたのだ。
一年に一度しか会えないという厳しい罰。
ふたりはそれについて話し会っていた。
「嬉しいのかな……亭主元気で留守がいいっていうじゃない?」
「マジかよ、夢ないなぁ」
星に関心が薄いふたりが高い山に登って天体観測なんて真似はしない。
広大な畑の真ん中に車を止めて、車内から星を眺める大雑把な星空ウォッチングなのだ。
「せめて、恋しい女房からはおかえりなさいって出迎えてほしいだろ」
「どうかなぁ~? やっぱ男の誠意の示し方があってこそじゃない?」
星子の言葉に朝陽ががっくり項垂れる。
別に星子だって朝陽に反発するつもりはないが、正直な考えを言ったまでのことだ。織姫と彦星は天の川のど真ん中で会えるかもしれないが、現実はそんなにロマンチックなわけがない。
ふたつの生活が別々に……並行しているならば、相手が突然一方に生活に割り込めば混乱するのは必至だろう。
「やっぱり天体観測は俺たちには向かなかったか……」
運転席の背もたれに体重をかけて朝陽が独りごちる。同い年ではあるが、こういうときの彼はやけに子供っぽく見える。
「もぅ……だったら、どうして星を見ようなんて誘ったのよ?」
「だって、どうせならキレイな星空ってシチュエーションのほうが盛り上がるだろうと思ってさ」
「は?」
何を言っているんだと睨みつける星子の様子に、今度はハンドルにもたれかかった朝陽が盛大な溜息をついた。手を伸ばし、星子の座る助手席正面のダッシュボードの蓋を開く。
取り出したのは、立方体の――
「あ……っ!」
ビロードで加工された小箱。映画やドラマで何度も見てきたケース。
何が入っているのか聞かなくてもわかる。
ぱかっと蓋をひらくと、小さな台座に小さなダイヤモンドが光っていた。
「これを渡す口実が欲しかったんだよ」
「うっそ……どうして?」
星子は、数秒思考が混乱した。
内緒で指輪を用意したのだろうか。指輪のサイズなんて教えただろうか? 誕生石がダイヤモンドなんて言っただろうか。
「情報はSNSと星子のお母さんから」
「え~~?」
だから出発の際に、母は意味ありげな笑顔で見送っていたのか。
以前母に朝陽を紹介したところ、妙に意気投合していたのを思い出す。こんなところでふたりが結託していようとは――。
「だから、星子……結婚しよう?」
「え……う、うん……?」
ありふれたサプライズ。海外でもよく行われるプロポーズの手法のひとつなのに、自分がどうすればいいのか星子はうろたえてしまった。
「歯切れ悪いなぁ。そこは迷わずOKしてくれよ」
朝陽はケースから指輪を取り出し、星子の指に嵌める。左手の薬指に。
「ごめん……でも、本当に嬉しい」
驚きのほうが大きかっただけだ。でも、考えてみればその気配はいくらでも察知できた。
初めての天体観測。天の川観測イベントに参加すれば簡単に星空を鑑賞できたはずだ。
ふたりきりになる必要があったのだろう。
「盛り上がるって言っても、別に星を見ながらじゃなくてもよかったんじゃない?」
ムードのあるシチュエーションならいくらでもあったはずだ。
「七夕に星を見ながらプロポーズしたって言えば誰が聞いてもカッコいいと思うだろ?」
(そうかな?)
カッコいいというのは同意しかねるが、気合いを入れて準備をしてくれた朝陽のために余計な発言は控えておくことにした。
自分の指に宿った光のほうが、空の煌めきよりも何十倍、何百倍にもまぶしいと星子は思えた。
こうして縁をつないでくれた空に少しは感謝をしておくべきなのかもしれない。
「あ……流れ星!」
「えっ?」
頭上の星のひとつがキラリと尾を引いて流れた。指さしても、すでに消えてしまった後だ。
「また来てみようか、一年に一度くらい」
星子は自分でも驚くような言葉を口走っていた。
けれど朝陽は少し驚いたものの、笑って頷く。
「そうだな……婚約記念して恒例行事か?」
できたら、またこの場所でこんな風に話して、笑いたい。
そしてふと星子は思いついた。
ふたりの間に男のコが生まれたら、「流星」って名前も悪くないなと。
終
七夕にふと思い立って書いたショートストーリーです。
ありがちというかベタかもしれませんが、昔教習所で苗字が「星」って人と同じ仮免試験受けたときに「名前のバランス難しそうだなぁ……」という印象を受けたことを思い出しました。