7 隣の王子様
あれから二年、ミサーナは五歳になった。
日本ならもう幼稚園に入園している年齢だ。
それで、五歳になって生活が変わったかと言われると、何も変わっていないと断言できる。強いて言うなら、いつもの勉強に貴族の言葉遣いや、礼儀作法が追加されたくらいだ。これは、ミサーナにとってはとても難しい。特に、礼儀作法が。慣れ親しんだ動きを忘れるというのは難しいもので、相手に頭を下げられると、ついこちらも返してしまうのだ。それをアイリに叱られる。
王族というのは、軽々しく頭を下げたりしてはいけないらしい。
とにかく複雑で面倒だ。
魔法の練習については、上級魔法も普通に使っている。アイリに怒られたのは、訓練場をボロボロにしたのが問題なのであって、それが無ければ特に問題無いだろうと、ミサーナが判断した結果だ。上級魔法を使って、可能な限り訓練場を荒らした後、土魔法で直す。二度訓練になり、一石二鳥だ。
アイリが苦虫を噛み潰したような顔をしているが、何も言われないので問題無いのだろう。
それから、宮仕えの魔法使いに少しだけ教えてもらったが、ミサーナが知っている事しか教えてくれなかったので、参考にはならなかった。
そして、ミサーナが最近特に練習しているのは、『飛行』と『瞬間転移』というとても便利なものだ。効果はそのままで、自由に空中を移動するものと、一度行った場所に一瞬で移動が可能になるという魔法。
『飛行』は比較的簡単に使えるようになったが、『瞬間転移』が中々難しい。転移したい場所を正確に思い浮かべて、その場所と現在地の座標を把握していなければならない。これがミサーナには、難しかった。
前世からミサーナは、所謂方向音痴で、地図を読めない人だったのだ。そのせいで、修学旅行の京都で迷子になり、先生に迷惑をかけたのは、今となっても苦い思い出である。
それはさておき、すっかり日課になった魔法の訓練を終えると、アイリがミサーナにいつもより真剣な表情で声をかけた。
「ミサーナ様、今日は予定が入っているので、準備してください」
「予定?何それ?」
「隣国の王子様との顔合わせです。ミサーナ様が将来結婚するかもしれない相手ですよ」
「許嫁ってやつ?」
「どこでそんな言葉を覚えたのかは知りませんが、少し違います。今回の顔合わせでそれを決める予定ですので、粗相をしないようにしてください」
そういう事らしい。ミサーナとしては、結婚するつもりなどサラサラ無いが、周りはそうは思っていないようだ。
転生してからは、女性の体を見てもなんとも思わないし、男の体は見たことは無いが、気持ち悪いだけだろう。
とりあえず、ミサーナに断れる訳がないので、準備を始める。と言っても、全てアイリにお任せなのでミサーナにする事は無い。
アイリの邪魔にならないように、大人しくしているだけでいい。
しばらくは、大人しくしていたミサーナだったが、すぐに暇になり魔法の練習を始めてしまった。
そして十分程経った頃、やっとミサーナの準備が始まった。具体的にはドレスを着て、軽くお化粧するだけなのだが、やたらと時間がかかる。それだけの準備しかしていないのに、一時間はかかった。
その甲斐あってか、かなり可愛く仕上がっている。
(中身はともかく、見た目は本当に可愛いな)
日本なら、十人が見れば八人が攫おうとするぐらいには、可愛い。
「ミサーナ様!凄く可愛いです!これなら相手の王子様も気に入ってくれますよ!」
そうアイリが褒めてくれたが、ミサーナとしては気に入られない方が良いので、あまり嬉しいない。まだ精神的には男のつもりというのもあるだろうが。
今、ミサーナは王宮のとある一室にいる。
そして、目の前にいるのは黒髪のやんちゃそうな顔をした、王子とその付き人と護衛だ。
先程、謁見の間で軽く挨拶を済ませたところで、今はお互い顔合わせの時間という事になっている。
とりあえず、まずは自己紹介をする予定となっていたので、ミサーナの方から始める。
「初めまして、ミサーナ・フォン・ザンツェルトと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
「うむ、レオン・フォン・トライオットと言う。こちらこそ、よろしく頼む」
そんな和やかな雰囲気で、ミサーナとレオンの顔合わせは始まった。