20 クソゲー
何がとは言いませんが、ごめんなさい。と言っておきましょう。何がとは言いませんが。
向かってくる『火球』を叩き落とす。
もう何個目になったかは忘れたが、それなりの数を落としている筈だ。
その甲斐あってイーガスとの間合いはかなり詰められている。
もう少しなのだが、あと少しが遠い。シンプルに上手いのだ、この魔族は。もう一歩のところで足元を土魔法で沈めたり、『飛行』の魔法で距離を取ったりと、非常に面倒だ。
だが、集中力が切れたのだろうか。またもあと一歩のところまで距離を詰めようとしたルナに、今度は『火球』を放ってきた。
これはどう考えても悪手だ。今の距離でルナに当てようとすれば、イーガスにもダメージが入る上に、ルナに魔法が当たる前にイーガスに剣が届く。
それに気づいたのであろうイーガスは、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
しかし、もう遅い。避けるよりもルナの剣が届く方が速い。
そして、ルナの持つ剣がイーガスの肩から脇腹にかけてを切り裂いた。
「ぐっ、うぉぉぉお!」
鮮血が飛び散り、イーガスが叫びながら背後へと退がる。浅い。更に追撃しようとするが、ルナも無傷ではない。叩き落とせなかった『火球』が何発か当たっていたのだ。だが、その傷は既に治り始めており、十分も経てば火傷の跡も残さずに完治するだろう。これも吸血鬼としての能力だろうが、現在は傷ついていることに変わりはない。追撃するための一歩が踏み出せず、転んでしまった。
思えば、前世も含めこれだけの怪我をしたのは初めてかもしれない。痛みで視界の端が明滅し、意識が遠のく。
しかし、まだそれに身を任せるのは早い。イーガスには傷を与えたが、倒せた訳ではないのだから。
痛みを強引に無視して立ち上がると、イーガスが傷を手で押さえながらルナを睨んでいた。
「小娘がァ……!調子に乗るなよ!今すぐ殺してやる!!」
「それは困りますね、イーガス。本来の目的を忘れたのですか?」
「ッ!?」
女の声が聞こえた。まだ若い女の声だ。続いて別の声も聞こえる。
「どうした?そんなに驚くことじゃあないだろ。それとも、オレたちがここに居るのがそんなに不満か?」
「何故、お前らが此処にいる?」
「念のためだ。今回の仕事は万が一にも失敗できない。それで様子を見に来たが……どうやら、来て正解だったようだな」
今度は男だ。男の声だ。
空を見上げると、一組の男女が降りてきていた。
「私が失敗するとでも言いたいのか?」
「現に失敗しそうになっているじゃないか。その傷は何だ?それに、殺すなどと言っておきながら、よくそんなことが言えたな」
「そ、それは…」
「言い訳は必要ない。目的はあくまでも連れ帰ることだ。死体を運ぶことじゃない。まあ……」
「『炎獄』」
イーガスとどういう関係なのかはわからないが、取り敢えず仲間と思って間違いないだろう。それはマズイ。イーガス一人を相手にするだけでもあれだけ手間取ったのだ。それがあと二人追加されれば、勝ち目が残らない。
そう思い魔法を放ったのだがーー
「……ミサーナ様が想定より強かったのは、間違いないがな」
しかし、その魔法はアッサリと防がれた。否、消されたのだ。あの女によって。
『障壁』などの魔法で受けたわけではなく、ルナが放った魔力を消滅させた。少なくとも、ルナはそんな魔法は使えないし、相手の魔法を消滅させる魔法などは聞いたこともなく、どんな仕組みか想像もつかない。
ただ、一つ分かるのは只でさえ低かった勝率が、更に低くなったということだけだ。
「一応、上級魔法だったんだけど?」
「そうですね、確かに良い魔法でしたよ。独学か、人間の魔術師に教わったのかは知りませんが、良い腕前です。普通の魔術師が相手なら、今ので大概は死んでいるでしょう」
言外に自分は普通ではないと告げる女。
別に自分の方が優れていると思っているわけではないが、上から物を言われるのは微妙に不愉快だ。もう一度別の魔法を放つ。
「『轟雷』」
「ふむ、これも良い魔法ですが、少し足りませんね。というか、何故黙って魔法を使わないのですか?出来ないわけではないでしょう?」
またも消されてしまった。やはり、魔法は効かないのだろうか。
因みに、ルナが詠唱をしている理由は、周囲の人間を警戒していたからだ。
見た目は普通の人間でも、無詠唱で魔法を使えば一発で魔族の関係者だとバレる。それを危惧して詠唱をしていたのだ。それと、いくら無詠唱で魔法を使えても、詠唱をした方が魔法を使いやすいという理由もある。むしろ、それが理由の七割くらいだったりする。
それはさておきとして、次の手を考えなければならない。が、ルナが取れる手はあと一つしか残っていない。
先程もイーガスを切り裂いた魔法剣だ。
だが、今回纏わせるのは『水刃』ではない。使うのは『風刃』だ。さっきは『火球』を落とす為に水魔法を使ったが、今はもう必要ない。ただ純粋に斬れ味だけを上げるようにして、魔法を使う。
「『風刃』!」
魔法は何の問題もなく発動した。むしろ、想定よりも上手く出来たと言ってもいい。自分でも惚れ惚れするほど、綺麗に剣に魔法を纏わせることが出来た。
身体強化の魔法も使いつつ、一気に女との間合いを詰める。
だが、女は避けるどころか退がるそぶりも見せない。避けないならば好都合だと、更にスピードを上げた。
そして、そのままの勢いで剣を振り抜いた。
ガギィッ!!
だが、その剣が女に届くことはなかった。
直前で『風刃』が消され、剣は透明な壁によって阻まれたのだ。壁は『障壁』のようだが、相変わらず消されるのは訳がわからない。
そして何より、大きな問題が発生した。
剣が折れたのだ。『火球』にぶつけたり、無理矢理魔法を纏わせたりと、無茶な使い方をして来た自覚はあるが、今折れるのは非常に困る。いよいよ対抗できる手段が無くなった。
あとは、人間を辞めるぐらいしか方法が思いつかない。
流石にそれは避けたいかな、とルナが考えていると、また女が声をかけて来た。
「妙な攻撃を使って来ましたが、これでそれも終わりですね。では、大人しく運ばれてくれると助かります」
「嫌と言ったら?」
「それならば、今度こそ実力行使でやらせて頂きましょう。イーガス一人を相手にして満身創痍なっているような貴女に、私達二人の相手が務まりますか?それに、武器も失えばあの魔剣モドキは使えないでしょうし、今戦って実力差は判っている筈です。
戦うのは無謀だと思いますよ」
「まあ、確かに」
「では……「今のままなら」……何ですか?」
そう言って、ルナは『収納』からオークの腕を取り出した。まだ血の滴っている新鮮な腕だ。
ソレを見て、ルナの中の声が喝采を上げる。
覚悟を決めよう。
ソレを口に運び、舐めとりーー
「止めろ!!」
ドガシャァ!!
舐めとろうとした瞬間、女が叫び、ルナの背中に衝撃が走った。
「かはッ!」
「危なかったですね……ソレを飲まれたら手に負えない所でしたよ。というか、そんなものがあったなら、何故最初から飲まなかったんですか?」
ゴキバキと背中から嫌な音がし、重いものがのしかかり、全身がズキズキと痛む。オマケに、口の中からは鉄の味がして、とても気持ち悪い。
吸血鬼でも自分の血は美味しくないんだなと、半ば場違いな感想を抱くルナ。
「返事は出来ませんか……フロウス、それ以上はいくら吸血鬼族でも死にかねません。退きなさい」
「へいへい、でも、縛るくらいはした方が良いんじゃないか?」
「……そうですね、私は連絡があるので代わりにしておいてください」
「オウ。
そんなわけだから動くなよ、ミサーナ様」
男の方の魔族はフロウスというらしい。外見はヤンチャ坊主といった感じだが、手慣れた動きでルナの手足を縛って来ている。
蹴り飛ばしてやりたいところではあるが、手足はフロウスのお陰でバキバキだ。背骨や肋骨、血も吐いているので、恐らく内臓もやられている。文字通り満身創痍だ。身動きも取れず、逃げ出すことも出来そうにない。
視界の端でイーガスが蹲っているのが見えたが、そんなことは事態を好転させる理由にはならない。
というか、そろそろ痛みが限界だ。身体が意識を手放すのを止められない。
「……ホント……クソゲーだ………」
最後にそう呟いて、ルナは意識を落とした。




