19 負けイベント
襲って来る大量の『火球』を前にして、ルナは考える。
(回避するのは無理っぽい。数が多すぎる上に、アイツなら余裕を持って追尾させて来そうだし、そもそも今からだと絶対避けきれない。隙が大きくなって『火球』をもろに食らう。受け止めるのは不可能。普通に死ぬ。なら…)
取れる手段は一つ。迎撃だ。
流石に五十発もの魔法を発動させるのは無理だが、二十発くらいまでならどうにか発動可能だ。ただ、それだけでは全く足りない。何しろ相手は、五十発もの弾幕を張って来ているのだから。
ではどうするのか。
手段は色々と思いついたが、水魔法を使って『火球』を撃ち落とすのが一番有効な方法だ。だが、二十発程度ではどう考えても足りない。
(だったら……)
そこまで考えたルナに『火球』が殺到した。
少女に降り注がれる魔法を眺めながら、ソレを起こした張本人…イーガスは考える。
今の魔法はただの『火球』に見えるが、実は少し違う。
『火球』を連続して発動させる為の魔法陣を使っているのだ。そうでなければ、同時に五十もの魔法を扱うなど、いくら魔法に優れた種族である魔族でも不可能だ。
これは才能や魔力の問題ではなく、もっと根本的な問題になる。単純に、脳の処理能力が足りないのだ。同時にそれだけの魔法を発動させようとすれば、確実に頭がやられてしまう。
発動させようとすれば、所謂、知恵熱というやつになる。魔法は辛うじて発動するがゴミのような威力で、使った後は大体死ぬ。
驚くほどメリットの無い魔法の使い方だ。
だが、この魔法陣を使うと、お手軽にそれだけの魔法を扱うことができる。当然、魔力が足りればの話だが、それも普通の魔族なら大抵は足りる程度の消費なので、問題にはならない。
それが、イーガスの家のみに伝わる秘伝の魔法陣である。
大概の生物ならば即死する魔法だが、この少女はどうだろうか?殺すつもりはさらさら無い。だが、ヤってしまった場合が事だ。目的が果たせなくなる。魔法を使えば流石に死ぬ事は無いと思うが、戦闘不能には持ち込めるだろう。
そして、イーガスの疑問を解消するように『火球』の乱舞が終わり、辺りには煙が立ち込めている。
その煙が晴れると、中からは無傷の少女が現れた。
ルナが魔法を防いだ方法は、実はそこまで難しいものではない。むしろ簡単と言ってもいい。何故なら、ただ単純に魔力でごり押しただけなのだから。
説明すると、まず水魔法の『水弾』を計十五発動させる。そしてこの『水弾』には、普通の魔術師の全力で発動させるのと同じくらいの魔力を込めている。その十五発全てを相手の魔法に当てて相殺した。
この時点で色々とおかしいが、まだルナには魔法五発分の余力が残っている。
そしてその余力を全て『障壁』に注ぎ、『火球』を防ぎきったのだ。
だが、それだけの魔力を込めた『水弾』でも、一度『火球』とぶつかっただけで消えてしまった。属性の相性が良かったにも関わらず、それだ。
イーガスはあまり消費しているようには見えないが、ルナはもうかなり消費している。魔力だけで言えばもう全体の半分程度しか残っていない。つまり、もう一度同じことをされた時点でルナの魔力は尽きる。
端的に言うと、かなりマズイ。
あとルナにできるのは、実はイーガスが強がっているだけで魔力が全く残っていないことを祈るだけだ。
しかし、その祈りはすぐに裏切られる。イーガスの頭上に再び大量の『火球』が展開されたのだ。
これを先程と同じ方法で防げば、めでたく魔力ゼロ。抵抗手段が消え、されるがままになってしまう。
「まさか無傷で凌がれるとは思いませんでしたよ。ですが、まあ今度こそ倒れて頂けると、非常に助かります」
「そう思うならもう少し加減してほしいかなぁ…」
「それは聞けない相談ですね。では、先程より強めですが、頑張って下さい」
短い会話を交わし、イーガスが軽く腕を振ると、魔法の乱舞が再びルナを襲った。
これは流石に理不尽ではないだろうか。
それが、ルナがイーガスに対して思った感想だ。
『理不尽』
これほど世の中を体現した言葉も珍しいと思う。
勉強でもスポーツでもゲームでも魔法でも。
何処にでもいるのだ、理不尽な奴というのは。
何日も徹夜で勉強しても、その場で少し教科書を眺めただけの奴にテストで同じくらいの点数を取られる。
何年も前から練習しているスポーツで、始めて数ヶ月の奴にレギュラーを取られる。
ゲームでもそんな事はよく在るし、魔法でもそうだ。王宮の魔法使い達にとって、ルナの存在は理不尽そのものだっただろう。
前世でも、それなりの数はソレを感じていた。ただ、これだけの理不尽を味わうことになったのは恐らく初めてだ。
例えるなら、ゲームでの負けイベントがそれに近い気がする。今のルナの気分はその主人公だ。圧倒的なステータスの差と、仕様という名の公式チートに押し潰される絶望感。
だが、その主人公達とルナとでは全く状況が違う。セーブなどという便利なものは無いし、当然コンテニューも無い。データの初期化も不可能。シナリオも無いのでこの後どうなるかはわからない。
とんでもないクソゲーだ。
そんな物を摑まされたら、速攻でコントローラーを床に叩きつける自身がある。
しかし、今からルナはそれに挑まなければならない。このままだとBADEND待った無しだが、勝ち筋が見えない。
戦闘に入ったのでレベル上げは不可能。回復アイテムも敵の事前情報も無し。そもそも遭遇フラグすら無かった筈だ。
いよいよやってられない。
………一応は打開策もある。ついさっき『収納』に仕舞ったオークの血を飲めばいい。理屈も根拠も何も無いが、血を飲めばどうとでもなるという奇妙な確信がある。恐らくはルナに流れる吸血鬼の血がそうさせているのだろう。
ただ、それは最終手段だ。それをしてしまえば、名実共にルナは人間を辞めてしまうことになる。それだけは御免被りたい。
しかし、現実はそうもいかない。実際、このまま行けば敗北するのは時間の問題だ。
だが、この一連の思考で一つ思いついた方法がある。
突然だが、ゲームには度々『魔剣』というものが登場する。火を出す魔剣やら、ビームを放つ聖剣等、色々なものが存在している。
当然ルナは一本たりともそんなものは所持していないが、普通の剣は持っている。ならば、その剣に魔法を纏わせれば魔剣になるのではないだろうか。これにも根拠や理屈は無いが、なんとなく出来そうな気がするのだ。以前プレイしたゲームにそういうものが有ったからかもしれない。それでも、やらないよりはマシだ。どちらにせよ、この魔法を普通に防げば魔力が尽きるし、防げなければ戦闘不能になって負け。最初から選択肢など残っていない。
一瞬で覚悟を決め、『収納』から剣を引っ張り出す。
そして、水魔法を纏わせる。『水弾』では駄目だ、剣には向いていない。
「『水刃』!」
そこでルナが選んだのは『水刃』、『風刃』の水魔法バージョンだ。『風刃』よりも斬れ味は数段落ちるが、扱いやすく使い勝手の良い魔法だ。
剣に水魔法を纏わせるならば、コレが一番向いている……ような気がする。
向いているかはさておき、魔法は無事に発動した。思った以上に制御が難しいが、しっかり剣に纏わせることが出来たようだ。
その事実に満足しつつ、向かってくる『火球』に剣をぶつける。
ぶつかった瞬間、『火球』が消滅した。
その代わりに、剣に纏わせていた『水刃』も当たった部分は消えてしまったが、『水刃』は元々コスパの良い魔法だ。その程度ならすぐに戻せる。そして、その魔力の消費量から考えて、全ての『火球』に剣をぶつけても、最終的な消費量は先程の『水弾』三発分にも満たない。
剣を握るルナの手には、少なくない衝撃が走っているが、それも今のルナの力から考えれば問題にはならないレベルでしかない。
イーガスがどれほどの余力を隠しているかは知らないが、充分にこの負けイベントを壊せるだけの力がルナには残っている。
決着の時は近い。
魔法を剣に纏わせているイメージは、剣が水に包まれていて、刃の部分は『水刃』で斬れ味抜群!
っていう感じです。




