16 冒険者ギルド
ハリピアの街の冒険者ギルドは、丁度街の中心部にある。
勿論ルナはそれを知らないので、人に尋ねながら辿り着いた。
イメージ的に、ギルドの中というのは薄汚れたものだと思っていたのだが、意外と清潔に保たれていた。入って正面の奥に受付があり、手前側は休憩スペースになっているようだ。既に冒険者らしい人が席に座っており、コップを片手に談笑している。昼間だというのに酒の匂いがするのは、きっとルナの気のせいではないのだろう。
ルナがギルドの中に入ると、中に居た冒険者達の視線が一斉にルナに集まった。
だが、入って来たのが少女なのを確認すると、その視線はすぐに霧散した。
所謂、テンプレと言われる現象が起きないのは残念だが、ルナにとっては好都合だ。ああいうイベントは、周りで見ているには良いが、自分が絡まれるとなると、ただ面倒で迷惑なだけだろう。
特に邪魔の入らないまま、ルナは空いている受付に辿り着いた。受付をしているのは、二十歳そこそこの綺麗な女性だ。
「すいません、冒険者登録をしたいんですけど…」
「はい、わかりました。登録ですね。代筆は必要ですか?」
「あ、自分で書けます」
「では、こちらに氏名と生年月日、職業等をご記入ください」
そう言いながら、女性は足下から用紙と記入用のペンを取り出し、ルナに渡した。
『氏名、ルナ。性別、女性。年齢、十歳。職業、魔術師。特技、剣術。パーティ希望、なし』
記入項目はこれだけだ。
書き終わった用紙を受付の女性に渡す。
「えーと、名前はルナさん。職業は…魔術師!?」
女性が叫ぶと、周りに居た冒険者達の視線が、またもルナに集まる。その視線には、驚きや疑いが多く含まれている。
「あの、ルナさん…ですよね。職業は魔術師、ということでよろしかったでしょうか?」
「あ、はい」
「確認の為に少し見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「わかりました」
確認の為だけなら、そんなに大層な魔法を使う必要はないので、軽く手の先に火を出すだけにする。
「はい…確認しました。それでは、簡単にギルドや規則について説明させて頂きます」
女性…ミリラの説明によると、冒険者にはランクがあるらしい。種類はFからSまでの七個ある。
Fランクはただの一般人で、身分証の為だけに登録している人が殆ど。
Eランクからは普通の冒険者だが、扱いとしては冒険者見習いになる。
Dランクで見習い卒業。晴れて一人前だ。
Cランクは、腕はDランクとあまり変わらないが、昇格するのに試験が必要。
Bランクは一流で、Aランクは有名人。化け物レベル。Sランクともなれば、誰でも知ってる英雄で、実力的には人間を辞めている人が殆どとなるらしい。これ等への昇格に試験等は特になく、各地のギルド長が推薦し、それを王都のギルド本部での会議によって決まる。
規則については、その土地の決まりを守るだとか、法律に違反しないなどの当たり前のことばかりだった。
ミリラからの説明が終わると、裏で用意していたのか、薄茶色のギルドカードがルナに手渡された。大きさは免許証と同じくらいで、触った感覚的には鉄製のようだ。
そして、カードにはDの文字と、名前の欄にはルナの名前が彫ってある。
「このギルドカードがあれば、通行税が免除されます。身分証にもなるので、絶対に失くさないでください。もし紛失した場合は、再発行に銀貨五枚が必要になります。大事に使ってくださいね」
「あの、ランクがDになってるんですけど……」
「はい、魔法が使える人は無条件でDランクとして登録されますので、間違いじゃないですよ」
ミリラはそう言ってクスクスと笑った。その仕草がアイリと似ていて、少し泣きそうになったのはルナの秘密だ。
「それでは、手続きはこれで終了です。
これであなたも、たった今から冒険者の仲間入りです!
改めまして、冒険者ギルドへようこそ!」
そして、手続きも終わり帰ろうとするルナに一人の大男が声をかけてきた。
「オイ、ガキ、お前魔法が使えるらしいな。ウチのパーティに入れてやるからついて来い。ありがたく思えよ」
「……え?」
突然の出来事に混乱するルナ。頭の処理が追いつかない。
「え、じゃねーよ。いいから黙って来い」
どうやらこの大男は、ルナを仲間にしたいらしい。というか、都合良くこき使うつもりだろう。それに対するルナの返事は……
「えーと、お断りします。他を当たってください」
これ一択だった。名前も知らない男にほいほいついて行くとか、ありえない。
普通に考えれば当たり前なのだが、大男は納得できなかったようだ。
「何だと?テメェ誰に口答えしてやがる。俺が誰かわかって言ってんのか!?」
「いや、知りませんけど?名乗られたことってありましたか?私が忘れてるだけなら謝りますが、あなたみたいに濃い人なら忘れないと思うので、多分名乗られてないと思いますよ?」
そう言いながら周りの人を確認してみると、誰も動こうとしていない。新人がどう対応するか眺めている者や、最初から興味のなさそうな者まで色々と居た。中には、自分も誘おうと考えている者まで居そうだ。
「〜〜〜だ!わかったか!?早く来い!」
「あ、すいません。聞いてなかったのでもう一回お願いします」
「がぁ!!もう許さねェ!泣いても知らねぇからな!!」
激昂した大男が突然ルナに殴りかかった。他の冒険者達が慌てて止めようとするが、もう間に合わないだろう。
そして、それを見ながら、ルナはどう対応するか考える。避けるだけなら簡単だ。王宮での訓練には、徒手空拳も含まれていた。なので、拳を躱す程度は余裕である。
だが、今回は敢えてそれをしない。また同じような輩に絡まれても面倒だし、ある程度の力を見せる必要がある。
そこまで考えてから行動を開始した。
殴りかかって来た大男の拳を躱してから、足を払い、バランスを崩させる。すると、大男はアッサリと転んだ。すぐに起き上がろうとしているが、それを阻止するように頭を踏みつける。弱い。
この程度なら、王宮にいた下っ端の騎士でも片手で遇らえただろう。
「で、立たないの?」
「テっ…メェ……!!」
足下からそこそこの抵抗を感じるが、所詮はそこそこでしかない。今のルナの力なら、魔法を使うまでもなく止められる。それが眼が紅くなった恩恵というのは、非常に不愉快だが。
「ふざっけんなァ!!」
「ん?」
少し考えごとをしている間に、抵抗が強くなってきた。それでもまだ止められる程度だが、これ以上踏みつけるのはやめておく。
足を退けると、大男はすぐに起き上がり、ルナから距離をとる。そして、背負っていた大剣を抜き放った。
「ブッ殺してやる……!!」
「ソレを使うのは流石に駄目じゃない?」
「うるせぇ!黙って死ね!!」
そう言ってルナに大剣を振り下ろしてきた。
「遅い」
『収納』から取り出した剣を一閃し、大男の大剣を叩き折る。魔法を使えば斬りとばすことも可能だが、今回は使わなかった。
「な、何だと……?」
大男は、随分と軽くなった大剣の柄を震えながら握っていた。その足下には、重さの殆どを占めていたであろう大剣の刀身が落ちている。それで、実力の差はわかっただろう。
「な、な………」
大男や他の冒険者達の視線は、全てルナの持っている剣に集まっている。その剣を軽く振った後、また『収納』に仕舞う。
それを見た大男は、ジリジリと後ずさり、そのまま背中を向け、逃げ出した。
別に追いかける理由も無いので、そのまま宿に帰る。
今度は邪魔は入らなかった。
それと、宿の食事は美味しかったので、明日からも泊まることにした。
その日の夜。
「眠れない……」
幼い吸血鬼の目は冴えていた。
原因はわかっている。殺し合い…というほど激しくはなかったが、あの大男と闘ったせいだろう。あの時…剣を向けられた時から、アイツを殺せと、血を絞りつくせと身体が叫んでいる。
「気持ち悪い……」
血を吸うという行為も、その対象があの大男というのも非常に不快だ。
だが、そんなものは関係無しだと言わんばかりに、身体はソレを求め、眼は紅く爛々と輝き、疼いている。
………少なくとも、今夜は眠れそうになかった。
すごい今更ですが、タグに「チート」を追加しておきました。