10 剣の練習
あれから、半年程経った。
あの日から、ミサーナは騎士団の訓練場に通っている。
そう、通うだけだ。剣に触るだけならともかく、それ以上は許されなかった。
なので、のんびりと眺めるだけとなっている。
しかし、それも今日までだ。毎日通い続けたおかげで、ミサーナはヨハンからかなりの信用を勝ち取ることに成功している。
そして今日、少しだけなら練習してもいいと言われた。更に、ヨハンが直々に剣を教えてくれるらしい。多分、他の人に任せてミサーナに怪我をさせても困るからだろう。
アイリはブツブツと文句を言っているが、特に問題はない。早速、教えてもらうことにした。
「まず、握り方ですが………」
最初の説明だけで、小一時間かかった。別にこれは、ミサーナの物覚えが悪かった訳ではない。最低限、剣を振る時の注意点などを教えてもらっただけで、これだけの時間がかかった。
そして、ようやく次に進めるかと思ったが、次の練習は素振りだった。ひたすら地味な作業だ。非常に面倒だが、ミサーナは文句も言わずに黙々と素振りを続ける。
それにヨハンが驚いているが、ミサーナにとっては普通のことだ。
何事においても、基礎というものは大事だと身を持って知っている。勉強はもちろん、家事やスポーツ。そして魔法も。
基礎が出来ていなければ、スタート位置にすら立てない。
継続は力。意味は少し違うが、前世の父親がよく言っていた言葉だ。
それと、ミサーナはゲームのレベル上げが苦にならない人なので、地味な作業も得意だったりする。
ただ、そんなことを知らないヨハンは驚きを隠せない。
五歳の幼児、しかも女の子が、普通の大人でも嫌がるであろう剣の素振りを、言われた通りに延々と続ける。
異常とまでは言わないが、おかしいと驚くのが一番自然ではないだろうか。
だが、言われた通りに出来るというのは、立派な才能だ。少なくとも、プライドだけは高い貴族より、ずっと良い教え子になる。
ヨハンはこの時、ミサーナに真面目に剣を教えようと決意した。
これならば、きっと良い剣士になれるはずだと。
そして、そこからまた半年程経った。
ミサーナはとうとう六歳になった。
日本ならば、もう小学校に入学する年齢だ。
生活に関しては、剣の練習が増えたこと以外は変わらない。
それと、一度だけレオンが遊びに来た。その時もフォウルで勝負したが、あのフォウル盤はまだミサーナの部屋にある。
それはさておき、剣の練習が増えたと言ったが、まだ素振り以外はさせてもらえない。
流石のミサーナでも、少し飽きて来た。
文句を言ってもアイリが喜ぶだけなので何も言わないが、半年変化無しは辛い。
しかし、今日はいつもと少し様子が違う。ヨハンがいつもより真面目な顔をしていた。
「ミサーナ様、今日は打ち込みをします。私に打ち込んで来て下さい」
そう言いながらゆっくりと剣を構えるヨハン。
「えーと、いきなりですね?」
「はい、確かに唐突ではありますが、そろそろ素振り以外をしても大丈夫でしょう。それに、流石に素振りは飽きたでしょう?」
「まぁ、そうですね」
返事をしながらミサーナも剣を構える。
半年前に比べれば、かなりマシな構え方になっただろう。
そして、無言でヨハンに打ち込みに行く。
素振りでしていたのと同じ様に、上から振り下ろす。が、アッサリ止められてしまった。周りに心地良い打撃音が響くのが聴こえる。さらにその後も打ち込み続ける。
振り下ろした後は、下から切り上げ、そのまま横に振り、また振り下ろす。他の騎士が打ち合いの練習時に、必ず使っていたものだ。
ミサーナは、伊達に一年間訓練場に通っていた訳ではない。休んでいる間や、何もしていない時にもずっと見ていた。まあ、全て止められたので、意味があったかはわからないが。
「ミサーナ様、もう大丈夫です。次はこちらからも少し打つので受けてみて下さい」
「はい、わかりました」
ミサーナが剣を構え直すと、すぐにヨハンが打ってきた。
それにミサーナが身構え、剣の腹で受け止める。しかし、ミサーナが受けた衝撃は、とても軽いものだった。
それにミサーナが動揺するが、少し考えて手加減されたのだろうと一人で納得した。
その後、しばらくの間打って打たれてを繰り返し、練習が終わったのは、それから三時間後のことだった。
「体中が痛い……」
ミサーナは今、ベッドに倒れ込んでいる。素振りだけなら大丈夫だったのだが、打ち合いというのはレベルが違った。
全身筋肉痛など、この身体になって初めてかもしれない。
「無理するからですよ……」
小言を言いながらもマッサージをしてくれるアイリ。なんだかんだ言いつつも優しい。
ミサーナが目を覚ますと、辺りは暗かった。ただ、居る場所はベッドの上のようだ。
どうやらアイリにマッサージされて、そのまま寝てしまったらしい。
なんとなく窓の方を見てみると、満月だった。
この世界の月はとても大きく、紅い。地球と比べると、倍くらいはある気がする。
ふと、窓に映った顔が見える。
その顔の眼は月と同じ、とても綺麗な色をしていた。