月の無い夜
若干の残酷な表現がございます。苦手な方は飛ばしてお読み下さいませ。
彼は、夜の帳の降りた街を疾走していた。
(何故…どうしてこうなった…!?)
複雑に入り組む路地を、ひたすらに駆け抜ける。
闇に紛れる様に、ナニカから逃れる様に。
狩人であり、常に追う側であった彼が追われている。
その異常とも言える状況に平静を失った彼は、縺れる
脚を必死に動かし、逃げ惑う。
行き着く先が袋小路、待ち構えるのが、彼の死神とも知らず。
時は遡る。
彼は、空腹だった。
主人の元を離れて以来、食事にありつける機会は殊更減った。
ヒトの多いこの街に辿りついたものの、ヒトは群れ、知恵も回る。日の下で堂々と食事をしたのでは、あっという間にヤツらに取り囲まれ、殺されてしまうだろう。
暗闇に潜み、小動物を狩って、その血肉で腹を誤魔化す日々。そんな折、酔っぱらって路地に沈む、間抜けな御馳走にありついた事で、彼の欲望は弾けた。
それから幾らかの時が過ぎた、月の無い夜。
彼は空腹だった。
昨晩の食事の際、邪魔が入り、獲物にありつけなかった為である。
―邪魔をした、〈黒いヒト〉はいつか必ず喰らってやる―
そんな想いを抱えながら、彼は街を往く。
闇から闇へ、夜に溶け込み移動する。彼の纏う黒い色は、闇に潜むのにはとても都合が良い。
最近では物騒な噂が広まり、夜に活動するヒトが減ってしまった為、獲物にありつく機会がめっきり減ってしまっている事を、残念に思っていた。
しかしながら、夜にしか生きていけぬ人種というものは必ずいるもので。
(見つけた)
今宵、彼が見定めたのは、露出の多い服装をした、妙齢の女性。
おあつらえ向きに、暗い路地に1人立つ彼女。
その温かな柔肌に牙を立て、迸る血潮を飲み干す。
その甘美な想像を実現すべく、彼は今宵の獲物へと近づく。そして―――