カルディナ家の団欒
「ふぉんふぉーひぃはひぃはほーほはーはふ」(本当にありがとうございます!)
「いや、いいんだけど…落ち着いて食べなよね」
現在、夕刻。マリアが青年を拾ってきてから二刻の時間が経過した頃。
リビングのソファーに寝かせていた黒髪の青年が目を覚まし、盛大に腹を鳴らした後、ダリルが「とりあえずメシ食え」と食卓へ案内した所、一心不乱に食事を食べ始めた青年の第一声であった。
「ふぅ…おかげ様で助かりました。しばらく無一文で彷徨っておりましたので、ようやく生きた心地がします。」
頬にジャムを付けたまま、幸せそうに微笑む青年。
「申し遅れました。私、クロト・エレメントと申します。仕事で一昨日、この街に訪れたのですが…上司と逸れてしまいまして。見知らぬ土地に彷徨う中で、野良犬に追われた挙句、用水に落ちてしまい、荷物と財布を無くしてしまってですね…」
マリアは大変驚いた。眼前のポワポワした青年の、その運の無さにである。
「上司は行方知れず、お腹が空いて、もう動けずにいる所を助けていただいた次第です。本当に、このご恩は忘れずいつの日かお返しいたします!」
意気込む彼に、ダリルが答える。
「いや、気にするな。気まぐれにした事だ。俺はダリル・カルディナ、そこにいるのが娘のマリア・カルディナだ。
今日はもう夜が近い。泊まっていくと良い。」
それだけを言い残し、扉の奥へ去って行くダリル。それを見たマリアは驚いた様子で、
「珍しいわね、父さんが初対面の人に泊まっていけだなんて。まぁ、最近この街は物騒だし、泊まっていくと良いわ。」
と笑顔を浮かべる。このポワポワした青年の様子に、彼女はすっかり警戒心を無くした様であった。
「物騒…ですか…」
考え込む様子のクロトに、マリアが答える。
「最近、この街では朝方に、何かに喰われた様子の遺体が見つかる事件が発生してるの。大型の獣か何かがいるんじゃないか、って言われてる。
自警団の人たちが捜査しているけど、まだ手掛かりも無いみたいだし。
事件は夜中に起こっているみたいだから、夜に出歩くのはおススメしないわ。」
「そうですね…お言葉に甘えて、今晩はお世話になります。」
「そうしなさい!後で客間に案内するわね。」
そう答えて、食卓を片付け始めるマリア。
そこで、何かに気付いた様に顔を上げると、クロトへ尋ねる。
「そういえば、一昨日からこの街に来たんでしょ?昨晩は大丈夫だったの?」
クロトは一瞬、きょとんとした表情を浮かべてから答えた。
「昨晩は、酒場の裏通りでご飯が無いか探していたのですが、偶然、親切な方とお会いしまして。その方のご厚意で、朝までお世話になったのですよ。」
「ふーん、そうなんだ。でも、それならご飯は食べたんでしょ?少しは遠慮したにせよ、一日で動けなくな
るなんて、アンタどれだけ燃費が悪いのよ。」
そういってマリアは笑った。クロトもまた、苦笑いを浮かべるだけで、返答は返さなかった。
「片付けちゃうから、もう少し待っててね。」
彼にそう言ったあと、マリアは片付けを再開する。背を向けて食器を運ぶ彼女は、その後クロトが浮かべた表情を見る事は無かった。
その、憎悪を浮かべた表情に。