出会い
自らの父が営む店の前に鎮座するその物体に、彼女〈マリア・カルディナ〉は困惑していた。
ここは、―〈鉄の街〉アイロニス―
良質な鉄鉱石や魔石を産出する鉱山の麓、工業都市として栄えるこの街。その片隅で彼女の父が営む〈カルディナ工房〉へと向かうマリアが見た物は、店の入り口の前に転がる、黒ずくめのヒト型のナニカであった。
「なんだろう…ヒトに見えるけど…まさか例の犠牲者じゃないでしょうね。」
手を伸ばし、うつ伏せに倒れたソレは、黒髪、見窄らしい黒のロングコート、コレまた使い古した様子の灰色のズボン、皮のブーツの出で立ちの男性で、いかにも怪しいです、といった風体に、あまり関わり合いになりたくはないなぁとマリアは思う。
通りを歩く人々も、遠巻きに眺めこそすれ、声を掛けようとする者は誰もいない様だ。
「よりにもよってウチの店の前で…勘弁してよね」
溜息を一つ吐き出し、彼の元へ歩み寄ると、恐る恐る声を掛ける。
「えーっと、大丈夫?生きてますかー?」
返事はない。ただの屍のようだ。いや、時折痙攣するかの様に動いており、生きてはいる様ではあるが、意識が無いのだろうか?
耳をそばだてれば、何だか苦しげな声が聞こえてくる。
「うぅ…あんぱんの精霊さま…気持ちは嬉しいのですが…お顔はちょっとご遠慮願いたく…」
鳴り響く盛大な腹の音が、彼の欲するものを主張している。
「あんぱん…?」
マリアの顔に困惑が浮かぶ。外見からは怪我を負っている様子も無く、であれば行き倒れというやつであろうか。
「できれば商売の邪魔になるから、別の場所で行き倒れてもらえるとありがたいんだけどなー?」
返事は無い。魘されている様だ。起きる気配も無い。
そこまで考え、溜息を一つ吐く。
例の事件に関連するならともかく、只の行き倒れに憲兵を呼んだとあっては、
いささか事を大きくし過ぎるだろう。
「しょうがない、兎に角、店に運んで…って重っ!!」
男性を運ぼうとして、その重さと感触に驚く。
年の頃はまだあどけなさが残る青年といった所か、整った顔に苦悶の表情を浮かべる彼。
手の先に感じる感触は、鋼のように引き締まった筋肉のそれであった。
(鍛えてるのかな…もしかして流浪の騎士サマとか?いや、まさかね…)
マリアが頭を振って考えを消し、彼を運ぶべく力を入れようとしたその時、店から出てきた壮年の男性が彼女に声を掛けた。
「おぅ、どうした?そいつぁなんだ。」
「あ、お父さん。実はね、店の前に行き倒れてたの。お腹すいてるみたいなんだけど…」
「ふぅむ、素性の知れねぇ奴をあまり店に入れたくはねぇが…」
そこで少女の父、〈ダリル・カルディナ〉はふと気づく。
黒の青年の腰元、上衣の裾から零れる様に見えている銀の懐中時計。精緻な文様が刻まれたソレは、青年の見窄らしい格好には不似合いな様で、妙に目を引いた。
「…どうしたの、お父さん?やっぱり憲兵さん呼んだ方が良い?」
立ち止まり、何かを考えている様な様子のダリルに、マリアが声を掛ける。
「いや…何でもねぇ。まぁ、いいだろう。店のソファまで運ぶぞ、手伝え。」
「はーい!」
二人がかりで黒の青年を持ち上げて、運び込む。
その様子を、黒猫が金の目を細め眺めていた。