第9話『ターニングポイント』
・2021年9月20日付
細部調整
残りプレイ時間は10分となった辺りで、扉は開かれた。アルストロメリアは、退屈そうにしている訳でもなく――だからと言って精神統一していた訳でもない。
《これよりボスバトルを開始します。途中でのログアウトは緊急時を除いて出来ません》
《楽曲に関しては1曲勝負となります。ボスゲージを一定量まで低下、もしくは0にする事でステージクリアとなります》
《他のプレイヤーがダメージを受けても、自分が回復させる事は出来ません。あくまでも他のプレイヤーのゲージは自分のゲージとは別扱いになります》
《制限時間は演奏時間と共通となります。ペース配分にはご注意ください》
《途中での時間切れによる強制ログアウトはありません。しかし、演奏失敗によって持ち時間の減少ペナルティは存在します》
《使用出来る武器は3種類までです。同じ属性の武器をガン積み及び論者積みはできません。遠距離・遠距離・近距離の組み合わせのように2種類以上を持つ必要があります》
《ターゲットマーカーはボスにだけ表示される訳ではありませんが、乱れ撃ち等の様な暴れプレイは推奨しません》
ARバイザーには様々なメッセージが表示されるが、アルストロメリアは必要な部分以外をスライドしながらチェックする。
とりあえず、楽曲は固定、演奏失敗で現在のプレイ時間が減る、持ち込める武器は3種類まで、ボスゲージを0にすればクリア――そこだけ分かればいい。
《ボスゲージが演奏時間終了前に0となった場合、楽曲はそのまま流れます。ボスに関しては撃破扱いでクリアとなりますが――ご注意ください》
ここだけが妙に引っ掛かる。演奏時間が仮に1分30秒とすれば――30秒でボスが撃破された場合、もしかするとチート扱いされる可能性があるのかもしれない。
それを示唆している可能性は高いだろう。しかし、だからと言って手抜きプレイ等をすればネット炎上するのは明白だし、他のプレイヤーと協力出来ると言っても――向こうが素直に従うとも分からないだろう。
【次のボスバトルはどうなるのか】
【次こそは、まともなバトルを見たい所だな】
【魅せバトルが悪いとは言わないが、有名所の動画投稿者や実況者に影響を受けたプレイが目立つのも――】
【それこそ、特定芸能事務所がネットを炎上させてオワコンにする可能性だって――】
【もしかすると、ファンタジートランスショックとか言って拡散させ、芸能事務所AとJに逆らった存在を――という事例になるかもしれない】
【それでは、以前にあったアークロイヤルの一件と同じじゃないのか?】
【アークロイヤルの一件はWEB小説――フィクションの世界だろう? 違うのか?】
【フィクションと現実は一緒にしてはいけない。ARゲームと言う2.5次元に近い世界観を持つゲームが生まれたと言っても――】
【やはり、こうしたやり取りは繰り返されていくのか――作品名が変わったとしても】
中には予想以上のメタ発言もコメントで流れるが、それをアルストロメリアが確認出来る手段はない。
とにかく――彼女としては、全力でぶつかるしか方法はないだろう。勝てるかどうかは別にしても。
一方で、こうした発言が飛び交うのには様々な事情があるのではないか――と考える人物もいる。その人物とは、カトレアだった。
「これは非常事態と言うべきか――」
賢者のローブを解除する事無く、カトレアはサーバールームから別の部屋へと移動を始めた。移動と言っても、瞬間移動の類ではない。
あくまでも、サーバールームからARバイザーを地図代わりに移動しているだけである。
周囲のスタッフもカトレアを目撃しているのだが、賢者のローブを見て冷たい視線を向けたりする人物はいない。
さすがに自社製品を見て、批判的な意見を出して自分から会社を炎上させる行為をする人間は――もしかすると、まとめサイトを利用して人心掌握を考えていれば話は別だが。
アルストロメリアと一緒にプレイするプレイヤーは、マッチング中と言う事で待たされることになるのだが――この時には所有時間は減らない。
そう言った事もあり、別プレイヤーの動向を確かめようと動画をチェックしようとしたが――エラーメッセージが出て閲覧できなかった。
おそらく、脱出系やアドベンチャーでカンニングをするような行為は禁止されていると言うべきなのかもしれない。
しかし――それでも全ての動画が見られない訳ではなかった。一部のヘルプ動画やアドバイス系の動画は視聴できる状態である。
仕方がないので、そこからヒントをつかもうと動画を見ようと検索するが、その最中でマッチングが決まったようだ。
「1分もしない内に決まった――」
アルストロメリアはため息を漏らすが、マッチングが決まるスピードには不満がない。むしろ、動画をチェックする余裕がなかった方に対しての不満だ。
他のプレイヤーのレベルを見ると、比較的高いプレイヤーと当たっている傾向である。合計で6人のプレイヤーがボスバトルのフィールドに集う事になった。
「残念と言うべきかな――別のプレイに回ったみたい」
アルストロメリアと組みたそうに、別のボスエリアに振り分けられたのは――重層ミリタリーベースのARアーマーを装備したビスマルクだった。
彼女も物凄いスピードでアルストロメリアの後を気付かれずに追いかけていたのだが、マッチングは別のプレイヤーとのエリアに振り分けられている。
やはり、マッチングのタイミングを合わせる必要性もあったのか――と後悔しているようでもあったが。
アルストロメリアとのマッチングでは、さりげなくアルプレイヤーの名前があった。それに関してチェックしたギャラリーからは歓声が沸く。
この歓声は、別の場所で様子を見ていた有名プレイヤー、更には別の場所へ急いでいるカトレアにも聞こえていた。
「まさかすぎるな!」
「鏡花水月――あの人物のプレイが見られるのか」
「それに、あのアルストロメリアもいる。他のプレイヤーはそこそこの実力だが、知名度もない」
「実況者まがいなプレイヤーはいないし、炎上する事はないだろうな」
鏡花水月とはプレイヤーネームではなく、あるプレイヤーを例えた通称である。
その人物とは――アガートラームだ。見た目の体格からは信じられないような能力を、彼女は持っていると言えるだろう。
「アガートラーム、彼女とマッチングなのか――」
ビスマルクはアルストロメリアとマッチング出来ないばかりか、まさかのアガートラーム登場にも驚いていた。
ログインしていたのは確認済みだが、もう少し先まで進んでいると考えていたのである。自分の時間感覚が狂ったのか?