ごめんなさい反省してないです
ある日、なんとなく昔の教材をひっくり返していたら、学生時代に使わなかったらしいノートが出てきた。
いい機会だしここに懺悔を遺しておこうと思う。三日もすれば頁を破いて捨てるだろうが、そうなったらそうなったでどうしようもない。既に後悔している。そもそも後悔と言えばこの歩んで来た人生で腐るほどしてるし。
……と、そんな書き出しで始まったのは俺の日記である。ただの日記ではなく、将来的に誰かが読むことになるだろうという想定で書かれた懺悔日記だ。
プレイ中のソシャゲが緊急メンテ、定期メンテ、緊急メンテと重なり、挙句エロサイトの見過ぎでスマホの充電はギリギリで、やることが無くなり暇を持て余した絶賛無職引き籠りな社会不適合者の暇つぶしである。
さぁて何から書くかなぁと真っ暗なままのパソコンモニターを見つめると、隈の消えない冴えない男の顔が映っていた。萎える。
生きてきた云十数年を思い返し、懺悔すべき内容を考える。
自分で言うのもなんだが、俺は非常に恵まれていると思う。まともな親がおり、働いていてある程度の資産があり、雨風をしのげる家があり、三食食うに困らない(俺が三食食べるとは言っていない)、しかも巨乳で美人の姉(関係は良好)がいる。
最後の一つだけでも誰かに殴り殺されそうだ。別に身内が巨乳だからって何があるってわけでもないと思うんだけどな。エロゲじゃあるまいし。
「まさくーん!二階の窓閉めてー!」
雨が降ってきたのか、母親が一階から叫ぶ。そんなに叫ばなくとも聞こえているし、何ならメールで済ませればいいものを。
「あいよー!」
俺が返事をしても正直聞こえてるか分かったものではない。返事をしろよ、といつも思う。これでこっちが返事をしないならもう一度叫ぶのだから近所迷惑に違いない。というか俺もいい歳なのだからまさくんは止めろよ。
引き籠りではあるが、引き籠りの範囲は自室ではなく自宅であるので俺は普通にドアを開け、書斎と階段の窓を閉めに向かう。部屋からすら出てこない自宅警備員の同業者は一体トイレをどうしているのか、純粋な疑問だ。
窓から空を見ると真っ暗で、外からは確かに雨音が聞こえている。慌てて窓を閉め、それが終わったことを示す声を上げても返事はない。大人しく部屋に戻り、懺悔の内容を考えることにした。
まさくん、もとい、まさとし、というのが俺の名前であった。漢字で書くと優秀。完全に名前負け。絶賛引き籠り中のくせに何が優秀だよバーカ。
本来であれば正弘という名前を両親は考えていたらしいのだが、当時小学生であった姉の真咲は漢字辞書を引くのが趣味で、「優秀って文字はまさとしって読めるんだって!あたしまさとしって名前が良い!」とのたまった。
それに対し両親は文字通り「優しく秀でた子になりますように」という意味を込めてその名前を付けた。残念ながらそうはならなかったのだが。
この名前は俺のコンプレックスの一つで、名前の由来を聞く度に、ふわっとした過度な期待はやめてくれよという気持ちになるのだ。
「はぁー……」
自然と溜息が零れる。名前の話は今回は止めておこう。貧乏ゆすりと机とトントンと叩くという神経質な人の前でやると苛々される動きをコンボで繰り出しながら、文字を書き始めた。
まずは、そう、そうだ。どうして俺がこうなったのか、についてだ。
思えば俺は、忍耐というものがなかった。
昔っからめんどくさいことがとてもきらいだった。幼稚園のおゆうぎとか、そういうの。集団行動がまずきらいだった。それに疲れることもイヤ。本音を言えばもう画数の多い漢字をかきたくない。
というかたぶん始まりは足がおそかったことだと思うんだよね。かけっこでケツ争いするのすげーきらい。なんで走るんだよ。車あるだろ。
脱線したわ。それで運動とかそういうおゆうぎの練習とかする時、腹がいたいって言ってサボった記憶ばっかりある。シャワーがいやで小中学校のプールもサボったなぁ。めんどくせえもん。
見合った対価もないのにそういうことしたくない。将来に役に立つ?泳げたところで彼女と海にいけるくらいじゃん。いねえよそんなの。そもそも彼女がいたとして、海に誘うってハードル高くないか?水着用意させるのも大変だろうし、ムダ毛処理とかするなら更に大変じゃん。俺、父さんに似て足が結構毛深いけど、これ全部どうにかしろって言われたら困るわ。剃ったら増えるとか言われてるし。髭だけでもこんなに大変なのに無理。自分がやられていやなことは他人にするなって教わらなかったのかよ。
話が逸れた。
いやなことがあったら即サボる癖は思えば何とかした方が良かったんだろうなぁ。
小学校のプールと美術とマラソン大会、中学校の授業。高校とかマラソンの授業欠席しまくったせいで補習するはめになったし。流石に一学期分でこりて授業には出るようになったけども。
専門もすぐやめたからなあ。資格習得に向かって皆で一丸となってがんばって行こうぜ!ってノリがついていけなかった。だから辞める口実ができたときは良い機会だと思ってたよ俺。あの時、「将来的に耳そろえて返す」って父さんたちに言ったけど、たぶん無理だろうな。二言以上知らない相手と目を合わせて会話したくないもんよ。
……書き始めると存外にすらすらと言葉が出てくる。人と喋ることが極端に減ったので、その分語彙も貧困になって碌にページを埋められないだろうと思っていたのが、想定していたよりも続いているのだ。
シャープペンを持つ手が疲れてきたが、なんだか俺は楽しくなっていた。一年ぶりに字を書いてもなんとかなるものなのだなと感心すらしている。
小学校の時の文字の読み書きはこのためにあったのだろう。漢字練習は碌にしなかった記憶しかないが。
右肩を回すとボキバキッと派手な音がした。姿勢が悪いせいである。デジタル時計を見ると16時を示していた。充電中のスマホを手に取って公式サイトを確認すると、大きく『緊急メンテナンス延長のお知らせ』と書いてあった。まぁそうだろうよ。ノートに再び目を落とした。
さて、そろそろ今回の懺悔の内容について話そうと思う。
俺の懺悔は忍耐がなかったことでじゃない。確かに我慢強くはないとは思うが、それは一種の見極めだと思うのだ。俺は異様に足切りが早かったというだけであって。いやでもサボるのは社会的に良くないことだな。
問題であるのは、そのことに関して、別に反省していないことだ。
例えば小学校のマラソン大会をサボったこと、どうせ俺は中学受験なんてしないわけだし、痛くもかゆくもなかった。あれは逃げ得だったと思う。進級できないわけでもないし。
専門学校を途中退学したこともそうだ。あのままやっていても結局良い結果は残せなかったと思う。
おそらくなんだが、昔から俺は逃げて得ばかりしていたから逃げ得という精神で生きるようになってしまったんだろう。
だからここに懺悔をしておく。
これを読む可能性のある父さん、母さん、姉さん。
俺、ばっくれ続けたこと別に反省してないんだよ。ごめんなさい。
「まさくーん!ごはんよー!」
ちょうど一ページ目が埋まったところで母親の声がした。どうやら夕飯が出来たらしい。匂いからしておかずは餃子か何かだろうか。
俺はシャープペンの芯をしまって、静かにノートを閉じて、隠すように引き出しの中に入れた。
引き出しを閉めて、息を吐く。自分以外に誰もこのノートの内容を知る者は今のところはいない。
「今行くー!」
誰もこのノートの中身を知らないうちは、俺はずっと変わらないのだろうな。
そう思いながら部屋を出て、階段を下りた。家族が俺を待っている。
つづきます。