〜打ち寄せる 波の飛沫(しぶき)に縁取られ 光り湛える 花に魅せられ〜
結婚式って、男性にとっても一大イベントですね(*^^*)
あの後。結局、近場の結婚式場を一箇所だけ訪ねて基本的な情報を仕入れると、俺は彼女を家まで送り届けたその足で、少し多めの酒やつまみ、そして女性陣への土産を仕入れ、仲間の元へ向かった。
予定通り帰港した、と昼頃には高橋からメールが届いていたのだが、どうやら今夜は村田の家で集まる事になったらしい。
「いらっしゃ〜い、もう皆揃ってるわよ?」
出迎えてくれた霞ちゃんの背中越しに、賑やかな声が聞こえてくる。
「え、そうなの?あ、これ、霞ちゃんたちに」
「あ!La Franceのケーキ! ?ありがとう!」
霞ちゃんに続いて部屋へ入ると、パン、パンッと軽い破裂音が鳴り、
「「「「「「おめでと〜!」」」」」」
と言う声の後。何故か俺は、頭から色とりどりの紙テープを纏っていた。
「……何、これ」
「え、だってお前。結婚の許し貰えたんじゃないの?」
そう固まる横手に、俺も固まる。確かに、結婚の許しは貰えたが……だっても何も、高橋の時も、村田の時も。そして昨年の横手の時も。過去今までこんな事はしなかった。
「だからって、何で」
「水上艦長から、“ほんのお気持ち”。祝砲なんやて」
「は? !何でもう艦長が知ってるんだよ」
「あー、悪い。それ俺なんだわ」
横手がすまなそうに手を挙げる。
「雅からのメール開けた時、俺、基地に居てさ。メール読んだ勢いでついうっかり叫んじまって」
「小躍りしてるこいつの真後ろに、偶然にも水上艦長が居たんだと」
続く高橋の説明に、横手がスマンと拝む。
世話好きな艦長繋がりの、見合いや合コンを何度か断ったこちらとしては、多少気まずいが。
「いや、まあ今更仕方ないだろ。どのみち明日には報告する気だったし。もう良いって」
「ねぇ、そろそろ乾杯しましょ?」
「ほら、雅くんも座って」
紙テープを取りながら空いている場所に腰を下ろす。
霞ちゃん、遥ちゃん、そして横手家の奥さんの弥生ちゃんが酒を注いでくれ、皆のグラスが満たされると、村田が音頭をとる。
「では、改めて「「「「「「かんぱ〜い!」」」」」」」
「で、早速だけど。家は結局どうなった?」
枝豆を食いながら高橋が尋ねる。
「ここに決めた。早ければ半月後には入れるって」
「え!じゃあもしかして、うちと同じ階?」
霞ちゃんが目を輝かせて身を乗り出してくる。
「そういう事なので。先輩方、詩織ともどもよろしくお願いします」
照れ臭さもあり、少し大仰に頭を下げると、頭をガシガシと乱暴に撫でられた。
「俺、ホンマに嬉しいで!雅ぃ!」
「わ!何すんだよ!」
「お前の事だ、タイミング外すんじゃないかってヒヤヒヤしたけどな〜、本当に良かったよ」
横手の声がしてたかと思うと、頭を掻き乱す手が4本に増える。
「おいっ!やめろって!」
「やったな、雅。俺も嬉しいよ」
高橋の声も続き、遂には手が6本になる。
「本当に良かったね、雅くん、」
遥ちゃんの声に涙が混じり、こちらまで胸と鼻がツンとなった。
「有難う。ここまでこれたのは、皆が色々と助けてくれたお陰だと、本当に感謝してる」
「お互い様やし。雅が幸せならそれでええねん」
村田の言葉に皆も頷く。
「さ〜、次は結婚式ね!詩織ちゃんの希望はちゃんと聞き出せた?」
ブライダル業界で生きる霞ちゃんとしては、そこはやはり気になるところだろう。
「ほらほら、皆ちゃんと座って。続きは食べながらにしましょ?」
弥生ちゃんが追加の料理を持って来ると、テーブルの上はいよいよ隙間がなくなる。各々も席に戻り、“作戦会議”が始まる。
俺の中では、彼女……詩織自身が“子どもの頃からの夢だから”と笑ったその希望を軸に考えた結果。ある一つの形を取れば、それも可能ではないかとの結論に至っている。
が、自らが動くその前に、他業種にわたる面々の、それぞれの意見も聞いておきたい。その為、今日皆に引き合わせるつもりだった詩織を敢えてここへ連れて来なかった。
ブライダルなんだかと言う名の、まあ所謂コーディネーターをしている霞ちゃん、商社勤めの遥ちゃん、そして近くの開業医で働く看護師の弥生ちゃん。
まずは同じ女性である彼女たちに、出発点となる詩織の“夢”を伝える。
「……か、可愛い〜!」
数秒の沈黙を打ち破ったのは、霞ちゃんだった。
「本当に純粋なのね。雅くんが必死になるもの分かる気がするわ〜」
普段は大人な弥生ちゃんの、人の悪そうな笑顔にジワジワ体温が上がる。
「早く会いたいな~」
遥ちゃんはうっとりとひとり想いにふける横では高橋が面白くない顔をしてる。高橋がまさかココまで独占欲が強いだなんて……長い付き合いの俺たちも、ヤツが結婚するまで気付かなかった。
「とりあえず、どう頑張ってもあの岩場での結婚式は無理よねぇ」
極めて冷静で現実的な弥生ちゃんの指摘に、皆も意識を戻す。
「雅くんのご実家は自営業だから時間の融通は効くし、雅くんの仕事の事もあるから、こちらの都合で進めて構わないって話だったけれど。……この近辺の結婚式場となると、かなり限られちゃうわね」
「海からは少し離れるけど、あの高台にあるレストランの貸し切りプランは?そこそこ良いお料理出すから二次会でも結構使うし、晴れれば庭も使えるから、ガーデンブライダルも可能な筈よ」
「……なるほど、結婚式場よりも日程とか、多少の融通は効きそうよね」
「直近の希望は次の帰港後なのよね?事前に話を通しておけば、1ヶ月前ならなんとかなるかも」
「有難う。実は、俺も自分なりに色々考えたんだけどさ、」
女性陣が盛り上がる中。いよいよ自分の“考え”を伝えようとしたその言葉に、じっと考え込んでいた村田の言葉が重なった。
「なぁ。いっその事、艦上、いや……艦橋結婚式っちゅうのはどないや?」
俺の思考がフリーズする中、一瞬の沈黙が生まれる。
「お、お前!エスパーかよ!」
驚きを隠せず焦る俺に、村田も驚く。
「なんや〜、雅も同じこと考えとったんか。だよなぁ、やっぱ、あれ聞いちゃったらなぁ、環境からの景色、見せてやりたいと思うよなぁ」
「確かにそうだけどさ。しかし、艦橋結婚式なんてそう簡単に許可降りるのか?」
横手も加わり、話が別の方向へ流れて行くが。あれとか聞いちゃったとか、なんの事だ。
「ちょっと待て。聞いたって、何の話してんだ」
「は?まさかお前知らんの?詩織ちゃんが見学に来た時、艦橋に上がらなかった理由」
「……高所恐怖症だからって言ったからじゃないのか?まぁ、実は違うらしいけど」
そういや、肝心の“本当の理由”は有耶無耶にされたまま教えて貰っていなかったな、と思い出した。
「「「「「あー」」」」」
「やっぱりお前は雅だったか」
いや、そんな憐れんだ目で見られても困るが。それよりも
「やっぱり、他に何か理由があったのか?何度か詩織にも聞いてみたが教えてくれなくてな……というより、何でそれを俺じゃなくてお前らが知ってるんだよ」
「そんな怖い顔すんなって。なぁ?」
横手が村田を仰ぐ
「あの日、ちょこっと竹下から聞いたんよ」
「お前、知ってたんなら何で言わないんだよ!」
「えー、それって俺のせいなん?だってさ、あの急展開だったし?何だかあっという間に良い雰囲気になっちゃったし?邪魔するなんて野暮なことできへんやろ?」
「「だよなぁ」」
高橋と横手もそうだそうだと追従し、ぐうの音も出ない。
恐るべし、村田。こいつは本当に敵に回してはいけないヤツだと、再度肝に銘じるが、しかし、その理由とはなんなのか。
「ホンマは詩織ちゃん本人から聞くべきなんだろうけね?雅の阿呆でまた詩織ちゃん泣かせたら困るから。特別に教えたる」
『これ以上、側にいたらきっと泣いちゃうから。松岡さんがいつもお仕事している場所も見てみたかったけど、困らせたくないし。それに、松岡さんの撮った写真も、忘れないように、しっかり見ておきたいの。だから、光流ちゃん、少しだけ私に時間を頂戴?』
今になってその内情を聞かされ、俺は頭が白くなる。まさかそんな事を想っていたなんて。
しかし、今となれば俺にも分かる。
あの、穏やかで優しい微笑みの下に隠された、時に自分の悲しみをも人知れず包み込んでしまう、詩織の意志の強さを。
その姿は、あの岩場のそばでよく見かける、波風に耐え咲き続ける、白い小さな花と重なった。
俺としては、白い花が弱らないように、しなくても良い我慢をさせないようにと心を配るだけなのだが……出来る事ならば、時計を巻き戻し、あの時の詩織をこの腕に抱き締め、安心させてやりたい。
「どこまでも真っ直ぐで……本当に健気よねぇ」
いつもなら大人な対応の弥生ちゃんまでが、ふぅ、と大きなため息をつく。
「ねぇ、涼介、何とかならない?詩織ちゃんに、艦で結婚式、させてあげられないの……?」
「うーん、俺も横手も今はあの艦の乗員じゃないし。何てったって、俺らまだ下っ端だしなぁ」
言いながら、高橋はいつも通りに遥ちゃんの目に浮かんだ涙をハンカチで拭ってるが、呆れる余裕すらない俺は、正直どうでも良い。
「専任さえ味方につければ……何とかなりそうな気がしなくもない」
横手の言葉に、
「せやな。なら、早速飲みのメールしとくし」
善は急げとばかりに村田が携帯を取り出すが
「いや、待て。気持ちは有難いんだけど、これは俺の問題だし。明日、報告の際に艦長に頼んでみようかと」
「まあ、確かに筋は通さんとね」
全員が納得し、以降は俺が玉砕した時に備え。シンプルで良いという詩織の希望に合いそうな、近場の式場や先ほど話に出たレストランを貸し切りにしたパターンなど、基本的な幾つかのプランと、やはり基本的なオプションなど。
分かりやすいように霞ちゃんに纏めてもらう。
「ざっとだけど、こんな感じかな」
霞ちゃんが作業をしていたノートパソコンを机の真ん中に置く。
“ざっと”だなんて恐れ多い。出来上がったのは、各会場のブライダルフェアなど、イベントの際のイメージ写真や、お得情報、おまけコメントまで入っている、なんとも立派なカタログのようで。
「霞ちゃん、有難う。詩織も喜ぶよ」
「霞ちゃん、すご〜い!」
「本当、綺麗だし、これなら詩織ちゃんもイメージ掴みやすいわよね」
「流石は本職」
「なぁ霞、もっかい結婚式せぇへん?」
村田の暴走により、そのまま“第一回作戦会議”はお開きとなった。その後は純粋な飲みとなり、賑やかな村田家の世は更けていった。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ *
「悪いな、待たせたか」
告げていた時刻よりも早く店に着いていた俺は、姿勢を正し、“待ち人”へ敬礼をする。
「いえ。お忙しい中、お時間を頂き申し訳ありません」
「まあ、お前も座れ」
「失礼します」
先に腰掛けた艦長に習い、礼をし自分も腰を下ろす。
「で?お前の話って何だ」
「既に横手からお聞きになったかと思いますが、実はこの度、結婚をすることになりまして。早速お祝いまで頂き、有難う御座いました」
「いや、あれは祝いというか何というか。まあ、ともかく、良かったな。おめでとう」
「有難う御座います」
改めて深く頭をさげる。
「そんなに畏らなくて良い。足崩せ」
「はい。有難う御座います」
乾杯で少し緊張も解れた頃、運ばれて来た料理に手を付けながら水上艦長が口を開く。
「それだけじゃないんだろ?わざわざ“俺だけ”呼び出したのには、どんな訳があるんだ」
「実は、折り入ってお願いが御座いまして」
「何だ、お前が頼み事とは珍しい。ちょっと怖いな」
口端をあげる艦長に、全てが見透かされているような錯覚に陥る。
「実は、式のことなのですが」
「式か。お前は何時にしたいんだ?」
「次の帰港後に、と考えております。仲人は明日にでも副長にお願いするつもりでおります」
本来なら、艦長にお願いするところだが……艦長は奥さんを事故で亡くされて以来、独り身を貫いている。その為、高橋の時も村田の時も、仲人は全て副艦が引き受けてくれた。
「よし分かった。まあ、その頃なら時間は有るだろうが、優先的に調整出来るよう言っておく」
「有難う御座います。……実は、もう一つお願いがありまして」
「ああ、艦橋か。まぁ、タイミングが良かったかもな。何とかしてやれんこともない」
――は……い?――
俺の心の声でも漏れていたのだろうか、と数秒悩む。
「お前のお相手、例の写真の娘さんなんだってな」
「あ、はい。そうなのですが……それよりも、艦長は何故」
「なに、『高橋たちが朝っぱらから“今まで艦上で結婚式を挙げた隊員は居なかったか”と嗅ぎ回っている』なんていう報告が複数入ってきただけだ。まあ、このタイミングでそれを聞きゃ、行き着くところは一つだろう」
――なんだって――
じんわりと額に汗が浮かぶ。
「申し訳ありません、自分からお願いすると言ってあったのですが」
「なに、少々お節介だが頼りになる、良い仲間を持ったじゃないか。しかし、まさか住むとこまで同じとは流石に思わなかったがな。ま、それもお前らなりに色々考えた結果なんだろうが」
「はあ、まあ」
色々考えた……確かにそうだ。留守にしがちな挙句に危険を伴う職業柄。残していく家族に憂を残してはいけない。なんていう建前も当然だが、
――留守がちな日常的にも、万が一自分に何かあった時の事を考えても。遥の側には、常に同じ環境の人間に居て欲しい――
村田の住むマンションの至近距離で新居を探していた高橋に、何故そこに拘るのかと聞いたときに返ってきたそれは、思えば理に適っている。
「話が逸れた。実はな、高橋たちの動きを嗅ぎつけた広報から、近々結婚の予定がある乗員が居るのかと喰いつかれた」
「は?広報から、ですか?」
「ああ。室伏の地獄耳は半端じゃないからな。そういや、やつの話では彼女の写真、かなり好評らしいぞ」
――はい?――
「ちょ、ちょっと待ってください、あの写真がまだ使われているんですか? !」
思わず腰が浮き掛け、慌てて詫びをし座り直す。
「何だ、奴らはお前の許可は貰ったって言ってたが。違うのか?まあ、俺もお前らしくないとは思っていたが」
その言葉に思い返せば……確かにあの日、良いと言った気がする。いや、間違いなく言った。
だが、それはあの写真が含まれているとは知らなかった時の話だ。
などと言っても、今更どうにもならない。これは、いち早く詩織に謝らなければならない。
「……いえ、あの写真が使われていると知る前に、確かに構わないと言いました」
「お前もまだツメが甘いな。まあ、それはともかく。その広報で婚活絡みの企画があるらしくて、結婚の予定のある乗員を探していたらしいんだが、なかなか当たらなかったらしい。それなら一層の事、模擬結婚式でも良いじゃないかとなった時に、お前のこの話だ」
「婚活絡みとは……どんな企画なのでしょうか」
「近々、また基地主催の婚活を立ち上げるらしい。ずっとお前が逃げ回っていたアレな。婚姻率を上げるためのイメージ戦略だろ。結婚と乗員を結びつけたいんだろうが、手っ取り早い上、まあ安上がりだからな」
逃げ回っていたとは人聞きの悪い事この上ないが、側から見ればそうなるのだろうし、これも仕方がない。
「……自分は、何をすれば」
「あくまでも向こうの希望としては、だが。例の写真と、それに纏わるエピソードを添えて、艦上で撮影した式の写真を使いたいらしい」
より多くの理解へ繋ぐための広報活動も仕事の内である自衛官としては、それも当然の事なのだが、
――詩織まで……詩織の夢まで客寄せパンダにすると言うのは――
そんな考えもお見通しなのだろう、艦長が手を差し伸べる。
「そうは言ってもな。やはり一般人でもある、先方のお気持ちが第一だ。詳しい内容を聞いてから、ご両親含めて彼女のご意向を確認してくれるか」
「分かりました。なるべく早くお返事させて頂きます」
――ダメだ、やっぱり分からない――
「あの。艦長は……何故自分が、“艦橋”での式をお願いをするとお分かりになったのでしょうか。先ほどのお話では、高橋たちはあくまでも“艦上”結婚式の事例を調べていたようですが」
「そりゃお前。あんな一途で健気な気持ちを聞かされたら誰だってそういう考えに至る、と判断するものだろうが」
あんな、とは。やはり村田の話していた見学の時のあの話なのだろう。
知らなかったのは俺だけなのか、と心底がっくりする。
「ところでお前、知ってるか?」
「……なんのお話でしょう」
もう、自分が何を知っていて何を知らないのかが分からない。
「まだここだけの話だぞ?上条だけどな。実はヤツ、牧師でもあったりする」
クックッと肩を震わせる艦長の言葉に耳を疑う。
「……牧師?牧師ってあの牧師ですか?」
「お前の思っている牧師で間違いがないと思うぞ」
「副長が……牧師……」
「ああ。れっきとした事実だ。もともと牧師の家系らしくてな。まあその影響らしいが」
それが何故、永年にわたり海自艦に乗っているのだろうか、と実に不思議な気がするが、副長には副長の事情があるのだろう。
「驚きました」
「そんな訳でだ。艦橋式の企画が通った場合、上条は司式も自分がやると言ってる」
「有難いお話では有りますが、仲人の副長が式を執りおこなうのは問題ないのでしょうか」
「その辺はよく分からんが、うちの牧師によれば、だ。幾ら広報絡みとはいえ極々内輪の話だしな、宗派的にも問題ないらしいぞ。後はこの企画が通過するかどうか、上の判断次第になる」
「分かりました。明日副長にお伺いを立てる際、その件も含めてお願いする事にします」
「 ああ、そうしろ。ともかく、先方への話が先だ。ダメならダメで、やりようは幾らでもある。お前は余計な心配するなよ」
「ご面倒お掛けします。結果は改めてご報告に上がります」
ひと通り話を終えると、艦長は先に店を後にした。
そのままひとり残った俺は、酒を追加する。
グラスを傾けながら、詩織にどう説明するべきか、大切なひとり娘の嫁入りに際し、突如湧いたこの話にご両親がどう思うのか。
竹下家の了承が得られなくても、余計な心配はするな、と言う艦長の言葉は揺るぎないものだったが、俺は一抹の不安を抱えていた。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ *
翌日の夜。件の説明をする為に、ご両親の都合に合わせて竹下家を訪れた。
先ずは、あの写真がその後も広報で使われていた事に対する詫びと、それが元で降って湧いた今回の企画の内容も併せ、ひとつも漏らさぬように、真摯に、丁寧に説明する。
「その、式の写真は何に使われるんですか?」
「今のところは、基地内の広報誌と、この地域の自衛隊関係者向けの、婚活の案内へ使用する予定です」
「今のところ、というと?」
「はい。あの写真のように反応が良ければ、場合によっては幕僚など、全国規模での広報でも使う可能性があります」
「全国、」
父親が、難しい顔で腕を組む。怒鳴られる覚悟だった俺としては、静かに説明を聞いてくれる両親に、ただ申し訳ない気持ちが深まる。
「はい。但し、万が一全国に展開する場合は、詩織さんの顔は多少細工を施し、個人が特定されない事を前提としています」
「詩織は?本当にそれでも良いの?」
当事者である詩織には、竹下家を訪れる途中で待ち合わせ、ひと足先に事情の説明をし、詫びていたのだが。
『雅さんのお仕事のお役に立てるのなら』
と、にっこり笑って快諾してくれた。余りにあっさりと受け容れる彼女に、こちらの方が焦り、何度も繰り返し確認したのだが、
『自分たちの式を見てくれて。それがきっかけとなって、もしも幸せの輪が広がる事があるとしたら……私、こんなに嬉しいことは無いです』
最後には、そう迷い無く言い切られ、俺は思わず目を見張った。
――侮ってたつもりは無かったんだけどな――
それでも、何事にも染まらないその彼女らしさに、その心意気に。もう脱帽するしかない。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい。私、それで良いって、さっきお返事したの」
「返事したって。お前、こういう事はよく考えた方が」
「ずっとね。雅さんの仕事のこととか、私なりに調べて考えて。考えていた以上に大変なお仕事なんだ、って思い知る事ばかりで。その中で、雅さんやお友達だけでなくて、見えないところで国を護るお仕事をされる方が沢山居るという事も、今更だけど思い至って。ごめんなさい、上手く言えないけれど、ただよく分からないからって知ろうともしないで、護って貰うばかりで……そんな人たちの話も聞いたら、それで良いのかなって思って。だから、どんな形にしても、こんな私でも、少しでも皆さんのお役に立てるのだとしたら……私は喜んでお受けしたいの」
そこまで深く考えてくれていたと知らなかった俺も、驚きを隠せない。
「そうは言っても、詩織。結婚式は一生に一度の事なんだよ?」
「だからこそ、大好きなあの場所の直ぐ側で……雅さんの大切な場所で式を挙げさせて貰えるなんて。私にとっては、これ以上の幸せはないと思うの」
父親の指摘は最もなものだ。が、先ほどまで一時的な情に流されての判断なのでは、と懸念していたこと自体が、今では何とも恥ずかしい。いや、彼女に対して失礼極まりない、と猛省する。
しかし、自分が畳み掛ける事は出来ない。ここは今一度、家族での話し合いを勧めるべきだろう、そう思った矢先、母親が口を開いた。
「私は……詩織の気持ちが、よく分かるわ。自分の中の大切なことは、如何あっても譲れないもの。詩織、あなたがそこまで気持ちを固めているのなら、お母さんはもう何も言いません」
彼女の芯の強さは、やはり母親譲りなのか。
「ずるいなぁ、お母さんは。そうなるとお父さんだけ反対する訳に行かないな」
父親が白旗を上げるが、それではダメだ。
「いえ、おひとりでも納得されないのであれば、この話は流す事になっています。あくまでも、詩織さんとご両親、全員のお気持ちが揃うことが条件ですので。ここで無理をすれば、そのしわ寄せは思わぬところで出る事も考えられますし」
「いや、済まない、雅くん。白状するとね、娘を嫁に出す父親がただ少し拗ねたかっただけだから。私としては、やはり詩織の気持ちを尊重したい。正直、詩織がそこまで考えていたとは思わなかったけどね」
「式自体はまだ少し先ですし、お返事は急がなくても大丈夫です。お父さんのお話の通り、特に女性にとっては大切な事ですし。今一度、皆さんで話し合われてはいかがですか?」
「うーん、雅くんの気遣いは凄く有難いけど、……必要無いかな。ねぇ、お母さん」
「そうね、必要無いかしらね」
朗らかに声を立てて笑う母親に、本当にそれで良いのかと詰めたくなるが。
「詩織は、昔からこうと決めたら岩の如く動かないからね。詩織が心からそう望むのなら、それで良いと思うよ」
「誰に似たのか、頑固だものね、詩織は」
「そりゃ、やっぱりお母さん似でしょ」
「何言ってるの、お父さん似でしょう」
相変わらず楽しく脱線する二人の様子を、詩織は笑って眺めている。
再度念を押したが、その後も詩織と両親共に、その条件ならば式の写真を使っても構わない、との意思は揺るがず。
三人のその意向は上官経由で広報へ伝え、また後日改めて広報から説明に上がる事になるとの説明で一旦締めくくり。結納の擦り合わせをし、俺は暇を告げ竹下家を後にした。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ *
翌日。頃合いを見て、昨夜の結果の報告をするべく、水上艦長の元へ出向いた。
「おい、それは本当なのか?……念のためだが、紛れもない、先方の、全員のご意思なんだよな?」
「はい。自分も時間を掛けて話し合うべきではと説得しましたが、それすらも不要だと」
「いや、済まん。まさか、ご両親までその場で了承されるとは夢にも思わなかったからな。しかし、そこまで考えてくれてたとは。若い割に、随分と肝の座ったお嬢さんみたいだな」
「恐れ入ります」
「となると、事務的な事は室伏に任せるとして。次は結納の日程か。寄港地からの行き帰り含めて、四日だったよな。本当にそれだけで足りるのか?」
「はい。手配は次の出航前に全て完了しますので十分ですし、副長もそれで良いと仰ってくださったので、そのつもりでおります」
「分かった。じゃあそれで話は通しておく。お前も早目に手続き済ませとけ」
「はい。色々とお手を煩わせてしまいますが、何卒よろしくお願い致します」
深々と頭を下げると、少し身軽になった俺は仕事へと戻った。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ *
その夜、高橋家へ集合した面々に、成果報告をする。
「……すげーな、まさか実現するとは思ってなかった」
高橋がスルメを咥えながら感嘆している。
「そもそものきっかけはあの写真なんやし、こりゃ雅の作戦勝ちやな!」
笑いながら祝杯を上げる。
「しっかし、副長が牧師って本当かよ。神学校出てから自衛隊入ったって事だよな。そんなに簡単になれるもんなのか?」
横手の疑問も最もだ。牧師の学校と防大と、何方もなんて可能なのか。
「いろんな宗派があってね。大抵は神学校卒業してから修行みたいなのがあるのね?その期間も宗派によってまちまちなんだけれど……。中には学校出たら資格貰える宗派もあるみたい」
流石は業界人、霞ちゃん。副長も、もしかしたらそんな形なのかも知れないな、と納得する。
「じゃ、牧師の手配は不要……と。後は特に変更なしね。結納前には、詩織ちゃんも交えて話したいわよね。出航前に一度は会えそう?」
企画書だか行程表だかを修正しながら、弥生ちゃんが問うた。
「明日でも明後日でも、夜なら問題ないって」
「ほんなら、明日にしよか。18時を目処に、順次家に集合な」
皆が承諾する中、霞ちゃんがテキパキと書類を片付け、飲みが再開される。
「やっと会えるね」
にこにこと心底嬉しそうな遥ちゃんに、高橋も笑って相槌を打つ。……が、俺は知っている。あれは、かなりヤキモチを焼いている顔だと。
――会ったこともない、しかも年下の女にまで焼いてどうすんだよ――
彼女の事となるととんと器の小さい、そんなに悪友に苦笑う。俺はそうならないようにとそっと近い、その夜は更けていった。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ *
次の日の夜。駅で仕事帰りの詩織を拾ってから、時間より少し遅れて村田家を目指していた。間も無く出港となるため、歩きながら結納の日程等を確認する。
「ごめんね、何だかバタバタしちゃって」
「だって自分の事ですし、私は大丈夫ですよ?それよりも、皆さんにお会いするのでドキドキしてます」
「大丈夫だよ。いい奴ばっかりだから」
そんな話をしているうち、マンションへ辿り着き、村田家のインターホンを鳴らすと、直ぐにドアが開いた。
「おー来た来た、はい、いらっしゃい」
出迎えた村田に土産を渡し、詩織を連れて奥へと進もうもすると、シャツに何か引っ掛かりを感じ振り返るれば。不安そうな詩織が、シャツの裾を掴んでいた。
大丈夫だから、という気持ちを込めて、その手を引き取り、部屋へ入る。
「きゃ〜っ、雅くんが!手!女の子と手をっ」
ホントいつも元気だよな、霞ちゃんて。
驚いて離そうとする、詩織の手をしっかりと握り直す。
「悪い、遅くなった。早速だけど、彼女が竹下詩織さん」
「た、竹下詩織です。あの、よろしくお願いいたします」
霞ちゃんの黄色い声も、高橋と横手の生暖かい視線も、遥ちゃんのキラキラした視線も意に介さない俺の様子に安心したのか、詩織も挨拶し、ペコリと頭をさげる。
「……涼介、ねぇ、本当にお人形さんみたいだよ?可愛い……」
――いや、まて遥ちゃん、それは――
「そうだねえ。でも俺は遥が一番だからなぁ」
と、無駄なヤキモチオーラに身を包み、案の定、遥ちゃんを腕の中に閉じ込めてしまった。
「ちょっと、涼介!今はダメだってば」
必死に逃れようにも、高橋の腕は緩められる気配はないようで、遥ちゃんも諦めたように膝の上に座り直す。
呆然とする詩織は、ハッとしたように顔を伏せてしまった。その耳は赤く染まっている。
「詩織、あのバカは気にしなくていいから」
ひとまず、詩織と二人、示された場所へ座る。
「バカとは随分だな。ま、 お前も人のこと言えないけどな」
「は?何がだよ」
「聞いたぞ〜、手紙と写真」
「圭!おま、」
「あー、もう喧し〜な。もうちょい静かにでけへん?」
「はいはい、分かったからね〜。乾杯しましょうね〜」
テーブルを見れば、霞ちゃんと弥生ちゃんが準備してくれた酒が既に全員の手元に回っていた。
「では、雅と詩織ちゃんの結婚を祝って、乾杯!」
かんぱ〜い!カチャン!とグラスの合わさる音の後、全員の自己紹介や詩織への質問が続く。
和やかに酒と食事が進み、お腹も落ち着いて。では、と畏まった霞ちゃんがパソコンを持ち出し、多少の修正をされた企画書だかを俺と詩織に向けて見せる。
「どうかしら?雅くんから聞いた詩織ちゃんの希望は、きちんと盛り込んだつもりだけど」
俺と詩織、そしてその後ろから覗き込む全員が、そのパソコンの画面に釘付けだ。
そこには、艦上に設けられた会場や、モデルだろうか……結婚式を挙げる姿が映し出されている。
「凄いね、これよく言うプロモーションビデオとかっていうやつ?」
「まあ、似たようなものかな。画像に動きがあるとイメージが湧きやすいでしょ?」
「え、もしかして艦で撮影したの?」
前のめりになる高橋に、霞ちゃんはフフンと勝ち誇った顔になる。
「違うの。広報から艦の画像や動画をお借りしてね。少し手を加えただけ」
「へぇ、そんな事できるんだ。てかさ、こういうのを広報で作れば、当日の撮影って要らなくない?」
横手のツッコミに、皆も
「……確かに、」
と頷くも、
「ま、今回はもう沙織ちゃんの家も巻き込んじゃった後やしね」
という冷静な村田の指摘に、まあそれもそうかと落ち着く。
「詩織ちゃん、こんな感じでどうかしら?」
そうだ、詩織に見せるために用意したのに、と横を伺う。
「……凄く、素敵です……艦の上で、こんなに素敵な式が挙げられるんですか?」
「ウチの霞、結構なやり手らしいから大丈夫。任せとき」
にっこりと返す村田の言葉に、詩織は顔を伏せてしまった。
「詩織?どうかした?」
「ご、ごめんなさい、私、嬉しくて。皆さん、こんなに親身に、こんな素敵な式まで考えて下さって」
涙を湛えたまま、笑顔で顔を上げる。
「本当に、ありがとうございます」
すっと頬を伝う涙を、思わず反射で手で拭うが、今日は村田の弄りも無くホッとする。
「何か追加の希望とかは無いかしら?とは言っても、できる事とできない事は有るけれど」
弥生さんが確認をする。
「そんな。何も無いです。こんな式を挙げられるなんて。私、幸せです」
「良かった、安心したら喉乾いた〜」
「霞、お疲れさん」
村田が新しい缶ビールを開け、空のグラスに注いで渡す。
「ありがと〜」
嬉しそうにグラスに口を付ける霞ちゃんを、村田も目を細めて眺めている。
高橋のプライベートでの無自覚っぷりも大概だが、村田も油断をすると暴走を始めることがあり……また詩織が驚きかねないと気が気じゃない。
「じゃあ骨組みはこれで決定ね。後はその都度細かい調整で、と」
そんな状態には慣れっこの弥生ちゃんが後を引き取る。
「そうすると、次はレストランでの披露パーティーだけれど。これがこの前話したお店のプランね。聞いた希望から形にしてみると、基本Cプランにお料理とお酒のランクアップ、オプションで生バンドの演奏になるのだけれど。明日のお店での打ち合わせの前に、オプションも良く見て、ある程度イメージ固めておくと良いかもしれないわね」
この辺では洒落ているとある程度有名な店のため、詩織も何度か行ったことがあるらしいが、結婚が決まってからようやく店との都合が折り合い、出港ギリギリの明日に打ち合わせとなっている。
「分かった。何から何まで、本当に助かったよ。皆ありがとな」
「あ、有難うございます」
頭を下げた俺の横で、詩織も同じように頭を下げた。
「雅くんが幸せを掴めるって、皆必死なんだもの」
相変わらず可哀想な子を見るような視線を寄越してくるのは遥ちゃんだ。やめてくれ、俺が高橋に射殺され兼ねない。
「だよなぁ。逃げ足が速い分、ある意味、高橋よりも手が掛かったからなぁ」
「なんや、艦長の愚痴、思い出さへん?」
「そういや、あいつは女に恨みでもあるのかって俺言われた」
「そんな雅がやっと見つけた詩織ちゃんに捨てられでもしたら」
「ホンマ、考えるだに恐ろしい話やねぇ」
――良い加減にしろ、――
俺の堪忍袋の尾が切れる直前、奴らの弄りを目を白黒させて聞いていた詩織が、焦ったように口を開いた。
「あ、あのっ、私、雅さんを捨てたりしませんから、」
「いや、詩織。これは何時もの」
「私が、雅さんの事、勝手に好きになって、その、ずっと忘れられなくて、」
はじめはそんな詩織に驚いていた面々も、きちんと向き合い、耳を傾ける。
「何年経っても、気持ちが変わらなくて。あの。だから、私が捨てられることがあっても、私が雅さんを捨てるなんて、考えられません」
――いや、俺が捨てるとか、あり得ないんどけど――
これは、急いで前提の書き換えをする必要があるな。
「……運命やねぇ、雅」
村田の、嬉しそうな言葉が心に届く。
「ごめんね、詩織ちゃん。俺ら本当に嬉しくてさ。雅をからかっただけだから」
高橋が姿勢を正してきっちりと頭をさげる。
「え?からかっただけ……ですか?」
良かった、とホッとしたように呟く詩織の手を、思わず握ってしまった。その感触に、詩織は柔らかいあの笑顔を此方へ向け、
「勘違いしちゃいました」
と笑っている。
「ちょっと悪ふざけが過ぎたよね。俺もゴメン」
横手と村田が頭を下げる。
「弥生ちゃん、本当に不器用なヤツだけど、雅のこと、末長くよろしくお願いいたします」
改めてきっちりと礼をした高橋に習い、横手、村田、霞ちゃん、遥ちゃん、弥生ちゃんも頭を下げた。
「え、あの、私の方こそ、よろしくお願いいたします」
座り直してから綺麗に前に手を揃え、綺麗なお辞儀をする詩織の姿に、多分また惚れ直したが……奴らに悟られては後々(のちのち)厄介だ。ここは平静を装うが、これではまるで……
「何だか、俺が嫁に出されるみたいだな」
「出来の悪い子を持つとな、ホンマ苦労するんやで〜?」
照れ隠しで口火を切った俺に、少し酔いの回った村田は逃さず再び弄りに入る。その様子を眺めながら、今度は詩織も皆と一緒にクスクスと笑っている。
離された彼女の手を再び握ると、小さく握り返され。当たり前のようなその仕草に心が温まる。
これも幸せというやつなんだなろうなと、俺は今一度、しっかりと心に刻んだ。
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拙い文章をお読み下さり、有難うございましたm(__)m
またお会い出来たら幸いです☆彡