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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十五章 軋轢

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0974.行方不明の子

 薬師(くすし)アウェッラーナは、血の気が引いて倒れそうだった。

 イーヴァ議員の演説が終わり、聴衆が広場周辺の飲食店に散ってゆく。手近の者を片っ端から捕まえて聞いて回ったが、誰もそんな男の子は見ていないと言う。


 ……どうしよう。私がついていながら……!


 おなかが空いて一人で飲食店に入ってしまったのか、と広場の端から順に定食屋を覗いて回ったが、モーフの姿はなかった。

 アウェッラーナに背格好が似た湖の民について行き、途中で気がついてそのままトラックに戻った可能性を思いつき、無理のある推測に一縷の望みを託してチェルニーカ港の【跳躍】許可地点へ走る。


 移動販売店プラエテルミッサのトラックは、公園付属の許可地点の反対側にある駐車場に停めてあった。公園の広いグラウンドは仮設住宅で埋まり、流石にそこを駆け抜けるのは気が引けて、外回りで半周する。


 ……きっと、おなかが空いて先に帰っちゃったのよ。


 そうでなければ、誘拐されたのか、昼日中に魔物か魔獣が一飲みにしたことになる。あの広場は日当たりがよく、地面には【魔除け】の敷石があった。

 アウェッラーナ自身、そんな危険な気配には気付かなかったし、広場の誰もそんな大型のモノは視ていない。


 ……あんなトコに魔物とか居たら、とっくに大騒ぎよ。


 人間が誘拐したなら、しばらくは生かしておくだろう。

 身代金目的、或いは他に要求があって人質にしたなら尚更だ。


 少年兵モーフの無事な姿に会えると信じ、息が切れるのも構わず全力で駆けた。



 「アウェッラーナさん、大丈夫ですか?」

 「姐ちゃん、坊主はどうした?」

 ピナティフィダとメドヴェージが荷台から降り、水を入れたマグカップを差し出す。急に立ち止まったせいで脇腹が痛く、アウェッラーナは咳が治まるまで水を受取るのもままならなかった。

 力尽くで深呼吸を繰り返してどうにか受取り、一息に飲み干して聞く。

 「モーフ君、先に戻って……」

 「まだだ。何があったんだ?」

 アウェッラーナはメドヴェージの声に足が震えた。

 仕度が整い、後は食べるだけのみんなが、荷台から心配そうな顔を向ける。


 「ご、ごめんなさい。私がついていながら……」


 兄とレノ店長、ソルニャーク隊長、葬儀屋アゴーニも出て来た。

 「どうした? 坊主がちょろちょろして迷子ンなったのか?」

 「何か気になる物をみつけて単独行動を取ったのかもしれん」

 アゴーニと隊長が可能性を口にすると、メドヴェージが吐き捨てた。

 「あの野郎、あんだけ口酸っぱくして言い聞かせたのに」

 「えっと、取敢えず、先にごはん食べましょう」

 「腹拵(ハラごしら)えして、みんなで手分けして捜そう。なっ」

 アウェッラーナは兄に肩を抱かれて荷台に上がった。



 クルィーロが、濃く煮出した香草茶をマグカップに注いでくれた。香気で少し落ち着きを取り戻し、状況を説明する。

 「……それで公衆トイレの中も捜したんですけど、どこにも……ごめんなさい」


 今朝、久し振りにレノ店長がパンを焼いてくれたが、みんなは味わうどころではなく、口に入れたまま難しい顔で黙る。アウェッラーナは食事に手をつけられず、ますます身を縮めた。

 「あの坊主はそれなりに修行してる。素手同士なら、星の(しるべ)の連中相手にどうこうされるタマじゃねぇ」

 葬儀屋アゴーニはそう言って焼魚を頬張った。

 兄が小さく首を振る。

 「しかし、まさかイーヴァ議員が隠れキルクルス教徒だったとはなぁ」

 「まだ、そうときまったワケではありませんよ。演説に流行りの歌やフレーズを取り入れるのは、聴衆の歓心を買うのによく使われる手法ですから」

 パドールリクが言うと、ゼルノー選挙区の有権者たちは微妙な顔で頷いた。


 湖の民であるアウェッラーナは、陸の民のイーヴァに票を入れたことがない。兄とアゴーニも多分、そうだろう。

 それでも、彼女が今期、無所属から秦皮(トネリコ)の枝党に鞍替えしたことくらいは、知っている。

 パドールリクとクルィーロ父子は、イーヴァに投票したことがあるのか、浮かない顔だ。


 「先日の件を考えると、あまりここを手薄にするワケにはゆかん」

 ソルニャーク隊長が、捜索組と留守番組を分けてくれた。

 アウェッラーナは勿論(もちろん)、捜索組だ。ソルニャーク隊長、メドヴェージと葬儀屋アゴーニ、レノ店長とクルィーロも捜しに出る。


 「俺も行った方がよくありませんか?」

 「いえ、アビエースさんは戦いの心得があるので、残って下さい」

 隊長に言われた兄は、残る顔触れを見回して、仕方なく引き下がった。


 少しでも戦った経験があるのは、【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の使い手である兄と、半世紀の内乱中に【急降下する(ワシ)】学派の呪符を使ったことがあると言うパドールリクだけだ。

 アナウンサーのジョールチとDJレーフも力ある民なので、星の(しるべ)や隠れキルクルス教徒が相手なら、ある程度はなんとかなるだろう。



 アウェッラーナは喉が詰まりそうだったが、どうにか昼食を胃に流し込み、今朝通った道を再び辿った。

 レノ店長とクルィーロが中心街から港まで続く長い商店街で店を回りに分かれ、葬儀屋アゴーニとメドヴェージの組は、その先の公園にある仮設住宅へ聞きに行ってくれた。アウェッラーナはソルニャーク隊長と二人で港まで行く。


 「パドールリクさんはあぁ言ってましたけど、私はイーヴァ議員……怪しいと思います」

 「何故です?」

 人通りの切れ目で言うと、隊長は前を向いたまま聞いた。演説の内容を掻い摘んで説明すると、「そうか」と呟いたきり黙る。

 ロークは、この街に星の(しるべ)の支部があることは調べてくれたが、流石に詳しい所在地までは突き止められなかった。どこに星の(しるべ)のテロリストが紛れ込んでいるかわからず、人通りの多い商店街を歩くだけで神経がすり減る。



 戦争のせいで船便の本数が減り、港は閑散としていた。

☆あの坊主はそれなりに修行してる……「711.門外から窺う」「712.引き離される」参照


※ ゼルノー選挙区の有権者たち……薬師(くすし)アウェッラーナ、老漁師アビエース、パドールリクとクルィーロの父子。レノ店長はまだ年齢が足りず、選挙権がない。他の大人たちは選挙区が違う。


☆彼女が今期、無所属から秦皮(トネリコ)の枝党に鞍替えした……「624.隠れ教徒一覧」参照

☆アビエースさんは戦いの心得がある……「0961.信じられない」参照

☆半世紀の内乱中に【急降下する鷲】学派の呪符を使ったことがあると言うパドールリク……「851.対抗する武器」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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