0971.放送への妨害
「俺が代表者です。ご覧の通り、国営放送とFMクレーヴェルの合同で、アナウンサーはジョールチさんです」
「放送免許は?」
金髪の警官が冷たく聞く。
レノが一瞬詰まると、パドールリクが代わりに答えてくれた。
「勿論、どちらの放送局にもありますよ。首都の国営放送は局舎がネミュス解放軍によって不法に占拠されました。それで、無事に脱出できた有志が、ネモラリス島内を巡って、解放軍のプロパガンダではない正しい情報や、市民の暮らしに欠かせない生活情報などをお届けしています」
堂々とした言葉に観衆の空気が緩み、数人が明るい顔で頷いた。
レノはパドールリクの助けに深く感謝して、警官を見詰める。
湖の民の警官は感情を表さず、業務として淡々と告げた。
「この放送は、国営放送とFMクレーヴェル、両局の総意ではなく、職員有志の独断によるものですね?」
「ならば、放送局に対して与えられた免許とは、切り離して考えなければなりません」
黒髪の警官が言うと、観衆が再びざわついた。
様子がおかしいと気付き、ジョールチとクルィーロが降りて来た。薬師アウェッラーナが小声で二人に状況を伝える。DJレーフが中から荷台の扉を閉め、小声で【鍵】を唱えた。
「今まで、他所の街で散々放送してきたけどよ、一回もそんなケチくせぇコト言われなかったぞ?」
葬儀屋アゴーニが呆れてみせると、観衆の視線に批難が籠もり、警官たちに刺さった。
……ダメだったら、予定表配ってる時に言ってくれればいいのに、何でわざわざ放送中に?
レノは不満の声を抑えるだけで精一杯。口を開けば却って状況が拗らせてしまいそうな気がした。
DJレーフが、天気予報のBGM「この大空をみつめて」を無言で流して場を繋ぐ。何も言わずに曲だけ流しておけば、後で「マイクの故障」とでも言ってトラブルを誤魔化せるだろう。
ここに居る者たちは、放送を継続する為と言えば、ある程度は口止めに協力してくれそうな雰囲気だ。
レノはDJレーフの機転に感謝して、どうにか冷静になろうと歯を食いしばり、拳を握った。
「チェルニーカ市にも国営放送の支局はあります。クレーヴェルの本局が解放軍に占拠された現在、地方の支局は独自番組を放送しています。チェルニーカ支局は停波しているのですか?」
国営放送アナウンサーのジョールチが、ラジオと同じ落ち着いた声で聞くと、観衆が口々に応えた。
「放送してるよ」
「クーデター前より時間短いけどね、頑張ってくれてる」
「お巡りさんの理屈で行ったら、地元の支局も違法じゃないのさ」
「そうだそうだ! すっこめ!」
「邪魔すんな!」
警官たちは罵声を浴びせられても動じなかった。
「他局はどうか知りませんが、チェルニーカ支局は、免許の申請を出し直しています」
「規則は規則です」
警官たちの良く通る声が、観衆の罵声を圧して移動販売店の面々に届く。
……それ言われたら、このイベントトラック自体、盗難車だし、あんまり突っ込まれたら泥棒として捕まるんだよな。
どうすればこの場を切り抜けられるのか。
最悪、チェルニーカ市で放送を諦めるにしても、捕まるのだけは何としてでも避けたかった。
レノは必死に頭を働かせるが、なんとかしなければと気持ちが焦るばかりで、全く考えがまとまらない。
騒ぎを聞きつけた仮設住宅の住民や、急にジョールチの声が聞こえなくなったのを心配した市民が、公園脇の駐車場に続々と集まってきた。
「ジョールチさんを逮捕するのか? 令状は?」
ソルニャーク隊長の一言で場が静まり返った。
観衆の目が、三人の警官を閉じ込める壁のようにひとつにまとまる。
「現行犯の場合は必要ありません」
湖の民の警官が言うと、野次馬から怒号が上がった。
「コイツら、最初からジョールチさんを捕まえる気だったんだ!」
「放送のお知らせ配ってる時じゃ、捕まえらンないから泳がせてたのかよ!」
「先に言ったら免許の申請、出されちゃうもんね」
「すっこめ! 権力の犬!」
「誰の差し金で来やがった!」
背中をつつかれて振り向くと、ピナが小さく手招きして運転席を指差した。
レノは頭が回らず、少し首を傾げて意図を問う。ピナは兄の手を引いて運転席の扉を開け、中に声を掛けた。
「レーフさん、お兄ちゃん連れて来たよ」
レノは運転席に乗り込んで扉を閉めた。
「店長さん、悪いけど、ちょっと警察行ってくんないかな?」
「えっ?」
レノは係員室の小窓に顔を寄せた。
DJレーフが中の机に身を乗り出して囁く。
「例えば俺が『警察の介入で放送できなくなりました』ってラジオで言ったら、楽しみにしてたリスナーが、警察署に押し掛けて、それこそ俺らがこの街に居られなくなるよ」
「そうですね」
だから、騒動の声を拾わないよう、マイクを切ったのだろう。
観衆はますます過熱し、怒号が飛び交う。
移動放送車の一行、特にアナウンサーのジョールチを守ろうと、公開生放送の観衆たちが手を繋ぎ肩を組んで、警官を通さぬ壁となる。
「ネミュス解放軍の支部がある街じゃ、こんなコトにならなかったのに、ここに来て急にってのは、星の標が一枚噛んでンじゃないかと思うんだ」
「あッ!」
レノは血の気が引いた。
トラックに爆弾を仕掛けられたら……などと、イヤな想像が働いて声が出ない。
DJレーフは早口に言った。
「これ以上、騒ぎが大きくならない内に代表者として警察に行ってくれないか? 本格的に拘束されるようなら、なんとかして手を回して助けるし、前科がつかないようにするから」
確かに、この状況でジョールチが警察署に連れて行かれては、暴動が起こり兼ねない。
レノは全力で頭を働かせ、誰に同行を頼むのが最適か考えた。
「わかりました。アゴーニさんと二人で行ってきます」
「ありがとう。ピナティフィダちゃんとエランティスちゃんは、必ず守る」
「お願いします」
レノは気合を入れて運転席を降りた。
☆首都の国営放送は局舎がネミュス解放軍によって不法に占拠……「599.政権奪取勃発」「603.今すべきこと」「611.報道最後の砦」「614.市街戦の開始」参照
☆無事に脱出できた有志……「600.放送局の占拠」「660.ワゴンを移動」~「662.首都の被害は」参照
☆解放軍のプロパガンダ……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照
☆本局が解放軍に占拠された現在、地方の支局は独自番組を放送……「724.利用するもの」「727.ディケアの港」「832.進まない捜査」参照
☆このイベントトラック自体、盗難車
国営放送ゼルノー支局から無断拝借……「130.駐車場の状況」「142.力を合わせて」「143.トラック出庫」参照
ガムテープで番組ロゴを誤魔化す……「205.行く先は何処」参照
シールで番組ロゴを誤魔化す……「476.ふたつの不安」参照
そう言えば、盗難車だった……「577.別の詞で歌う」参照
ジョールチに突っ込まれる……「690.報道人の使命」参照




