表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

993/3508

0969.破壊後の基地

 イグニカーンス基地を見下ろす丘に緑の草が萌える。

 清々しい風が吹き抜け、花の上で戯れる白い蝶を弄んだ。


 冬休み、スキーヌムに連れて来られた時とは別の場所のように明るく居心地のいい丘だ。


 五月のよく晴れた昼下がりだが、平日だからか、人の姿はない。

 いい遊び場になりそうだが、子供が遊んだ痕跡は見当たらなかった。途中の道が少し崩れていたから、小さな子供を遊ばせるワケには行かないのだろう。



 タブレット端末の望遠を最大にして、破壊されたイグニカーンス基地を撮る。手ブレやピンボケを量産して、やっと数枚まともに写せた。


 ……これ、もっと練習しなきゃな。


 新緑の木陰に腰を降ろし、画像を拡大して確認する。

 肉眼では到底見えない遠くの様子が、手許の小さな機械でなら文字通り、手に取るようによくわかるのが不思議だ。


 原因不明の爆発で大破したイグニカーンス基地は、瓦礫の撤去が終わってガランとしていた。

 殺風景な空間で重機が稼働中だ。それも一箇所だけで、何を作っているのか素人のロークが見てもわからない。


 ファーキルたちは、ネモラリス憂撃隊にはそんな凄い戦力はないと思っていた。

 ロークもそう思ったが、ルフス神学校の爆弾テロで考えが変わった。専門知識を持つ者がもっと前から加わっていたなら、ここもアーテル軍の武器庫から失敬した強力な爆弾で吹き飛ばした可能性がある。


 アーテル本土の建物には【跳躍】避けの結界がない。

 誰にもみつからずに時限爆弾を仕掛けて一斉に起爆させるのは、魔術の知識のないアーテル人が思うよりずっと簡単だろう。

 建屋内に何があるか事前に調べておけば、最小限の爆薬で重要な物を全て破壊できる。

 爆弾と【光の槍】など破壊の術を組み合わせれば、どれ程の威力になるのか。


 力なき民のロークには想像もつかなかった。


 ……ネモラリス軍はどうしてるんだろう?


 ネモラリスの正規軍は、アーテルの爆撃機を迎撃するのに人手を取られて、アーテル本土に攻撃を仕掛ける余裕がない。


 正規軍の代わりに民間人の有志がゲリラとなり、チマチマ嫌がらせ程度の小規模な攻撃を繰り返した。警備員オリョールやソルニャーク隊長など、戦い方を知る者がちょっと訓練しただけで、アクイロー基地を壊滅できた。

 しっかり訓練を積んだ正規軍の魔装兵なら、一人でも、もっと効率よくアーテルの戦力を()げただろう。大挙して押し寄せる爆撃機を少人数の魔装兵で迎撃するよりずっといい。



 素人のロークでも簡単に思い付く作戦を実行しないのは、ネモラリスの政権を握る秦皮(トネリコ)の枝党に巣食う隠れキルクルス教徒の仕業だ。

 パドスニェージニク議員など、信仰を偽って自治区外に留まる者たちが相当数、与党内部に入り込み、一部は政権の中枢にまで食い込んでいた。


 ネモラリス共和国は文民統制(シビリアンコントロール)を敷き、内閣の決定によって、軍の行動を規制する。隠れキルクルス教徒の働きで、アーテル本土への派兵を抑えられているのは明白だ。


 アーテル軍の基地がほぼ壊滅し、有人機と無人機が残っていても出撃できなくなった今、「防空だけで精一杯で派兵できません」は、言い訳として無理がある。


 ……どうやって軍と国民を誤魔化してるんだろう?


 ロークはランテルナ島に渡ってから、運び屋フィアールカとの情報交換やニュースで、アーテル本土の基地が全滅したのを知った。

 ラクリマリス王国やアミトスチグマ王国など、インターネットの設備がある友好国でアーテルのニュースを見られるから、フィアールカたち平和の為に活動するボランティアは、詳細情報を現地やSNS上の書き込みで調べられるのだ。


 別系統のボランティアやフラクシヌス教団を通じ、ネモラリス政府や正規軍にも伝わっているだろう。(むし)ろ、ネモラリスの在外公館の職員たちが積極的に情報収集していなければおかしい。


 ……それでも、動かないモンなのか?


 或いは、水面下で和平交渉の準備を進めているのだろうか。

 ラゾールニクたち情報ゲリラは、ネモラリスのクリペウス政権内部の動きをどの程度、把握しているのだろう。

 クリペウス首相は力ある民で長命人種だ。彼自身がキルクルス教に心酔する心配はないが、党内に紛れ込むキルクルス教徒には気付かないらしい。


 ……そりゃそうだよな。フラクシヌス教の信者団体が支持母体なのに、キルクルス教徒が混じってるなんて、思うワケないよな。


 仮に、何らかの手段でクリペウス党首にこの情報を伝えたとしても、信じてもらえないだろう。

 しかも、ロークが知り得たのは隠れ信徒のほんの一部に過ぎない。中途半端なことをすれば、却って混乱を招く上に上手く切り抜けた隠れ信徒がこの先も堂々と居座ってしまう。


 連立政権の片翼を成す湖水の光党は、湖の女神の信者団体が支持母体で、陸の民も居なくはないが、大部分が湖の民だ。これを機に、秦皮(トネリコ)の枝党を追い落として第一党にのし上がり、副首相のファルトール党首を首相に据えようとするかもしれない。


 そうれば、主神派と女神派の信徒間で諍いになる。ただでさえ、ネミュス解放軍の件で国内の意見が割れているのに、ますます意見がバラバラになってしまう。

 湖の民がキルクルス教徒になることはあり得ないが、彼らはきっと、他の地域でも、首都クレーヴェルでの隠れキルクルス教徒狩りの二の舞を演じるだろう。


 私刑の横行を止める手段は、全く思いつかない。


 ……まぁ、今はアーテル領に居るんだし、ここでできることに専念しよう。


 ロークは手が届かない場所から意識を引き剥がし、目の前のことに集中する。

 ファーキルたちに画像を送って丘を下りた。

☆冬休み、スキーヌムに連れて来られた時……「809.変質した信仰」参照

☆破壊されたイグニカーンス基地/原因不明の爆発で大破した……破壊前の様子「797.対岸を眺める」「809.変質した信仰」「814.憂撃隊の略奪」、爆発の原因「815.基地への移動」「816.魔哮砲の威力」参照

☆ファーキルたちは、ネモラリス憂撃隊にはそんな凄い戦力はないと思っていた……「862.今冬の出来事」参照

☆ネモラリスの正規軍は、アーテルの爆撃機を迎撃するのに人手を取られて、アーテル本土に攻撃を仕掛ける余裕がない……「279.悲しい誓いに」「816.魔哮砲の威力」参照

☆正規軍の代わりに民間人の有志がゲリラとなり……「279.悲しい誓いに」「427.情報と作戦案」「451.聖歌アレンジ」「510.小学生の質問」「838.ゲリラの離反」「863.武器を手放す」参照

☆戦い方を知る者がちょっと訓練した……「388.銃火器の講習」~「390.部隊の再編成」、「407.森の歩行訓練」「408.魔獣の消し炭」「416.ゲリラの錬度」「428.訓練から脱走」「436.図上での訓練」「441.脱走者の帰還」参照

☆アクイロー基地を壊滅できた……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照

☆ロークが知り得たのは隠れ信徒のほんの一部に過ぎない……「624.隠れ教徒一覧」「654.父からの情報」「650.グロム市の宿」「694.質問を考える」~「696.情報を集める」「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」「808.散らばる拠点」参照

☆首都クレーヴェルでの隠れキルクルス教徒狩り……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ