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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五章 印歴二一九一年二月五日

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0099.山中の魔除け

 早朝の街は、静かだった。

 雀の(さえず)りの他、何も聞こえない。

 新聞配達の少年が、二人に軽く会釈して駆けて行った。


 ……戦争になっても、新聞は毎日あるのね。


 針子のアミエーラは、ぼんやり考えながら、黙って店長について歩く。東側……坂の下を振り返ると、視界一面が焼け野原だ。黒い焼け跡に建物はひとつもない。


 ずっと遠く、湖岸の工場がよく見えた。

 その向こうの湖は、平和な頃と何も変わらず、穏やかに輝く。


 自治区のバラック街が焼けたのは、戦争のせいではない。

 それでも、結果は同じことだ。多くの人が命と住居と、なけなしの財産と仕事を失った。


 アミエーラも父を諦めた。

 リストヴァー自治区の団地地区は今のところ無事だが、ここもいつまでこの状態が続くかわからない。



 仕立屋を出て、しばらく坂を登って西へ進み、酒屋の角を曲がって南へ行く。

 アミエーラの遠縁が居るらしいネモラリス島は、ネーニア島の北東にある。



 昨日の新聞は、ゼルノー市やマスリーナ市の港が空襲で壊滅したと報じた。

 紙とインクを節約する為か、娯楽系のページをやめてページ数を大幅に減らし、当面必要な情報だけが掲載された。


 自治区東部バラック地帯の火事の件も、生存者向けの救援情報や、死者の身元発表などが載る。

 身元の分かる死者は、(のが)れたものの火傷が元で亡くなった人々だ。

 逃げ遅れた人たちは、骨も残ったかどうか定かではない。


 アミエーラは、いつも親切にしてくれた近所のおばさんを思い出した。

 おばさんには、アミエーラよりひとつ上の娘と、みっつ下の息子が居た。

 母が亡くなってから、何くれとなく世話を焼いてくれた。


 アミエーラは仕立屋で働くようになってから、店長にもらった端切(はぎ)れでリボンや巾着袋などを(こしら)えては、おばさんや近所の女の子たちに渡した。

 子供の頃の恩返しに、おばさんの姉娘が拵えた蔓草(つるくさ)細工を団地地区で紹介し、客を増やす手伝いもした。


 リボンを渡した時、姉娘は白薔薇が咲きこぼれるような笑顔を見せてくれた。婚礼衣裳の余り布で作ったリボンは、色白の姉娘によく似合うと思った。


 あの混乱の中、足の不自由な姉娘が無事に逃げられたとは思えない。

 あの笑顔は、もう見られない。


 アミエーラは涙を(こら)えてクブルム山脈への道を急いだ。



 住宅街の道は、南に行くにつれて細くなり、人家が減ってゆく。代わりに、ちょっとした畑や倉庫が増え、一時間程行くと、それもなくなった。

 アスファルトの舗装道路が途切れ、草地を貫いて石畳の小道が通る。

 敷き石の隙間に冬枯れの草が密生し、荒れ果てた石畳が山に続いた。


 「これをご覧なさい」

 店長が、敷き石のひとつを指差した。文字のような模様が刻まれている。


 アミエーラの返事を待たず、店長は小声で続けた。

 「これは【魔除け】の印。十二個置きにこれがあって、この道を雑妖や弱い魔物から守ってくれるのよ」

 アミエーラは驚いて店長を見た。老女はそれ以上言わず、再び歩き始めた。



 すっかり葉を落とした森に入っても、石畳の小道は続いた。

 店長は杖とは別に枝を一本拾い、降り積もった落ち葉を掻き分けながら進む。アミエーラもそれに(なら)い、肩を並べて歩いた。


 「この道は、山に入ってから少し行くと、ラクリマリス王国へ抜ける道と、ピスチャーニク区へ行く道に分かれるの」

 店長は(しわ)だらけの手で南を指差し、そのまま西へ手を動かした。

 冬枯れの木立と斜面に遮られ、隣国もピスチャーニク区も見えない。


 「この【魔除け】は、地脈の力を使ってるそうよ。魔力を持つ人が踏めば、効力は強くなるけど、その人はその分、疲れるそうだから、なるべく踏まない方がいいかしらね」

 「……そうですね」

 慣れない山歩きで、ただでさえ疲れるのだ。それに【魔除け】なら、お守りとリュックサック、肌着、コートにもある。


 木々の枝を抜け、森に射しこむ光は弱い。


 それでも、雑妖を()けるには充分らしい。視える範囲には居なかった。

 葉が生い茂る季節なら、昼でも居ただろうと思うと、今が冬でよかったような気がする。

 店長が用意してくれたコートは、【耐寒】の術で寒さからもアミエーラを守ってくれた。


 「このまま真っ直ぐ、山の方へ行くと、分かれ道に出るわ。ピスチャーニク区の方へ曲がって、ずーっと西へ行けば、また分かれ道。そのまま真っ直ぐ、ゾーラタ区へ行く道と、ピスチャーニク区に降りる道よ」

 「どっちへ行けばいいですか?」

☆戦争になっても、新聞は毎日ある……「0031.自治区民の朝」参照

☆自治区のバラック街が焼けたのは、戦争のせいではない……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」参照

☆リストヴァー自治区の団地地区は今のところ無事……「0059.仕立屋の店長」参照

☆いつも親切にしてくれた近所のおばさん……「0037.母の心配の種」参照

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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