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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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0964.お茶会の話題

 量販店の従業員は、初めこそ緊張していたが、同席者が同じ庶民の移動販売店の面々なのもあって、すぐに打ち解けた。

 カピヨー支部長が用意した珈琲と高級な焼き菓子に舌鼓を打ち、同席者にも「おいしいよ」と勧める。

 移動販売店プラエテルミッサのみんなは、香草茶の風味を味わいながら、量販店の者たちと雑談を交わした。



 薬師(くすし)アウェッラーナたちの席では、主にカピヨーが振った話に庶民が一言二言答えてすぐ会話が途切れた。

 「貴殿は確か、旧王国時代、軍に協力してくれた葬儀屋であったな」

 「よく憶えてて下さいましたね、騎士様」

 「もう、とっくの昔に騎士ではないのだがな。……危険を顧みず、我らに協力してくれる者は貴重な存在だった。貴殿らに深く感謝しておるから、今も憶えておるのだ」

 「有難いお言葉、勿体(もったい)のうございます」


 ……アゴーニさん、こう言う話し方もできたのね。


 普段の口の悪さとは別人のように丁寧な物言いだ。

 旧王国時代の身分制度のせいなのかと思うと複雑で、アウェッラーナはティーカップを手に取った。香草茶の香気を味わい、気持ちを落ち着ける。

 無色で無味無臭の毒は色々ある。唇は付けずにカップを置いた。


 この卓は、レノ店長以外、全員が湖の民か力ある陸の民で魔法使いだ。

 DJレーフはカピヨーにとっての主賓、アゴーニは古い知人、クルィーロは先日レーフと共に会い、店長二人は代表者だからだと思うが、初対面のアウェッラーナとアビエース、それにジョールチがこの卓に呼ばれた理由がわからない。


 ……レノ店長は、店長だから仕方なく呼んだけど、他は魔法使いで固めたってこと?


 うっすら差別のようなものを連想し、アウェッラーナは慌てて打ち消した。考えが悪い方に転がり過ぎると、余計なことを口走りそうだ。

 隣を窺うと、兄は両手でカップを支えて口許に寄せ、なんとか落ち着きを取り戻そうと懸命だ。とても話し掛けられそうにない。

 量販店の店長は珈琲に手を着けず、しきりにハンカチで汗を(ぬぐ)う。


 五月初旬の空は晴れ渡り、魔法の絨緞の【耐寒】や【耐暑】がなくても暑からず寒からず、時折吹く微風(そよかぜ)が心地よかった。

 これがアスファルトのだだっ広い駐車場ではなく、白詰草の野原だったなら、ステキなお茶会だったろう。



 カピヨーが木皿からクッキーを取り、無造作に口に入れた。

 レノ店長が目を(みは)る。緊張で生きた心地がしないのか、カップを持つ手が震え、香草茶の水面が動揺する。

 「美味だな。これは、貴殿らが(こしら)えたのか?」

 「は、はい! あ、あの、とんだお口汚しで……」

 「きちんとした厨房のない中、これだけの物を作り上げるとは大した腕前だ。開戦前はどこかの屋敷で召抱えられておったのか?」

 「い、いいえ全然! ウチはフツーのパン屋で……店、焼けて、父さんも……」

 「そうか。守ってやれず、すまない」


 気マズい沈黙を他の卓で交わされる他愛のないお喋りが埋める。


 使用人たちは、サイフォンを置いた台の前で整列し、微動だにしない。

 量販店の者たちは「勿体ない」と珈琲をちびちび啜って、高級な菓子をひとつ食べた後は、移動販売店のクッキーをつまむ。

 移動販売店のみんなは、香草茶の香気を味わい、自作のクッキーをちまちま齧るので、珈琲のお代わりで待機する使用人たちはすることがなかった。


 「母は、生きてるらしいんです。……ネミュス解放軍の人って、トポリには居ないんですか? 知り合いがトポリで見たって教えてくれたんですけど、船がなくって、その……」

 レノ店長が顔を上げて早口に言い、語尾が震えて消える。

 カピヨーは、再び(うつむ)いたパン屋の青年に申し訳なさそうに声を掛けた。

 「すまんな。ネーニア島には湖の民が少なく、支部ができる程の同志はおらんのだ。ご母堂と再び相見(あいまみ)える日を女神様にお祈りしよう」

 カピヨー支部長が、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに再会を祈願する(ことば)(そら)んずる。

 レノ店長は目許を(ぬぐ)って一礼した。



 「あの、それじゃあ、首都の様子はご存知ありませんか? 身内が……漁師なんですけど、船でウヌク・エルハイア将軍のお手伝いをするんだって、小さな漁船でクレーヴェルに向かったきり音信不通になって、それから少しして、政府軍が港を封鎖したって聞いて……今、クレーヴェル港は……」

 アウェッラーナは勇気を振り絞り、震える声でどうにか聞いた。

 兄がカップを置き、片手をそっとアウェッラーナの手に添える。


 「最後にクレーヴェルを訪れたのは昨年の暮れで、今は将軍のお許しを待つ身なのだ。力になってやれず、済まない。ただ、クレーヴェル港で漁船が沈められたとは耳にしておらん」

 「そう……なんですか……」

 後は言葉にならなかった。

 今更謝るくらいなら、どうしてラジオで国民を(そそのか)したりしたのか。ネミュス解放軍のプロパガンダさえなければ、今頃は一族のみんなと再会できていたのに、と(なじ)ってやりたいのを(こら)えると、言葉の代わりに涙が溢れて止まらなくなった。

 兄が椅子を寄せ、アウェッラーナの肩を抱いた。その手も震える。


 「謹慎中なのに、お茶会なんていいんですか?」

 「軍事行動を控え、将軍のご下命(かめい)あるまで待機せよ、とは申し渡されたが、茶会までは禁じられておらん」

 DJレーフの皮肉な声に苦笑交じりの声が応じた。



 一般的なお茶会の時間が過ぎた。

 「そう簡単に許してもらえるとも、信じてもらえるとも思うておらなんだが、これ程とはな」


 ……なによ。わかってんじゃないの。


 移動販売店のみんなのカップからは飲み物が減らず、誰もカピヨーが用意した高級な焼き菓子に手を着けなかった。

 量販店の従業員たちがひとつずつ食べ、その内の数人が遠慮がちに珈琲のおかわりをしただけだ。



 なんとも言えないお茶会がお開きになり、カピヨーたちが引き揚げると、庶民たちは一斉に太い息を吐いた。

 残った焼き菓子は「お土産にどうぞ」と包まれたが、少年兵モーフでさえ、イヤそうな顔をするだけで手を触れようともしない。

 「いらないなら、もらってもいいかい?」

 「毒入りかもしれないのに?」

 エランティスが包みに汚い物を見る目を向ける。

 店員は小学生の冷たい声に少し(ひる)んだが、すぐ気を取り直し、悲しげな微笑を浮かべた。

 「他所から来たお嬢ちゃんは知らないだろうけど、カピヨー様は自分より弱い者に毒を盛るような卑怯なことはなさらないよ」

 「自分より弱い力なき民を武力で踏み(にじ)るのは、よいのですか?」

 アナウンサーのジョールチが言うと、店員たちが息を呑み、駐車場が静まり返った。


 そう言えば、カピヨーたちが来てから一度もジョールチの声を聞かなかった。このアナウンサーは、話すことだけでなく、無言で場を切り抜ける(すべ)にも()けているようだ。


 結局、焼き菓子は全て量販店の者たちが持ち帰り、庶民も解散する。

 ただ座っていただけなのに、どっと疲れが押し寄せた。



 カピヨー支部長が、歌詞や放送予定表を印刷して部下に配布させたので、移動販売店の負担は大幅に減った。

 こちらから頼んだのではなく、個人商店に掲出を頼んだ物を勝手に印刷して、ネミュス解放軍の兵が人海戦術で市内全域に各戸配布したのだ。

 手伝ってもらって苦情を言う訳にもゆかず、放送を見物しに来た兵士にお礼の伝言を頼まざるを得なかった。


 カピヨーのお陰で情報収集に回せる人手と時間が増え、結果的に他の街より早くクリュークウァ市全域に放送を届けられた。


 出発の日、メドヴェージがトラックをカピヨー邸の前に回した。

 「じゃ、偉い人にありがとよっつっといてくれ」

 「少々お待ち下さい。お(やかた)様に直接……」

 「いやいや、いいって、いいって。俺らも急いでっからよ。あばよ」

 メドヴェージがアクセルを踏み、DJレーフが運転するFMクレーヴェルのワゴンが後に続く。


 クリュークウァ市の南門を抜けた瞬間、肩から重たい荷物が下りたような気がした。


 挿絵(By みてみん)

☆旧王国時代、軍に協力してくれた葬儀屋……「648.地図の読み方」「649.口止めの魔法」参照

☆母は、生きてるらしい/知り合いがトポリで見たって教えてくれた……「826.あれからの道」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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