0963.野外のお茶会
……しまった! これがあったんだったわ。
薬師アウェッラーナは内心、臍を噛んだ。
ネミュス解放軍クリュークウァ支部長カピヨーは、使用人に野外用のお茶会の仕度を持たせて、市内最大を自称する量販店の駐車場に寄越した。
昨日、カピヨーの返事をもらって、移動販売店プラエテルミッサの一行は慌てた。
ジョールチとレノ店長が量販店の店長に事情を話すと、今日は臨時休業になり、朝早くから従業員総出で店と駐車場、周辺の道を大掃除した。
丁度、掃除が終わったところに先触れが来た。
「それでは、量販店の皆様もどうぞ」
元々そのつもりだったのか、使者はあっさり言い、断る暇も与えずに戻った。
「ちょ……お、お前ら、早くウチ帰って一番イイ服に着替えて来い!」
半ば悲鳴のような叫びを上げ、量販店の店長自身もすっとんで帰った。
プラエテルミッサの一行は全力でクッキーを増産し、ヘトヘトになったところにカピヨーの使用人たちがやってきたのだ。
使用人たちは、開戦後は高嶺の花になった【無尽袋】から大きな絨緞やテーブルセットを取り出し、手際良くお茶会の仕度を整える。
絨緞は、豪奢な花柄に紛れて【魔除け】と【耐寒】【耐暑】が織り込まれた魔法の逸品だ。
「こいつ一枚で家が建つな。坊主、お茶こぼしたりすンじゃねぇぞ」
葬儀屋アゴーニが冗談交じりに言うと、少年兵モーフは本気にしたのか、頬をヒクつかせて声もなく頷いた。
使用人たちがお茶とお菓子を並べる最中に量販店の面々が戻ってきた。
店長が口を開くより先に、使者が手伝いを断る。
上流階級に仕える者たちが優雅な手つきで、ドーシチ市のお屋敷で出されたのと同じくらい上等なお菓子と、湖上封鎖の影響ですっかり縁遠くなった珈琲を用意した。
……これってやっぱり、お菓子は交換ってコトになるのよね?
移動販売店側のクッキーは、素朴と言えば聞こえがいいが、庶民的な代物だ。味が美味しいのは知っているが、急いで拵えたせいで、カピヨー支部長が寄越した焼き菓子と比べるのも失礼なくらいみすぼらしく見えた。
問題はそこではなく、「向こうが用意した物をこちらが食べなければならない」点だ。
……何が入ってるかわかんないのに。
量販店の従業員たちが、期待に瞳を輝かせつつ、精いっぱい着飾った身を畏れに縮める。
アウェッラーナは、彼らを巻き添えにしてしまったのが申し訳なく、クリュークウァ市の庶民から目を逸らした。
一台の乗用車がゆっくりと駐車場に進入する。
警備員が恭しく迎え、紅白の停止棒を上げた。
「スゲェ。日之本帝国製の車だ……あのエンブレム知ってる?」
クルィーロが瞳を輝かせ、誰も答えられなかった車種名を呟いた。アウェッラーナも、新聞の経済面で名前だけは見たことがある高級車だ。
「本日は珍しい趣向のお茶会にお招きいただき、かたじけない」
ネミュス解放軍クリュークウァ支部長カピヨーが、高級外車から降り立って、鷹揚に挨拶した。
レノ店長と量販店の店長が、背中に定規でも入れられたかのようなぎこちない動作で返礼する。
「あぁあああ、いえ、その、とんでもない。このようなむさ苦しい所に……」
「場所をご提供下さった店主殿、従業員のご一同も、本日は無礼講とする故、遠慮せず、ゆるりと楽しんで欲しい」
カピヨーは、緊張で蒼白になる量販店の店長に笑顔を向けた。
「えぇっと、申し遅れまして恐れ入ります。移動販売店……兼、移動放送局プラエテルミッサの店長です。先日は、ご招待いただきありがとうございました。こちらの都合でお呼び立て致しまして恐れ入ります」
「この度はこのようなむさ苦しい所にお運び下さいまして、誠に恐れ入ります。従業員一同、精いっぱいおもてなしさせていただきます」
「なぁに、宴を催したいと申したのはこちらだ。先程も言ったが、今日は無礼講だ。諸君らは客として楽しんで欲しい」
使用人の手で、殺風景なアスファルトの駐車場の一角にサロンのような空間が設えられた。
豪奢な絨緞の上に大きな円卓が五つ並び、上座下座の区別はない。
カピヨーと同じ卓には、DJレーフ、工員クルィーロ、老漁師アビエースと薬師アウェッラーナの兄妹、葬儀屋アゴーニ、国営放送アナウンサーのジョールチ、レノ店長と量販店の店長が座らされた。
他の面々も、使用人に手を引かれ、席に案内される。
ソルニャーク隊長だけが、荷台の小部屋で息を潜める。
「お口に……合わないと思いますが……」
レノ店長が、移動販売店のクッキーを盛った木皿をそっと置く。他の席でも、ピナティフィダたちがクッキーを出した。
……あ、そっか。こんな上等なの勿体なくて食べられませんってクッキーつまめばいいのか。
薬師アウェッラーナは、使用人がサイフォンに落ちた珈琲を手に取るのを見て、【無尽の瓶】の口を開けた。【操水】で水を起ち上げ、香草の束を突っ込んで掻き混ぜる。
「みんな、緊張してるから、最初は香草茶にしましょう」
使用人より先に移動販売店のみんなのカップを香草茶で満たした。
美しい模様が描かれたティーカップは、ドーシチ市のお屋敷の物に負けず劣らず素晴らしい。香草茶の清涼な香りでやや緊張がほぐれ、アウェッラーナはイヤなことに気付いた。
……私たちの分だけ、カップに毒を塗られてたら、どうしようもないのよね。
今更、「使い慣れた物の方が落ち着くので」などと言って自前のマグカップには交換できない。
量販店の者たちは恐縮しながら珈琲を淹れられた。
……このお店の人たちを巻き添えにしない分、マシかな?
アウェッラーナはそう考え直し、出涸らしを置きに荷台へ戻った。
昨日と今日、薬師アウェッラーナはクッキー作りに加わらず、手持ちの素材でできる限りの量と種類の解毒薬を作った。
瓶に種類を書いた付箋を貼り、毒の種類と主な症状、対応する薬の一覧表をソルニャーク隊長に預けてある。
「お茶会、始まっちゃいました。何かあったらよろしくお願いします」
奥の小部屋に囁いて、円卓に戻った。
☆ドーシチ市のお屋敷で出されたのと同じくらい上等なお菓子……「246.部屋割の相談」参照




