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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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0962.厄介な招待状

 薬師(くすし)アウェッラーナとレノ店長は、日没直前にクリュークウァ市内最大を自称する量販店の駐車場に帰った。

 先に戻ったみんなは、トラックの荷台で何かを囲んで二人の帰りに気付かない。


 「ただいまー」

 レノ店長が声を掛けると、ピナティフィダとエランティスが暗い顔に笑顔を繕った。

 「お帰りなさい。イイの買えた?」

 「うん。まぁ、ボチボチかな」

 荷台に上がると、DJレーフとクルィーロも、ネミュス解放軍クリュークウァ支部から戻っていた。


 レノ店長が幼馴染の無事な姿にホッとして聞く。

 「クルィーロたちの方、どうだった?」

 「んー……なんか歓迎されて、この街に居る間、ずっと護衛付けようかみたいなコト言われたよ」

 クルィーロが苦笑すると、レノ店長は顔を引き攣らせた。

 レーフが片手をひらひら振って苦笑いする。

 「断ったよ。俺たちは昼前に戻ったんだけど、お茶の時間に支部長の使者って人が来て、招待状を置いてったんだ」

 「招待状?」

 聞き返す二人の声が揃う。


 DJレーフがみんなの輪の中心から封筒とカードを手に取った。

 「明後日、支部長んちで歓迎の宴を催すから、明日の朝、返事をくれってさ。お城みたいなおうちだよ」

 「行かなきゃいけないんですか?」

 アウェッラーナは顔を(しか)めた。みんなの顔が更に暗くなる。

 「断れば角が立って、それこそ、ここで放送できなくなるかもしれません」

 「だが、子供らを連れて相手の懐に飛び込むのは避けたい。どんな罠があるか、全く予測がつかん」

 アナウンサーのジョールチとソルニャーク隊長が眉間に皺を寄せる。


 「トラックごと行って、出してもらえなくなったり、取り上げられたりした日にゃ、二進(にっち)三進(さっち)も行かなくなるしよ」

 運転手のメドヴェージが半笑いで言うと、少年兵モーフが続けた。

 「ごちそうに毒入ってるかもしんねぇ」

 「珈琲には入ってなかったけどな」

 クルィーロが苦笑する。


 ……そんなの、急に行ったから、毒を用意できなかっただけかもしれないじゃない。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、クルィーロの無防備さに呆れた。

 みんなもカピヨーを信用していないのだとわかって、少し安心する。


 だが、ジョールチの言う通り、角を立てずにお断りするのは難問だ。



 「取敢えず、晩ごはんにしよっか」

 レノ店長の一言でみんながごそごそ動きだした。


 アビエースがステンレスのトレーに【炉】の術を掛け、アルミホイルで(くる)んだ魚の干物を並べる。術の範囲外には匂いや煙が漏れず、焼き加減の見極めは勘と経験頼みだ。

 レノ店長とピナティフィダが、さっき買ってきた新鮮な野菜を切り、エランティスがコンビーフの缶をくるくる開ける。

 クルィーロが別のトレーに【炉】を(おこ)し、深鍋に水を入れて火に掛けた。


 ……何て言って断ろうかな? フツーに遠慮しただけじゃ、遠慮しないでどうぞどうぞって押し切られそうよね?


 カピヨーの「お城みたいなおうち」は、旧王国時代には本当に城塞だった可能性がある。

 今もそんな所に住む元騎士と言うことは、クリュークウァ市の名士だ。だからこそ、市内のネミュス解放軍をまとめあげ、支部長の座に就いたとも言える。

 あれこれ理由を並べたところで、カネと権力を活用して「行けない原因」を解消されてしまえば、逃げ道がなくなってしまう。

 ウヌク・エルハイア将軍に内緒で兵を動かした行動力と統率力、カリスマ性。厄介な相手と関わってしまったと頭が痛かった。


 ……失礼にならなくて、じゃあしょうがないねって言ってもらえる断り文句……難しいわね。


 アウェッラーナは、人数分の干物をホイルで(つつ)み終え、兄アビエースの隣で緑の頭を抱えた。



 甲高い金属音で、同じところをぐるぐる回る思考が中断した。

 顔を上げると、モーフが銅のマグカップやスプーンの束を落としたようだ。

 「坊主、大丈夫か? 何ぼーっとしてんだ」

 「うっせぇな。どうやって断りゃいいか考えてたんだよ」

 メドヴェージとモーフが散らばったスプーンを拾い集めながら小突き合う。

 その向こうでレノ店長が「いてッ!」と声を上げた。

 「お兄ちゃん、大丈夫?」

 「大丈夫、大丈夫。ちょっと滑っただけだ」

 ニンジンを押さえた指に血が滲む。


 「治します」

 薬師(くすし)アウェッラーナは声を掛け、呪歌【癒しの風】を詠じた。

 レノ店長は遠慮したが、ピナティフィダが「後は私がやるから」と兄から包丁を取り上げる。手持無沙汰になった店長は、エランティスを手伝おうとしたが、断られてクルィーロの隣に腰を降ろした。

 パドールリクとアマナ父子が、みんなの分の堅パンのパックを開ける傍らで、葬儀屋アゴーニが落ちた食器を【操水】で洗い直す。

 ソルニャーク隊長が、少年兵モーフに代わってアゴーニに礼を言い、洗い上がった食器を並べた。


 呪歌を歌い終えて手許を見ると、未調理のホイル包みが減っていない。

 「兄さん、それ、もういいんじゃない?」

 「えっ? あ、あぁ、すまんすまん。考えごとしてアチッ!」

 慌てて素手で掴み、焼けたホイルを放り出す。明らかに焦げた臭いが荷台に漂った。ジョールチが【操水】で兄の手を冷やしてくれたので、アウェッラーナは炭化したであろう残りの包みをトングで()けて、新しいのを【炉】に並べた。


 ……みんな、どうやって断ろうか悩んでるのね。


 焦げたり吹きこぼれたり、切ったハズが中途半端に繋がっていたりと散々な夕飯を終え、またみんなして考え込む。



 量販店の【灯】が消えた。

 「辞退しつつ、逆にこちらからご招待するのはどうでしょう?」

 みんなの目がパドールリクに集まる。


 提案者はレノ店長を見て付け加えた。

 「いえいえ、こちらこそ、この街でしばらくお世話になる身ですから……とか何とか言ってだね、レノ君、ヤーブラカでもらった小麦粉でクッキーを焼いてもらっていいかな?」

 「お菓子作るのは別にいいけど、来てくれるかな?」

 「来ないなら、そうですか、それは残念ですって言っておしまい。あっちの宴会もこっちのお茶会もナシだ」

 「あんなお城に住んでんだし、どうせこんなトコ来ないって」

 「そうよね」

 クルィーロとアマナが、父の作戦に頷く。

 「もし、来るって言われたって、食べ物とかこっちで用意できる分、安心ね」

 ピナティフィダが賛成すると、少年兵モーフも首振り人形のように何度も頷いて同意した。


 ……元騎士の偉い人をこんな駐車場に呼び出すコト自体、無礼者って怒られそうだけど、どうなのかな?


 アウェッラーナは心配になったが、代案を出せず、それで話がまとまってしまった。

☆DJレーフとクルィーロも、ネミュス解放軍クリュークウァ支部から戻っていた……「0960.支部長の自宅」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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