0962.厄介な招待状
薬師アウェッラーナとレノ店長は、日没直前にクリュークウァ市内最大を自称する量販店の駐車場に帰った。
先に戻ったみんなは、トラックの荷台で何かを囲んで二人の帰りに気付かない。
「ただいまー」
レノ店長が声を掛けると、ピナティフィダとエランティスが暗い顔に笑顔を繕った。
「お帰りなさい。イイの買えた?」
「うん。まぁ、ボチボチかな」
荷台に上がると、DJレーフとクルィーロも、ネミュス解放軍クリュークウァ支部から戻っていた。
レノ店長が幼馴染の無事な姿にホッとして聞く。
「クルィーロたちの方、どうだった?」
「んー……なんか歓迎されて、この街に居る間、ずっと護衛付けようかみたいなコト言われたよ」
クルィーロが苦笑すると、レノ店長は顔を引き攣らせた。
レーフが片手をひらひら振って苦笑いする。
「断ったよ。俺たちは昼前に戻ったんだけど、お茶の時間に支部長の使者って人が来て、招待状を置いてったんだ」
「招待状?」
聞き返す二人の声が揃う。
DJレーフがみんなの輪の中心から封筒とカードを手に取った。
「明後日、支部長んちで歓迎の宴を催すから、明日の朝、返事をくれってさ。お城みたいなおうちだよ」
「行かなきゃいけないんですか?」
アウェッラーナは顔を顰めた。みんなの顔が更に暗くなる。
「断れば角が立って、それこそ、ここで放送できなくなるかもしれません」
「だが、子供らを連れて相手の懐に飛び込むのは避けたい。どんな罠があるか、全く予測がつかん」
アナウンサーのジョールチとソルニャーク隊長が眉間に皺を寄せる。
「トラックごと行って、出してもらえなくなったり、取り上げられたりした日にゃ、二進も三進も行かなくなるしよ」
運転手のメドヴェージが半笑いで言うと、少年兵モーフが続けた。
「ごちそうに毒入ってるかもしんねぇ」
「珈琲には入ってなかったけどな」
クルィーロが苦笑する。
……そんなの、急に行ったから、毒を用意できなかっただけかもしれないじゃない。
薬師アウェッラーナは、クルィーロの無防備さに呆れた。
みんなもカピヨーを信用していないのだとわかって、少し安心する。
だが、ジョールチの言う通り、角を立てずにお断りするのは難問だ。
「取敢えず、晩ごはんにしよっか」
レノ店長の一言でみんながごそごそ動きだした。
アビエースがステンレスのトレーに【炉】の術を掛け、アルミホイルで包んだ魚の干物を並べる。術の範囲外には匂いや煙が漏れず、焼き加減の見極めは勘と経験頼みだ。
レノ店長とピナティフィダが、さっき買ってきた新鮮な野菜を切り、エランティスがコンビーフの缶をくるくる開ける。
クルィーロが別のトレーに【炉】を熾し、深鍋に水を入れて火に掛けた。
……何て言って断ろうかな? フツーに遠慮しただけじゃ、遠慮しないでどうぞどうぞって押し切られそうよね?
カピヨーの「お城みたいなおうち」は、旧王国時代には本当に城塞だった可能性がある。
今もそんな所に住む元騎士と言うことは、クリュークウァ市の名士だ。だからこそ、市内のネミュス解放軍をまとめあげ、支部長の座に就いたとも言える。
あれこれ理由を並べたところで、カネと権力を活用して「行けない原因」を解消されてしまえば、逃げ道がなくなってしまう。
ウヌク・エルハイア将軍に内緒で兵を動かした行動力と統率力、カリスマ性。厄介な相手と関わってしまったと頭が痛かった。
……失礼にならなくて、じゃあしょうがないねって言ってもらえる断り文句……難しいわね。
アウェッラーナは、人数分の干物をホイルで包み終え、兄アビエースの隣で緑の頭を抱えた。
甲高い金属音で、同じところをぐるぐる回る思考が中断した。
顔を上げると、モーフが銅のマグカップやスプーンの束を落としたようだ。
「坊主、大丈夫か? 何ぼーっとしてんだ」
「うっせぇな。どうやって断りゃいいか考えてたんだよ」
メドヴェージとモーフが散らばったスプーンを拾い集めながら小突き合う。
その向こうでレノ店長が「いてッ!」と声を上げた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと滑っただけだ」
ニンジンを押さえた指に血が滲む。
「治します」
薬師アウェッラーナは声を掛け、呪歌【癒しの風】を詠じた。
レノ店長は遠慮したが、ピナティフィダが「後は私がやるから」と兄から包丁を取り上げる。手持無沙汰になった店長は、エランティスを手伝おうとしたが、断られてクルィーロの隣に腰を降ろした。
パドールリクとアマナ父子が、みんなの分の堅パンのパックを開ける傍らで、葬儀屋アゴーニが落ちた食器を【操水】で洗い直す。
ソルニャーク隊長が、少年兵モーフに代わってアゴーニに礼を言い、洗い上がった食器を並べた。
呪歌を歌い終えて手許を見ると、未調理のホイル包みが減っていない。
「兄さん、それ、もういいんじゃない?」
「えっ? あ、あぁ、すまんすまん。考えごとしてアチッ!」
慌てて素手で掴み、焼けたホイルを放り出す。明らかに焦げた臭いが荷台に漂った。ジョールチが【操水】で兄の手を冷やしてくれたので、アウェッラーナは炭化したであろう残りの包みをトングで除けて、新しいのを【炉】に並べた。
……みんな、どうやって断ろうか悩んでるのね。
焦げたり吹きこぼれたり、切ったハズが中途半端に繋がっていたりと散々な夕飯を終え、またみんなして考え込む。
量販店の【灯】が消えた。
「辞退しつつ、逆にこちらからご招待するのはどうでしょう?」
みんなの目がパドールリクに集まる。
提案者はレノ店長を見て付け加えた。
「いえいえ、こちらこそ、この街でしばらくお世話になる身ですから……とか何とか言ってだね、レノ君、ヤーブラカでもらった小麦粉でクッキーを焼いてもらっていいかな?」
「お菓子作るのは別にいいけど、来てくれるかな?」
「来ないなら、そうですか、それは残念ですって言っておしまい。あっちの宴会もこっちのお茶会もナシだ」
「あんなお城に住んでんだし、どうせこんなトコ来ないって」
「そうよね」
クルィーロとアマナが、父の作戦に頷く。
「もし、来るって言われたって、食べ物とかこっちで用意できる分、安心ね」
ピナティフィダが賛成すると、少年兵モーフも首振り人形のように何度も頷いて同意した。
……元騎士の偉い人をこんな駐車場に呼び出すコト自体、無礼者って怒られそうだけど、どうなのかな?
アウェッラーナは心配になったが、代案を出せず、それで話がまとまってしまった。
☆DJレーフとクルィーロも、ネミュス解放軍クリュークウァ支部から戻っていた……「0960.支部長の自宅」参照




