0957.緊急ニュース
他の基地同様、管制塔と無人機の操縦棟、武器庫、弾薬庫、戦闘機などの格納庫を破壊し尽くし、ラズートチク少尉が新品の【従魔の檻】に魔哮砲を収容する。
屋上の扉が乱暴に開き、自動小銃を構えたアーテル兵が姿を見せた。
少尉はとっくに【跳躍】し、首都ルフスの廃工場に居る。
仮に自動小銃で撃たれたところで、トレンチコートに仕込んだ各種防護の術で守られ、傷ひとつ負わないだろう。
魔装兵ルベルは【索敵】を解き、帰還した上官に向き直った。
「お疲れさまでした」
「うむ。お前もよくやった。【跳躍】除けの結界のない場所は、楽でいいな」
「では、今夜はここで休むんですね?」
「いや、通行人が見上げていた。万一を考え、移動する」
ラズートチク少尉はルベルの腕を掴み、有無を言わさず【跳躍】した。
軽い目眩に続いて視界が雑妖で満ちる。
一呼吸置いて、二人の服に掛かった【魔除け】に弾かれ、周囲が空いた。
「ルフス東部の商店街だ。廃業したパン屋で、一家は台所で無理心中した」
「……【灯】、いいですか?」
「【暗視】にしろ」
二人は同時に呪文を唱え、視界を確保した。
商品棚はパンの代わりに雑妖がぎっしり詰まり、壁や天井にまで貼り付いて店の広さもわからない。
少尉が【従魔の檻】から魔哮砲を解放した。
「この建物の中の雑妖を食え」
ルベルが力ある言葉で命じると、闇の塊は不定形の身を震わせて商品棚に飛び付いた。瞬く間に店内の雑妖が食い尽され、店の広さが乗用車二台分くらいだとわかる。
不定形の闇は、ルベルの傍らをぬるりと抜け、店の奥に入った。
パン工房を埋め尽くした雑妖が、自ら飛び込むように吸い寄せられ、魔哮砲に取り込まれる。色々な生き物をデタラメに切って混ぜたような雑妖の群が、魔哮砲に触れた途端、闇とひとつになって消えた。
二階への階段、トイレ、居間、台所、風呂、寝室、子供部屋。
自宅兼店舗には、生活の痕跡がそっくりそのまま残る。隙間なく犇めく雑妖は、三十分足らずで平らげられ、浄化された。
二人が居間のソファに身を沈めると、魔哮砲がルベルの膝の上に乗った。
あたたかく、やわらかな塊を撫でて聞く。
「少尉殿はいつも、どうやって、こう言う物件をみつけて来られるのですか?」
「気になるか?」
少尉はポケットからタブレット端末を取り出し、窓に目を向けた。分厚いカーテンを確認し、電源を入れる。闇が四角く切り取られ、少尉の顔を仄白く照らした。
ルベルも上官に倣って端末を取り出し、眩しさに【暗視】を切った。
「アーテルの国内ニュースだ。記事でおよその場所を見て、改めて所在地を調べ、現地調査をする」
「ニュースで、こんな小さい店までみつけられるんですか」
「私の真似をしようなどとは思わぬことだ。お前は目立つ」
「肝に銘じます」
「それに、不都合な真相を伏せる為、故意に偽情報を流す場合もあり、全てを鵜呑みにはできん」
ルベルは大柄な身を縮め、燃えるような赤毛の頭を掻いた。
向かいに座るラズートチク少尉は中肉中背で、次の瞬間には忘れてしまいそうな印象の薄い顔立ちだ。ルベルにはまだ、溢れる情報の真偽を見極められる気がしない。腹の中で適材適所と唱えた。
液晶画面に新着ニュースが表示される。
少尉も同じものを見たのか、その指が素早く画面を撫でた。
レプス大統領補佐官、殺害
見出しに触れるルベルの手が震える。
たった三行の速報だ。
昨夜、二十三時頃、レプス大統領補佐官が、都内の自宅で殺害された。
警察は、遺体の状況から、大司教殺害事件との関連も含めて捜査中。
防犯カメラの映像で、最後にレプス氏宅を訪れた二十代半ばの女性が、何らかの事情を知っていると見ている。
端末に表示された時刻は午前三時。
事件発生から、四時間ばかりで大統領補佐官の死が公表された。
……ネモラリスだったら、深夜ラジオで速報、次の日の朝刊には間に合わないから、朝に号外出して、夕刊にちょっと詳しい記事載せて……いや、でも、今は戦争中だから、しばらく内緒にするかも?
ルベルが端末から顔を上げると、ラズートチク少尉と目が合った。
「わざわざ速報で発表し、大司教殺害と絡めたと言うことは、そう言う殺され方だったのだろう」
「要人の暗殺、こんなすぐ発表しちゃうんですね」
「今なら、ネモラリス憂撃隊の仕業にできるからな」
ラズートチク少尉の口許に何か含みを持った笑みが浮かぶ。
「殺される心当たりがある人物なんですか?」
「レプス大統領補佐官は、前任者が開戦直後に体調不良で退任した為、急遽、任命された」
「ホントに病気だったんですか?」
「察しがよくなってきたな。前任者は開戦に反対だった。水面下の工作で、自発的に退任することになったのだ」
少尉がニヤリと笑う。
「アーテルでは通常、複数の候補者が推薦され、大統領がその中から一人を任命するのだが、今回は、戦時下と言う非常時で早急に決めねばならん、とポデレス大統領自ら候補者を一人だけ立て、そのまま任命した」
「それって、最初からそのつもりで圧力掛けて前任者を辞めさせたってことですよね?」
上官は、わかってきた部下に頷いた。
……そんな工作だってすぐ準備できるもんじゃないだろうに。一体、いつから計画してたんだ?
それ以前の開戦も、隣国のラニスタに軍事協力を取りつけるのに何度も協議を重ねただろう。
開戦に踏み切るまでの準備期間も、それなりにあった筈だ。
バルバツム連邦から中古の無人機を購入した件も、予算の編成やバルバツム側との売買交渉に最低でも一年は要しただろう。無人機の操縦訓練や管制官の教育も、一朝一夕に成るものではない。
……一体、いつから戦争の準備を始めてたんだ?
遡れば、魔哮砲の存在は、相当前からアーテル側に漏れていたことになる。
「殺されたレプスと言うのは、どんな人物だったんですか?」
「星の標の幹部で、貿易商の社長だ。隣国のラニスタ本部にも頻繁に出入りしておったし、貿易の仕事を通じてバルバツムなどとも繋がりがある」
「星の標……じゃあ、ネモラリス憂撃隊だけじゃなくて、ランテルナ島民からも狙われるかもしれないんですね?」
「どうだろうな? 星の標が自爆テロを行っても、現在まで島民に死者は出ておらん。わざわざ逆恨みされるようなことをすると思うか?」
「あー……」
「朝のニュースで続報が出る。今は取敢えず休息しよう」
ルベルは、やわらかく温かな闇に包まれて眠った。
☆大司教殺害事件……「870.要人暗殺事件」参照
☆バルバツム連邦から中古の無人機を購入した件/いつから戦争の準備を始めてた……一般にも知られている「331.返事を待つ間」、購入は三年前「358.元はひとつの」、ネモラリスに撃墜されて追加購入も「809.変質した信仰」参照
☆星の標が自爆テロを行っても、現在まで島民に死者は出ておらん……「293.テロの実行者」参照




