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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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0956.フリグス基地

 翌朝、魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、地下街チェルノクニージニクの宿を引き払った。

 少尉の【跳躍】で、アーテルの首都ルフスに移動する。

 昨日の話はあまりに衝撃的で、ルベルはよく眠れなかった。



 今回の潜伏先は、ルフス西部の下町にある製菓工場だ。

 戦争で原料価格が高騰した煽りで倒産した。社長が工場内で(くく)った為、買い手がつかず、昨年から放置されていると言う。


 ……こんな物件、よく次々みつけてくるよなー。


 ルベルは工場内に魔哮砲を放ち、社長の無念から湧いた雑妖を食べさせた。

 倒産からどのくらい経つのか不明だが、まだ(かす)かに甘い匂いが残っている。


 鎧戸の閉まった事務室で打合せをする。

 「待たせたな。やっとフリグス基地の破壊命令が出た」

 ラズートチク少尉が、タブレット端末に基地の見取図と外観写真、間取図と内部の写真を表示させる。当たり前のように見せられたが、ルベルには上官がどんな手段でアーテルの軍事機密を入手するのか、想像もつかなかった。


 「魔力は足りそうか?」

 「予想以上に日数が空いたので、基礎代謝でかなり消耗しています。確実を期すなら、もう二、三回、これと同じくらいの給餌が必要です」

 ルベルは【使い魔の契約】で繋がった魔哮砲の腹具合をみて答えた。

 この工場の雑妖を喰らい尽くしても、腹八分目と言ったところだ。

 魔哮砲の攻撃は、余剰魔力を放出させて行う。満腹以上に食べさせなければならず、今回の分では魔哮砲の維持だけでカツカツだ。


 「斜め向かいのネジ工場と、裏の缶詰工場も倒産して無人だ。今夜中にそちらも食わせよう」

 「はい」

 魔哮砲のやわらかな身体が、放置された機材の間をぬるりするりと移動する。

 閉め切られた工場内は暗く、ルベルが(とも)した【灯】がぼんやり照らす範囲の外がどうなっているのか、肉眼では見えない。【使い魔の契約】で繋がっているから、魔哮砲の位置を感じられるのだ。


 「あ、あの、昨日の件でひとつ質問させていただいてよろしいですか?」

 「何だ? 改まって」

 ルベルはひとつ深呼吸して聞いた。

 「自治区に兵を向けたカピヨーと言う幹部、所在が分かっているなら……」

 「それは無理だ」

 ラズートチク少尉はみなまで言わせず、若い魔装兵に理由を語った。

 「カピヨーは、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代には、騎士団でそれなりの地位にあった男だ。民主化前はクリュークウァ地方の領主として善政を敷き、民の信望を得ていた」

 「じゃあ、こちらが彼をどうにかしたら、長命人種の住民が暴動を?」

 「それだけでは済まんぞ。民主化後も、地元の政財界に影響力を維持している。クリュークウァ市議会から彼に頼み込んで、カイラー基地への攻撃や、市内での戦闘を思い留まってもらっているのが現状だ」

 ルベルは少し考えて頷いた。

 「では、カピヨーが居なくなれば、ネミュス解放軍の一部が暴徒化、或いは後継争いで、クリュークウァ市内や周辺地域で戦闘が発生するんですか?」

 「クリュークウァには星の(しるべ)の支部もある。解放軍はまず、そちらを叩きに行くだろうな」


 ……指揮官なしで? 副官が残ったら、そっちについて行くか?


 「住民から派遣要請を受けた政府軍が加わり、三つ巴の戦いになれば、多数の住民が犠牲になるだろう」

 少尉は遠く、ネモラリス島を見るような目で締め(くく)った。



 深夜、曇天の闇に紛れ、ラズートチク少尉と魔哮砲が廃工場を出る。

 菓子工場周辺には、廃工場が幾つもあった。いずれも、敷地内に社長宅がある家族経営の小さな町工場だ。

 戦争に伴う湖上封鎖の影響で、材料費や燃料費、輸送費などが高騰し、アーテル共和国では、体力のない中小企業や個人商店がバタバタ倒れた。

 経営者一家や、従業員とその家族らの安否は、敵国人のルベルにはわからない。


 ネモラリス共和国も、アーテル軍の空襲で都市や村を焼き払われ、多数の死傷者と難民が発生し、経済的にも大打撃を受けた。


 ……この戦争、どうなれば「勝った」ことになるんだろう?


 もう何度目になるかわからない問いが、頭を占める。

 アーテル共和国の目的は、キルクルス教の教義に基づき“()しき(わざ)”によって生み出された魔哮砲を破壊することと、ネモラリス共和国内で弾圧を受けるキルクルス教徒の救済だ。

 今回のネミュス解放軍によるリストヴァー自治区襲撃は、是が非でもアーテルに知られないよう、情報操作をしなければならない。

 だが、あの放送によると、解放軍自身が、自治区の窮状を教団に訴えるよう区長に仕向けていた。


 ……あんなの、テロ行為の中止を呼び掛けるだけじゃ済まないだろうに。


 そもそも、どうやって遠く鵬大洋(ほうたいよう)を隔てたアルトン・ガザ大陸に本部を置く教団に連絡をするのか。教団を通すより、国内の支部に手紙でも送った方が早い筈だ。



 「給餌が完了した。これより【従魔(じゅうま)の檻】に詰め、目標地点へ向かう」

 「了解」

 (えり)に着けた【花の耳】にラズートチク少尉の通信が入り、ルベルは取り留めもない思考を中断した。改めて【索敵】を掛け直し、【従魔の檻】を持って曇った夜空を【飛翔】する少尉の姿を追う。


 標的のフリグス基地は、アーテル共和国の首都ルフスから見て北西に位置する。ラングースト半島を挟み、更に北西へ進めば、昨夏、武闘派ゲリラが壊滅させたアクイロー基地だ。

 少尉の情報によると、どの基地も、予算不足で再建の目途が立たないらしい。


 破壊を免れた無人機、有人の戦闘機や爆撃機、輸送機などは、フリグス基地とランテルナ中部基地、そして、既に破壊したテールム基地に分散して保管中だ。

 他の二カ所はともかく、管制塔や無人機の操縦室を喪失したテールム基地に置いてどうするつもりなのか。


 ルベルの【索敵】の視界をラズートチク少尉が身ひとつで飛ぶ。

 暗い色のトレンチコートをはためかせて飛ぶ姿が、地上の街灯にうっすら照らされた。存在を知った上で、最初から追跡するルベルには見分けられるが、アーテル軍のレーダーには認識できない。


 「目標地点、異状なし」

 「了解」

 ルベルが【索敵】で先回りして見た状況を伝える。ラズートチク少尉は、基地を視認できる場所まで飛んで【姿隠し】を唱え、続いて【跳躍】した。


 見取図で示された目標地点……兵舎の屋上に再び【索敵】の視線を向ける。

 雑妖除けで(とも)されたLEDライトの鋭い光の中で、すっかり見慣れた監視カメラをみつけたが、機械の目では少尉の姿を捉えられない。


 魔法の小瓶【従魔の檻】から解放され、闇の塊が屋上の床にとろりと広がった。

 魔装兵ルベルはいつも通り、魔哮砲に取り付けた【花の耳】に力ある言葉で命令を送る。【使い魔の契約】で結ばれた魔哮砲は、主であるルベルの意図を読み取り、不定形の身体を「裏返した傘の形」に変えた。


 「撃て」


 ルフスの廃工場で発した短い命令が、遠く離れたフリグス基地の管制塔を一撃の許に粉砕した。


 挿絵(By みてみん)

☆戦争で原料価格が高騰した煽り/戦争に伴う湖上封鎖の影響……「285.諜報員の負傷」「424.旧知との再会」「440.経済的な攻撃」「588.掌で踊る手駒」参照

☆【使い魔の契約】で繋がった魔哮砲……「776.使い魔の契約」参照


☆湖上封鎖……「144.非番の一兵卒」「161.議員と外交官」参照

※ ネモラリス側の影響……「181.調査団の派遣」「190.南部領の惨状」「274.失われた兵器」参照


※この戦争、どうなれば「勝った」ことになるんだろう?……アウェッラーナも同じことを考えている「807.諜報員の作戦」参照


▼鵬大洋とふたつの大陸。教団本部があるバンクシア共和国は遠い。

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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