0955.ラジオの録音
ようやく、ラズートチク少尉がランテルナ島の宿に戻った。
「ネミュス解放軍が、自治区の星の標を滅ぼした」
「えっ?」
地下街チェルノクニージニクでの待機命令を受け、すっかり退屈した魔装兵ルベルは、上官の短い報告に言葉が出なかった。
「リストヴァー自治区を襲撃し、現地の星の標を壊滅させた後、戦闘の巻き添えで負傷した住民の治療や瓦礫の撤去、救援物資の配布などを行い、自治区民を懐柔して引き揚げたようだ」
「あのネミュス解放軍が、キルクルス教徒を懐柔……ですか?」
ルベルの驚きにラズートチク少尉は淡々と応じた。
「そうだ。区長が解放軍の引き揚げ後、政府軍に救援と今後の防衛を要請した」
……キルクルス教徒の区長が泣きついてくるって、どんだけやられたんだ?
疑問が顔に出たらしく、ラズートチク少尉は苦笑交じりに教えてくれた。
「現地調査の結果、解放軍はゼルノー市と接する正門から侵入、検問所の部隊を殲滅し、外部との通信を遮断した」
最初の戦場は、東岸の工場地帯。
星の標は銃火器で応戦したが、ネミュス解放軍側は【鎧】を纏った元騎士や元軍人が中心の編成で、負傷者は出たものの死者はなし。迎撃した星の標は、積み荷に紛れて密輸した武器で戦ったが、多数の死傷者を出した。
戦闘に巻き込まれた工場で火災が発生。化学物質が漏洩し、有毒ガスが発生した。星の標ではない工員や周辺住民が多数、教会やクブルム山脈まで避難した。
「えっ? 力なき民しか居ないのに山へ逃げたんですか?」
「薪や木の実を採る為、クブルム街道を発掘していたそうだ。現地を確認したところ【魔除け】の敷石が清掃され、地脈の力を使って正常に動作していた」
ルベルは何度目になるかわからない驚きを口にした。
「キルクルス教徒なのに、魔法で護られた道を通るんですか?」
「あれがどんな道か知らんのではないか? だが、少なくとも敷石が目印になり、迷わず自治区に帰れる」
「そう言うことですか」
「そうだろう。ネミュス解放軍は、工場地帯を制圧後、団地地区に侵入した」
星の標の主力は、自治区西部の農村地区住民らしく、中間の団地地区で両軍が衝突。商店街と団地が破壊され、星の標だけでなく、住民にも多数の死傷者が出た。
ネミュス解放軍は日没前に戦闘を中断し、遺体の処理を行った。
「遺族に無断で、ですか?」
「放置すれば、遺体を扉に魔物が涌き、生き残った住民に犠牲者が出る。それで魔獣化すれば、目も当てられん」
「そう……ですね。それを見越して【導く白蝶】学派の協力者も連れて行ったんですね?」
「そのようだな。翌朝にはウヌク・エルハイア将軍が現地入りした」
ルベルは息を呑み、ラズートチク少尉を見た。上官は淡々と続ける。
「司祭らの証言によると、将軍は、クリュークウァ支部長カピヨーが兵を動かしたことを知らなかったらしい」
「えっ? カピヨーと言う人の独断だったんですか?」
「うむ。将軍自身もそう主張して、二日目の戦闘をやめさせ、区長と交渉した」
交渉の結果は、国営放送リストヴァー支局が放送し、自治区民に周知された。
ラズートチク少尉がポケットからタブレット端末を取り出してつつく。
「放送の録音テープを更に録音した。音質は悪いが、お前も内容を頭に叩き込んで、次に備えよ」
ルベルの反応を待たず、音声が再生された。
若い男性の声が告げる。
「リストヴァー自治区のみなさんにお知らせします。星の標とネミュス解放軍の戦闘は、終了しました。繰り返します」
「誰の声か知っているか?」
「いえ」
少尉が音声を止める。
「FMクレーヴェルのDJレーフだ。クーデター後、行方不明だった」
「えっ? じゃあ、解放軍の仲間になってたんですか?」
「彼は力ある陸の民で主神派だ。自主的に行動を共にしたのか、政府軍に対する人質として自治区の戦闘に連れて行かれたのか、現時点では不明だ」
「今も解放軍の所に居るんですか?」
「その後、再び行方不明だ」
少尉が音声を再生する。
年配の男性が落ち着いた声で原稿を読み上げる。
「星の標とネミュス解放軍が、自治区内で和平交渉を行いました。リストヴァー自治区側からは区長、西教区、東教区の司祭、星道の職人が、ネミュス解放軍側はウヌク・エルハイア将軍、今作戦の指揮官カピヨーらが参加しました」
「この声は、自治区の国営放送アナウンサーだ」
再び若者……FMクレーヴェルのDJレーフの声が告げる。
「交渉で決まったことをお伝えします。星の標リストヴァー支部は、武装解除すること。星の標団員は、聖職者用の聖典を全ページ読むこと。同支部長は、キルクルス教団を通じるなど何らかの手段で、ネモラリス領内の他の支部にテロ行為の中止を呼び掛けること」
「ネミュス解放軍は、この戦闘によって生じた瓦礫の撤去を直ちに行うこと。自治区外へ逃れた区民の帰還を助けること。自治区側が要求する救援物資を速やかに調達し、公平に分配すること」
年配のアナウンサーが、必要な物資の一覧を淡々と読み上げた。
続いて、DJレーフが告知する。
「負傷者の方は、東地区の教会へお越し下さい。治療を行います。自治区と救急協定を締結したゼルノー市立中央市民病院の呪医が、治療を担当します。対象は怪我だけで、病気は診ていただけませんので、ご注意下さい」
「治療の費用は全てネミュス解放軍が負担します。お怪我をなさった方は、安心して治療を受けて下さい。救急協定締結の際、司祭様が信仰上のお許しを与えて下さっています。信仰上、なんら問題ありませんので、安心して治療を受けて下さい」
年配のアナウンサーが何度も念を押した後、DJレーフが救援物資の配布場所を読み上げる。
再び自治区のアナウンサーに代わり、店舗や自宅を喪った者に避難所の案内をした。
そこで音声が終わり、ラズートチク少尉がルベルに向き直った。
「解放軍が何故、星の標に聖典を読ませるか、わかるか?」
「いえ、不勉強で申し訳ございません」
「異端だからだ。キルクルス教本来の教えは、三界の魔物の再来を招きかねない【深淵の雲雀】学派、気象などに大きな変化をもたらす【雪読む雷鳥】学派、破壊をもたらす【急降下する鷲】学派などを“悪しき業”として禁じたが、他はそうでもない」
初耳だ。
言葉の意味はわかるが、内容の理解を心が拒む。
ラズートチク少尉は面白そうに笑った。
「それどころか、教会建築は【巣懸ける懸巣】、司祭の衣や祭衣裳は【編む葦切】、祭の舞は【踊る雀】で、祈りの詞の多くは呪文を共通語訳したものだ」
魔装兵ルベルは、声もなく上官を見詰めた。
☆待機命令を受け、すっかり退屈した魔装兵ルベル……「0945.食下がる少年」参照
※ 救援物資の配布などは戦闘の前後……「912.運び屋の仕事」~「915.救援物資配布」参照
※ ネミュス解放軍のリストヴァー自治区襲撃作戦……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照
※ 教会へ避難……「896.聖者のご加護」「897.ふたつの道へ」「899.教会の避難民」「900.謳えこの歌を」「904.逆恨みの告口」「914.生き延びた朝」参照
※ クブルム山脈へ避難……「898.山路の逃避行」「901.外部との通信」~「903.戦闘員を説得」「906.魔獣の犠牲者」参照
※ 自治区側と解放軍側の交渉……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」参照
※ クーデター発生時のDJレーフ……「614.市街戦の開始」参照
※ クーデター後、「行方不明」のDJレーフ……「660.ワゴンを移動」~「663.ない智恵絞る」参照
☆その後、再び行方不明……移動販売のトラックに合流「0937.帰れない理由」参照
☆気象などに大きな変化をもたらす【雪読む雷鳥】学派……「309.生贄と無人機」参照
☆教会建築は【巣懸ける懸巣】……「432.人集めの仕組」参照
☆祭の舞は【踊る雀】……「433.知れ渡る矛盾」「554.信仰への疑問」「555.壊れない友情」「559.自治区の秘密」「861.動かぬ証拠群」参照
☆司祭の衣や祭衣裳は【編む葦切】……「555.壊れない友情」「559.自治区の秘密」「860.記された呪文」「861.動かぬ証拠群」参照




