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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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979/3506

0955.ラジオの録音

 ようやく、ラズートチク少尉がランテルナ島の宿に戻った。

 「ネミュス解放軍が、自治区の星の(しるべ)を滅ぼした」

 「えっ?」

 地下街チェルノクニージニクでの待機命令を受け、すっかり退屈した魔装兵ルベルは、上官の短い報告に言葉が出なかった。


 「リストヴァー自治区を襲撃し、現地の星の(しるべ)を壊滅させた後、戦闘の巻き添えで負傷した住民の治療や瓦礫の撤去、救援物資の配布などを行い、自治区民を懐柔して引き揚げたようだ」

 「あのネミュス解放軍が、キルクルス教徒を懐柔……ですか?」

 ルベルの驚きにラズートチク少尉は淡々と応じた。

 「そうだ。区長が解放軍の引き揚げ後、政府軍に救援と今後の防衛を要請した」


 ……キルクルス教徒の区長が泣きついてくるって、どんだけやられたんだ?


 疑問が顔に出たらしく、ラズートチク少尉は苦笑交じりに教えてくれた。

 「現地調査の結果、解放軍はゼルノー市と接する正門から侵入、検問所の部隊を殲滅(せんめつ)し、外部との通信を遮断した」



 最初の戦場は、東岸の工場地帯。

 星の(しるべ)は銃火器で応戦したが、ネミュス解放軍側は【鎧】を纏った元騎士や元軍人が中心の編成で、負傷者は出たものの死者はなし。迎撃した星の(しるべ)は、積み荷に紛れて密輸した武器で戦ったが、多数の死傷者を出した。


 戦闘に巻き込まれた工場で火災が発生。化学物質が漏洩し、有毒ガスが発生した。星の(しるべ)ではない工員や周辺住民が多数、教会やクブルム山脈まで避難した。



 「えっ? 力なき民しか居ないのに山へ逃げたんですか?」

 「(たきぎ)や木の実を採る為、クブルム街道を発掘していたそうだ。現地を確認したところ【魔除け】の敷石が清掃され、地脈の力を使って正常に動作していた」

 ルベルは何度目になるかわからない驚きを口にした。

 「キルクルス教徒なのに、魔法で護られた道を通るんですか?」

 「あれがどんな道か知らんのではないか? だが、少なくとも敷石が目印になり、迷わず自治区に帰れる」

 「そう言うことですか」

 「そうだろう。ネミュス解放軍は、工場地帯を制圧後、団地地区に侵入した」



 星の(しるべ)の主力は、自治区西部の農村地区住民らしく、中間の団地地区で両軍が衝突。商店街と団地が破壊され、星の(しるべ)だけでなく、住民にも多数の死傷者が出た。

 ネミュス解放軍は日没前に戦闘を中断し、遺体の処理を行った。



 「遺族に無断で、ですか?」

 「放置すれば、遺体を扉に魔物が涌き、生き残った住民に犠牲者が出る。それで魔獣化すれば、目も当てられん」

 「そう……ですね。それを見越して【導く白蝶】学派の協力者も連れて行ったんですね?」

 「そのようだな。翌朝にはウヌク・エルハイア将軍が現地入りした」

 ルベルは息を呑み、ラズートチク少尉を見た。上官は淡々と続ける。

 「司祭らの証言によると、将軍は、クリュークウァ支部長カピヨーが兵を動かしたことを知らなかったらしい」

 「えっ? カピヨーと言う人の独断だったんですか?」

 「うむ。将軍自身もそう主張して、二日目の戦闘をやめさせ、区長と交渉した」


 交渉の結果は、国営放送リストヴァー支局が放送し、自治区民に周知された。


 ラズートチク少尉がポケットからタブレット端末を取り出してつつく。

 「放送の録音テープを更に録音した。音質は悪いが、お前も内容を頭に叩き込んで、次に備えよ」

 ルベルの反応を待たず、音声が再生された。



 若い男性の声が告げる。

 「リストヴァー自治区のみなさんにお知らせします。星の(しるべ)とネミュス解放軍の戦闘は、終了しました。繰り返します」


 「誰の声か知っているか?」

 「いえ」

 少尉が音声を止める。

 「FMクレーヴェルのDJレーフだ。クーデター後、行方不明だった」

 「えっ? じゃあ、解放軍の仲間になってたんですか?」

 「彼は力ある陸の民で主神派だ。自主的に行動を共にしたのか、政府軍に対する人質として自治区の戦闘に連れて行かれたのか、現時点では不明だ」

 「今も解放軍の所に居るんですか?」

 「その後、再び行方不明だ」

 少尉が音声を再生する。



 年配の男性が落ち着いた声で原稿を読み上げる。

 「星の(しるべ)とネミュス解放軍が、自治区内で和平交渉を行いました。リストヴァー自治区側からは区長、西教区、東教区の司祭、星道の職人が、ネミュス解放軍側はウヌク・エルハイア将軍、今作戦の指揮官カピヨーらが参加しました」

 「この声は、自治区の国営放送アナウンサーだ」


 再び若者……FMクレーヴェルのDJレーフの声が告げる。

 「交渉で決まったことをお伝えします。星の(しるべ)リストヴァー支部は、武装解除すること。星の(しるべ)団員は、聖職者用の聖典を全ページ読むこと。同支部長は、キルクルス教団を通じるなど何らかの手段で、ネモラリス領内の他の支部にテロ行為の中止を呼び掛けること」

 「ネミュス解放軍は、この戦闘によって生じた瓦礫の撤去を直ちに行うこと。自治区外へ逃れた区民の帰還を助けること。自治区側が要求する救援物資を速やかに調達し、公平に分配すること」

 年配のアナウンサーが、必要な物資の一覧を淡々と読み上げた。


 続いて、DJレーフが告知する。

 「負傷者の方は、東地区の教会へお越し下さい。治療を行います。自治区と救急協定を締結したゼルノー市立中央市民病院の呪医(じゅい)が、治療を担当します。対象は怪我だけで、病気は診ていただけませんので、ご注意下さい」


 「治療の費用は全てネミュス解放軍が負担します。お怪我をなさった方は、安心して治療を受けて下さい。救急協定締結の際、司祭様が信仰上のお許しを与えて下さっています。信仰上、なんら問題ありませんので、安心して治療を受けて下さい」

 年配のアナウンサーが何度も念を押した後、DJレーフが救援物資の配布場所を読み上げる。

 再び自治区のアナウンサーに代わり、店舗や自宅を喪った者に避難所の案内をした。



 そこで音声が終わり、ラズートチク少尉がルベルに向き直った。

 「解放軍が何故、星の(しるべ)に聖典を読ませるか、わかるか?」

 「いえ、不勉強で申し訳ございません」

 「異端だからだ。キルクルス教本来の教えは、三界(さんかい)の魔物の再来を招きかねない【深淵(しんえん)雲雀(ヒバリ)】学派、気象などに大きな変化をもたらす【雪読む雷鳥(ライチョウ)】学派、破壊をもたらす【急降下する(ワシ)】学派などを“()しき(わざ)”として禁じたが、他はそうでもない」


 初耳だ。

 言葉の意味はわかるが、内容の理解を心が拒む。


 ラズートチク少尉は面白そうに笑った。

 「それどころか、教会建築は【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】、司祭の衣や祭衣裳は【編む葦切(ヨシキリ)】、祭の舞は【踊る雀】で、祈りの(ことば)の多くは呪文を共通語訳したものだ」


 魔装兵ルベルは、声もなく上官を見詰めた。

☆待機命令を受け、すっかり退屈した魔装兵ルベル……「0945.食下がる少年」参照


※ 救援物資の配布などは戦闘の前後……「912.運び屋の仕事」~「915.救援物資配布」参照

※ ネミュス解放軍のリストヴァー自治区襲撃作戦……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照

※ 教会へ避難……「896.聖者のご加護」「897.ふたつの道へ」「899.教会の避難民」「900.謳えこの歌を」「904.逆恨みの告口」「914.生き延びた朝」参照

※ クブルム山脈へ避難……「898.山路の逃避行」「901.外部との通信」~「903.戦闘員を説得」「906.魔獣の犠牲者」参照

※ 自治区側と解放軍側の交渉……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」参照


※ クーデター発生時のDJレーフ……「614.市街戦の開始」参照

※ クーデター後、「行方不明」のDJレーフ……「660.ワゴンを移動」~「663.ない智恵絞る」参照

☆その後、再び行方不明……移動販売のトラックに合流「0937.帰れない理由」参照


☆気象などに大きな変化をもたらす【雪読む雷鳥】学派……「309.生贄と無人機」参照


☆教会建築は【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】……「432.人集めの仕組」参照

☆祭の舞は【踊る雀】……「433.知れ渡る矛盾」「554.信仰への疑問」「555.壊れない友情」「559.自治区の秘密」「861.動かぬ証拠群」参照

☆司祭の衣や祭衣裳は【編む葦切(ヨシキリ)】……「555.壊れない友情」「559.自治区の秘密」「860.記された呪文」「861.動かぬ証拠群」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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