0954.献花台の言葉
ルフス神学校の正門を入ってすぐの前庭には、大きな献花台があった。
山積みの白い花束に無数のメッセージカードが挿さる。テロの犠牲になった神学生への追悼、平和を呼び掛ける言葉、聖典の一節をそのまま書き写したカード、“悪しき業”を用いるテロリストに復讐せよと無責任に煽る呼掛けなど、好き勝手な言葉が溢れる。
ロークは、左端に小さな花束を置き、祈るフリをした。
ゆっくり右端へ歩きながら、花束から顔を出す言葉をひとつひとつ読み取る。
亡くなった神学生の名を書いたのは、身内や友人、出身地の教区を担当する聖職者だ。中には「カークツス君、ずっと好きでした」と彼の生前に告げられなかった想いを打ち明けるものまである。
……カークツス君も亡くなったのか。
新聞の重傷者一覧に名が挙がり、ロークが病院を探りに行った時には面会謝絶だった。
短期間とは言え、共に机を並べて学んだ同級生の訃報に接しても、心が痛まない。ロークは己の薄情さを自嘲して、花束に添えられたカードを一枚ずつ読んだ。
薄いコートのポケットに手を入れ、右手には平和を祈る声、左手は復讐や怨嗟の声を指折り数える。
ソルニャーク隊長に教えてもらったハンドサインだ。指の折り方で一から三十一までを片手で表せる。三十一まで行けば、左右に一枚ずつ入れたレシートを折り、後で折り目と指の形で計算する。
どの途、テロから日数が経って、傷んだ花束は片付けられた後だ。他の花束に埋もれたカードを引っ張り出してまで見る訳にもゆかない。
わざわざカードにメッセージを認め、花束を買って神学校に足を運ぶ「行動力のある者」のおよその数と、大まかな意見を把握できればいい。
場所柄、聖句をそのまま書き写したカードや決まり文句の追悼文が多い。怒りに満ちた言葉は異彩を放ち、一際目を引いた。
良識ある遺族やルフス神学校の関係者が、報復の呼掛けを苦々しく思っても、テロの犠牲者を悼む花束と共に置かれたのでは、撤去するのは難しいだろう。
体感では、祈りが五、復讐が二、その他個人的なメッセージが三くらいだった。
献花台の右には募金箱付きの献灯台が設けられ、幾許かの寄付によって灯された蝋燭が、黒い風除け板に囲われて星々のように瞬く。春の風は穏やかで、小さな祈りの灯を揺らしても、吹き消すことはなかった。
献灯台の右隣には、急拵えの掲示板が五枚並ぶ。
この度の卑劣なテロによって犠牲になられた聖職者並びに前途ある神学生諸君の魂の平安と、負傷された方々の一日も早い回復をお祈り申し上げます。
献灯された蝋燭の収益は、テロで負傷した方々の医療費に充てられます。
傷んだお花は順次、処分致しますが、皆様の祈りと心が籠められたカードは、引き続きこちらに掲示させていただきます。
個人宛のメッセージにつきましては、来月の末頃、ご遺族または入院中のご本人にお渡しする予定です。
共に聖なる星の道を歩み、この困難に立ち向かいましょう。
星の標ルフス支部一同
掲示板の脚に付けられた説明には、支部のメールアドレスと星の標公式サイトのURLも書いてある。
ロークは手帳に花束の祈りと怨嗟の数をメモし、星の標の連絡先も書き留めた。
掲示板には、回収した日別で貼ってあるらしい。
初期のカードは、必ず仇を討つ、悪しき業を用いるネモラリスの者共を滅ぼすなどと物騒な言葉が大半を占め、日を追う毎に祈りの言葉が増えてゆく。
……まぁ、早い段階で献花できんのって、神学生や保護者だろうからなぁ。
祈りよりも、怒りや憎しみが先に立ってしまうのは、ロークにも痛い程よくわかる。
チスたちの仇を討つ為に武闘派ゲリラと共に戦闘訓練を受け、アクイロー基地襲撃作戦に加わって、たくさんの部屋に手榴弾を投げ込んだ。何人のアーテル兵が居て、どれだけロークの手で爆殺できたのかわからない。
……これ書いた奴らの何人が星の標に資金援助して、何人が星の標に参加したり、正規軍の志願兵になるんだろう?
具体的な行動は起こさないまでも、インターネット上でネモラリスや魔法使いへの報復を呼掛け、戦意を煽り続ける者は、既に数えきれないくらい居た。
アーテル政府の情報統制のせいもあるが、新聞や雑誌の世論調査では、ネモラリスとの徹底抗戦を支持する意見が八割を越える。
アーテルの政治家や、政府高官に平和を望む者が居ても、声を上げ難い。いや、下手を打てば、和平案の策定を話題に出しただけで失脚する恐れさえあった。
……アーテルの世論誘導、ラゾールニクさんたちが何かやってるみたいなコト言ったらしいけど、あれってどうなったのかな?
いつだったか呪医から聞いた話を思い出した。
仮にそれが効果を表しつつあったとしても、魔哮砲の正体の露見や、神学校の爆弾テロで台無しになったかもしれない。
ロークは掲示板のカードも読み、祈りと復讐、その他の数を書き留めた。印象的な内容は、後で落ち着いて書くことにして、礼拝堂へ向かう。
警官が立入禁止のテープを巡らせ、実況見分を続けるが、軍の重機などは撤収済みだ。瓦礫の山は救助の為に動かされただけで、警察の捜査が終わるまで片付けられないらしい。
一般人が接近しても咎められなかった。
テープの外で跪き、祈りを捧げる人が数人見える。
アーテル共和国の報道では、ネモラリス憂撃隊がアーテル軍の基地から爆弾を盗んでテロに使用したとあり、一部の新聞は軍の失態を糾弾していた。
ロークはテープの外をゆっくり歩き、瓦礫の様子を観察する。
日の当たらない部分で雑妖が蠢いた。
コンクリートや漆喰は破壊されたが、ベンチなどの木材は燃えた痕跡がない。
ヂオリートは獅子屋で、ネモラリス憂撃隊を手引きして下見させたと言った。実際の犯行はあっという間の出来事だった、とウルサ・マヨルが病床で証言した。
憂撃隊に加わったと言う元軍人と建築の専門家は、かなり優秀な人物らしい。プラスチック爆弾は、専門知識がなければ的確に爆発させられないことくらい、ロークでも知っている。
手榴弾らしき物も併用したのは、遺体の回収を難しくして、魔物が涌くのを狙ったのだろう。
瓦礫の影と言う影から雑妖が外を窺う。
流石にテロから日数が経ち、床に残った防護の術も失効したらしい。
ロークはしゃがんで瓦礫の隙間を覗き込んだ。
「どうされました?」
捜査官に声を掛けられ、仕方ないなと言う風を装って立ち上がる。
「高等部のヂオリート君だけ、行方不明だってニュースで見て……ひょっとして、まだ埋まってるのかなって……」
「失礼ですが、どう言ったご関係ですか? 学生さんの行方に何かお心当たりは?」
狙い通り、捜査官は食いついた。
「いえ、あの、知り合いって言っても、カクタケアのファンフォーラムでちょっと遣り取りしただけなんで、プライベートとかは全然……刑事さん、どうしてまだみつからないのに軍の重機とか警察犬とか、引き揚げちゃったんですか?」
捜査官は瓦礫に視線を向けた。
「少なくとも、ここには居ません。前日から体調不良で、テロの日の礼拝は欠席して寮に居たからです」
「テロが怖くて実家に帰っちゃったとか?」
ロークが愚かなフリで聞くと、捜査官は侮蔑混じりの苦笑を向けた。年配の彼にとって、社会人にもなってティーン向けの小説を読み、ファンフォーラムにまで出入りする若者はコドモ同然らしい。
「それなら、行方不明とは言いませんよ」
「あ、そ、そうですね」
早く仕事に戻りたそうに、型通りの説明をする。
「何か少しでも手掛かりがありましたら、警察にお知らせ下さい。サイトに専用の通報フォームが設置されました」
「何でも? 彼がおうちの人に内緒で立ち寄りそうなとこって、カクタケアの聖地くらいしか心当たりないんですけど」
「報道発表でも言ったように、テロリストに誘拐された可能性も含めて捜査中です。行方不明後の噂など、些細なことで結構ですので、よろしくお願いします」
同僚に呼ばれ、捜査官はロークの返事を待たずに走って行った。
☆テロの犠牲になった神学生……「869.復讐派のテロ」参照
☆ロークが病院を探りに行った時……「907.同級生の被害」~「910.身を以て知る」参照
☆面会謝絶……「908.生存した級友」参照
☆チスたちの仇を討つ為に武闘派ゲリラと共に戦闘訓練……「0034.高校生の嘆き」「257.身を焼く後悔」「379.手の届く機会」「380.罪滅ぼしの力」「408.魔獣の消し炭」参照
☆アクイロー基地襲撃作戦……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆世論調査では、ネモラリスとの徹底抗戦を支持する意見が八割……「803.行方不明事件」「868.廃屋で留守番」参照
※ 因みに、ネモラリス共和国側の戦意は低い「278.支援者の家へ」
☆アーテルの政治家や、政府高官に平和を望む者……「868.廃屋で留守番」参照
☆アーテルの世論誘導、ラゾールニクさんたちが何かやってる……「291.歌を広める者」参照
☆魔哮砲の正体の露見……「580.王国側の報道」「581.清めの闇の姿」参照
☆報道では、ネモラリス憂撃隊がアーテル軍の基地から爆弾を盗んでテロに使用……「910.身を以て知る」参照
☆ヂオリートがネモラリス憂撃隊を手引きして下見させた……「924.後ろ暗い同士」参照
☆ウルサ・マヨルが病床で証言……「908.生存した級友」「909.被害者の証言」参照




