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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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0953.怪しい黒い影

 ロークは、ルフス神学校のテロ現場で、魔物が涌かなかった理由に気付いた。


 ……スキーヌム君が言ってた「特別な司祭」が、お祈りのフリして【魔除け】や【退魔】を掛けたんだろうな。


 そもそも、礼拝堂には【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の護りの呪文が刻んであった。

 スキーヌムが神学校に居た間は確実に魔力が供給され、彼以外にも「無自覚な力ある民」が居れば、少なくとも【魔除け】は発動する。

 礼拝堂の崩壊後、どの程度、術の効力が持続したか不明だが、遺体から魔物が涌かなかったのは不幸中の幸いだ。



 長距離バスが、アーテル共和国の首都ルフスのターミナルで停車する。

 ロークは降り際、ミラーに映った自分の顔が別人であることを確認して、タクシー乗り場へ向かった。

 「ルフス神学校に一番近い花屋さんへ」

 行き先を告げると、運転手は沈痛な面持ちで頷いて発車した。


 カーラジオのニュースが大司教殺害事件の続報を流す。

 捜査には進展がなく、コメンテーターの意見はテロリストの犯行一色だ。


 ……警察は、ポーチカさんとヂオリート君が行方不明なの、把握してるだろうけど。


 二人の失踪をこの事件と絡めて発表すれば、大司教との関係について推測されてしまう。下衆(ゲス)勘繰(かんぐ)りが最も真相に近いなどと、万にひとつも漏らせない。

 教団の圧力によって表向きはテロリストのせいにして、水面下で二人を追っているのか、本当に何の手掛かりも得られず、発表通り軍に対応を(ゆだ)ねようとしているのか。報道だけではわからなかった。



 今日のロークは、背広姿で伊達眼鏡を掛け、ビジネスバッグを持って新人会社員を装う。クロエーニィエ店長の伝手(つて)で架空の名刺も用意した。

 後でフィアールカに請求する為、名刺を見せて領収証を切らせる。

 「一条の光が闇を拓きますように」

 運転手の祈りに送り出され、タクシーを降りた。


 思った通り、花屋の店頭には、弔問客用の小さな花束が揃えてある。一束買い、同じ花束を持つ人々の後について神学校へ向かった。


 主婦らしき三人組が歩道の幅いっぱいに広がり、噂話をしながらゆっくり歩く。いつもなら、邪魔な先行者に苛立つところだが、今日のロークはつかず離れずの距離を保って三人の話に耳を澄ました。


 「ホント、怖いわよねぇ」

 「早く犯人捕まらないかしら?」

 「相手は()しき(わざ)を使うテロリストよ? 警察じゃムリよ」


 これだけでは、どちらの事件かわからない。


 「あー、そうよねぇ。やっぱり、軍の特殊部隊の人じゃなきゃ」

 「カクタケアみたいな?」


 ロークは少し驚いたが、表情を変えず、高級住宅街の掃き清められた石畳の歩道を歩く。


 ……子供がファンだったら、親も一緒にハマったりするのかな。


 「そうそう。あぁ言う特別な力を持った軍人じゃないとムリよ」

 「そうよねぇ。この間、親戚に聞いたんだけど、この辺、出るそうよ」


 右端の一人が声を低めると、残る二人が気味悪そうに顔を向けた。


 「何が?」

 「この近くに幽霊屋敷って言われてる空家があるの、知ってる?」

 「あぁ、ずっと昔、一家惨殺事件があったって言う豪邸?」



 ルフス神学校の門が見えてきた。報道陣の姿はない。警備員と星の(しるべ)の旗を持つグループが、弔問客を誘導する。

 人が増えても、主婦たちはお構いなしに話を続けた。


 「まだ取り壊してなかったの?」

 「私らが子供の頃の事件よね?」

 「そうよ。でね、そのお屋敷、まだあって、そこに黒い影が出たんですって」

 「黒い影?」

 「幽霊? 冗談でしょ?」


 後の二人が明らかに引いたが、右の主婦は構わず続けた。


 「人の形してなくて、ぐにゃぐにゃした気味の悪い影が、誰も居ない窓辺を行ったり来たり……」

 「光の加減で庭木の影がそんな風に見えただけなんじゃないの?」

 右の主婦は首を横に振った。

 「親戚は、風もないのに影だけがぐにゃぐにゃ動いたから、ギョッとしたって」 

 「失礼します。そのお話、少し詳しくお聞かせ願えませんか?」

 若い女性が主婦に歩み寄り、声を掛けた。黒いスーツをきっちり着こなした上から、星の(しるべ)の腕章を巻いてある。

 決して威圧的な物言いではなかったが、三人は、どことなく軍人を思わせる雰囲気に気圧されたらしく、固まってしまった。


 年配の男性が横から口を挟む。

 「失礼しました。奥様方を咎めたのではなく、本当にそのお話を詳しくお伺いしたいのですよ」

 春の日向のように柔和な笑顔で、主婦の緊張が解ける。彼も、黒い背広に星の(しるべ)の腕章を着けていた。

 「あの、でも、親戚の見間違いかもしれませんし……」

 「見間違いでしたら、危険なモノは居なかったということで、大変喜ばしいことです」

 「我々が現地を確認し、必要があれば、陸軍の対魔獣特殊作戦群に出動を要請します」

 雰囲気は、若い女性自身が特殊部隊の一員に見えたが、違うらしい。


 主婦は、冬に湖面を吹き渡る北風のような厳しい声に萎縮しながらも、他の二人に見守られて説明した。

 「新年に集まった時、親戚から聞いただけで、私は何も見てないんですよ」

 「それで結構です」

 冷たい声で逃げ道を塞がれ、主婦は渋々話し始めた。

 「この近くに、昔から幽霊屋敷って呼ばれてる空家があるんですけど、ご存知ですか?」

 「はい。二十年ばかり前にイヤな事件があったお屋敷ですよね?」

 年配の男性が笑顔を引っ込めて言うと、主婦は頷いて続けた。


 ロークは、校門の前で祈りを捧げるフリで、彼らの話に耳を傾ける。


 「暮れにそのお隣のおうちに用があって、前を通りかかったら、誰も住んでないのに窓辺で何かが動くのが見えて、思わず立ち止まってしまったんだそうです」

 「年末と言うのは、昨年のことですか? 正確に何月何日かおわかりですか?」

 主婦は、若い女性の厳しく冷たい声に身を縮めた。

 「す、すみません。その辺はちゃんと聞いてなくて、去年の暮れ、十二月の終わり頃……子供たちが冬休みに入ってからとしか……すみません」

 「そのくらいわかれば、上出来ですよ。親戚の方は何が気になって立ち止まったんです?」

 年配の男性の柔らかな声に主婦は肩の力を抜いて答えた。

 「何だかよくわからない、ぐにゃぐにゃした影が動いてたそうなんです」

 「形がですか?」

 「そう言ってました。人や動物とは全然違う……形が決まってないみたいな? 最初は木の影かと思って、歩きだしたところで、風が吹いてないのに動いてるって気が付いて、怖くなって走ってお隣のおうちに駆け込んだそうです」

 主婦は、話を聞いた時の恐ろしさを思い出したのか、自分の両肩をさすった。


 「現場の隣家の住人は、何か言っていましたか?」

 「いえ、私も親戚に聞いてみたんですけど、お隣さんは事件以来、怖くてそちら側の窓はずっと閉めてるそうなので……」


 ……何で星の(しるべ)が、おばちゃんの噂話にこんな食いつくんだ?


 しかも、よくある子供騙しの怪談話的な内容で、ヤマもオチもない。


 いつまでも祈るフリを続けられず、主婦の話が神学校のテロに移ったところで再び聖印を切り、ロークは校門を潜った。

☆スキーヌム君が言ってた「特別な司祭」……「810.魔女を焼く炎」参照

☆礼拝堂には【巣懸ける懸巣】学派の護りの呪文が刻んであった……「763.出掛ける前に」参照

☆ミラーに映った自分の顔が別人であることを確認……「847.引受けた依頼」参照

☆大司教殺害事件……「870.要人暗殺事件」「925.薄汚れた教団」参照

☆軍の特殊部隊の人/カクタケア……「764.ルフスの街並」「794.異端の冒険者」参照

☆一家惨殺事件があったって言う豪邸……「836.ルフスの廃屋」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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