0952.復讐に歩く涙
今回は、爆弾テロの現場になったルフス神学校を中心に情報収集する。
神学生ヂオリートの発言を確認する為だ。上手く言い包めて、スキーヌムは置いて行く。
……足手纏いだもんなぁ。
ロークは呪符屋の店主ゲンティウスに頼み、数日間まとまって情報収集する許可を得た。アーテルの首都ルフスで本格的に活動するのは久し振りだ。
先週――再会の翌日、獅子屋で待ち合わせたが、神学生ヂオリートは姿を現さなかった。
ロークたちは宿や勤め先を明かさず、ヂオリートの宿はスキーヌムしか地図を見ていないので、連絡の取りようがない。
ロークは仕方なく、一人で“郭公の巣”へ行った。
彼はロークたちの宿から遠い所で泊まっているらしく、別れてから全く姿を見ない。だが、あの様子では、実家にも神学校にも二度と戻らないだろう。
運良く従姉のポーチカと再会できれば、彼女が説得して実家に帰らせるかもしれないが、ヂオリートの話を聞いた限り、無事な「ポーチカ自身」と会える可能性はゼロに近い。
奇跡でも起きれば別だが、彼らが信じる聖者キルクルス・ラクテウスは「力なき聖者」と揶揄される存在だ。
ロークは魔法の道具屋“郭公の巣”のクロエーニィエ店長にヂオリートから聞いた「人肌くらいにほんのり温かいのに背筋が寒くなる赤い結晶」に心当たりがないか聞いてみた。
元ラキュス・ラクリマリス王国軍の騎士が、難しい顔でカウンターに身を乗り出し、無言でロークを見詰める。
「そのコに寄越したのは、ゲリラのシルヴァってお婆さんなのね?」
長い沈黙の後、クロエーニィエ店長は溜め息混じりに確認した。
「そう言ってました。彼は、シルヴァさんがネモラリス憂撃隊の一員だって聞いたみたいです」
「十中八九、【魔道士の涙】でしょうね。それも、本人の死霊入り」
案の定、大変よろしくないモノだ。
「持ってると、どうなるんですか?」
「中の人が、持った人より強かったら身体を乗っ取られちゃうかもね。ゲリラだったら、もっとアーテル人を殺したいでしょうし」
クロエーニィエが、恐ろしいことをさらりと言う。
「力なき民でも、気合いでどうにか防げませんか?」
「どうかしらねぇ? 半世紀の内乱中は、欲に目が眩んだ人たちがよく乗っ取られてたわ」
「でも、いっぱい回収して、売り飛ばしてた人も居ますよね?」
ロークは、国営放送ゼルノー支局長らの自慢話を思い出した。そうやって財を成し、彼のように地位を買った者や会社を興した隠れキルクルス教徒は、ロークが知るだけでも十人を下らない。
「それはあれよ。素手で触らないようにトングとかで拾って【慰撫囲】の袋に入れるから」
「キルクルス教徒でも?」
「そんなコトする人が、信心深いと思う?」
「あー……」
中の人に乗っ取られたのは、うっかり素手で触れてしまった者らしい。
彼らは時と場合に応じて、「敬虔なキルクルス教徒」と「フラクシヌス教徒のフリ」を使い分け、概ね「迫害から身を守る為に信仰を偽る無力で哀れな被害者」の体で狡賢く立ち回る。
本当に信心深いキルクルス教徒なら、信仰に殉じる覚悟でリストヴァー自治区へ移住するだろう。
「聞いた限り、どっちもキルクルス教徒や教団に恨みを持ってるから、乗っ取るとかじゃなくて、意気投合しても不思議じゃないわね」
「それって……」
ポーチカと武闘派ゲリラが手を組んで、キルクルス教団に復讐するなら、今よりもっと大変なことになりそうだ。
魔力と魔術の知識を持つゲリラが、土地勘と教団との繋がりを持つ美女の姿を得て、アーテル領内でどんな行動に出るか。
「若くてキレイなキルクルス教徒の女の人が相手だったら、油断する人は多いでしょうね」
「どうすれば、ポーチカさんを助けられるんですか?」
クロエーニィエ店長は寂しげな微笑を浮かべた。
「そのポーチカってコ自身、助かりたいって思ってるかしら? 彼女にとって、どんな状態が『助かった』状態だと思う?」
ロークは言葉に詰まった。
フリルやレースたっぷりの少女趣味なエプロンドレスに身を包む逞しいおっさんは、戦いや魔法だけでなく、乙女心にも詳しいらしい。
……もし、俺がポーチカさんの立場だったら、もう色々ヤケクソになって聖職者を殺しまくって、自分も死にたい……かな。
意図せず大司教を殺してしまった件で罪悪感を抱えたなら、猶更、自分を罰する為に死にたいと思うだろう。
警察に自首すれば、ヂオリートたちの一家に迷惑が掛かる。死に場所を求め、誰も知り合いが居ない場所へ既に向かった可能性も考えられる。
「まぁ、ゲリラの死霊から解放するだけなら、【魔道士の涙】が魔力を出しきれば、なんとかなるわ」
「どうなるんです?」
「魔力が切れた【涙】は砕けて、そこに入ってた本人の魂は解放されて、輪廻の環に戻るのよ」
「そうなんですか」
……でも、ゲリラが居なくなって、ポーチカさん一人に戻って、正気でいられるのかな?
同じことを考えたのか、クロエーニィエ店長の顔色は冴えない。
「でも、【魔力の水晶】と同じで後から魔力を補充できるし、拠点に帰ったら、ゲリラの仲間が魔力を入れてくれるでしょうね」
「流石に拠点までは捜しに行けませんよ」
北ザカート市の拠点へは、移動手段がなかった。
別荘の方なら、ランテルナ島内なので歩いて行けなくもないが、行ったが最後、戻れなくなるだろう。
「まぁ、でも、魔力の充填があろうがなかろうが、あんまりにも二人の恨みが深過ぎたら、【涙】を扉にして魔物が涌いて、そのコを取り込んで魔獣になっちゃうかもしれないのよね」
クロエーニィエ店長が溜め息を吐く。
懸念通りの答えにロークも嘆息した。
「あんまり深入りしない方がいいんじゃない?」
「何もしなくても、うっかり鉢合わせするかもしれませんよ?」
「あー……よし! わかったわ。私の方でも網を張っとくから、また何かあったら来てちょうだい」
「ありがとうございます」
ロークは情報料として、自分が作った【灯】の呪符を払い、“郭公の巣”を後にした。
南ヴィエートフィ大橋を渡り、イグニカーンス市から、ルフス行きの長距離バスに乗る。シートに身を沈め、売店で買った新聞と雑誌で、神学校のテロと大司教殺害事件の続報を確認した。
崩壊した礼拝堂では、全員の救出と遺体の搬出が終わったこと、神学生が一人、テロの直前から行方不明であることが報じられている。
ロークは今日の予定を少し変更した。
☆爆弾テロの現場になったルフス神学校……「869.復讐派のテロ」参照
☆神学生ヂオリートの発言……「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照
☆獅子屋で待ち合わせた……「925.薄汚れた教団」参照
☆国営放送ゼルノー支局長らの自慢話……「129.支局長の疑惑」参照
☆【慰撫囲】の袋……「512.後悔と罪悪感」参照
☆意図せず大司教を殺してしまった件……「870.要人暗殺事件」「925.薄汚れた教団」参照
☆魔力が切れた【涙】は砕けて……「0001.半世紀の内乱」参照




