0951.魔法の必要性
「えーっと……俺にも、まだ、何をどうすれば戦争を終わらせられるか、わかりません」
クルィーロが正直に言うと、集会所に居合わせた住民とボランティアは、一様に「そらみたことか」と白けた空気を纏った。
「でも、だから……わからないから、何もしないんじゃなくて、考えなきゃいけないと思うんです」
「この戦争を終わらす為に、色んな国の奴らが手ぇ組んで、知恵絞って頑張ってんだ」
クルィーロの言葉には反応がなかったが、メドヴェージが言うと、仮設住宅の者たちは仲間内で囁き合った。メドヴェージがその声を拾って具体的な話をする。
「アーテルに歌を届ける手段はあるし、アーテル人の中にも、戦争はヤダっつって外国に亡命して、この活動に協力してる奴らが居るんだ」
人々が目を瞠る。
「そのアーテル人は、信用できるのか?」
初老の男性が不信と疑念の入り混じった声で聞く。
「俺が会ったコトあんのは一人だけだ。そいつは信用できる」
「何で断言できるんだ?」
「アーテルのキルクルス教団の矛盾に気が付いて、やってらんねぇって国をおん出た奴なんだ」
「そんなのと、どこでどうやって知り合うんだ?」
初老の男性の疑問に、仮設住宅の住民とボランティアたちが、当然の疑問だと頷き、メドヴェージに懐疑の視線を注ぐ。
「王都だ。俺らは船でクレーヴェルに戻って来たけど、そいつはアミトスチグマに渡った」
「インターネットを使って、この戦争について世界中に向けて情報を発信して、アルトン・ガザ大陸とか世界中のキルクルス教国に揺さぶりを掛けてるんです」
クルィーロが言い添えると、疑問の声が飛んだ。
「それで何がどうなるってんだ?」
「少なくとも、その人のお陰で難民キャンプへの支援が手厚くなりました。キルクルス教国の人たちからも寄付が集まったんです」
「ホントか?」
「まぁ、ネモラリスじゃ確認できないんですけど、俺たち、ラクリマリス領に居る間に見せてもらったんで、機会があれば……」
住民たちは首を傾げながらも続きを促す。
「それに、難民キャンプのことだけじゃなくって、世界中にこの『すべて ひとしい ひとつの花』って言う平和を願う歌を広めてくれたんです」
ネモラリス共和国にはインターネットの設備がない。
新聞やラジオのニュースで「科学文明国や隣のラクリマリス王国には、そう言うものがあるらしい」とうっすら存在を聞き齧った程度で、実際どんなものか知らない者が大半だ。
わかったような、わからないような顔が二人に向けられる。
「アミトスチグマにも取材に行ってて、難民キャンプの様子とかもお伝えしますんで、この日の放送、みなさんで聞いて確めて下さいね」
この仮設は、あの老婆がラジオをねだって、少なくとも持ち主を含む数人は聞いてくれるだろう。
クルィーロたちは、公園の仮設住宅を出て、市有地の仮設へ向かった。ついでに情報を拾えるのを期待して、商店街を通る。
道行く人の中にネミュス解放軍の腕章がちらほら見え、クルィーロはげんなりした。湖の民だけでなく、陸の民も居る。
「よぉ、兄ちゃんたち」
聞き覚えのある声に辺りを見回す。
クルィーロたちがみつける前にガローフが笑顔で駆け寄ってきた。
「やっとこっち来たのか。いつまで居るんだ?」
「えーっと、さぁ? 半月になるか一カ月になるか、状況次第ですね」
「そっか。そうだな。まぁ、元気そうでよかったよ」
知り合いが一人も居ない街で心細かったのか、笑顔に混じる安堵が痛々しい。
……ちょっとした顔見知りで、共通の知り合いが居るってだけで、どこの誰だかお互いのことなんて何にも知らないのにな。
クルィーロを他所におっさん二人で盛り上がる。
「そうかそうか。仕事決まったのか。よかったなぁ」
「ありがとう。あんたらのお陰だ。今はまだ下拵えやらおつかいやら雑用ばっかだけど、その内、一端の職人になって恩返しすっから、見ててくれよな」
「あぁ、頑張れよ」
「ありがとよ。じゃ、おつかいの途中だから」
ガローフは名残惜しそうに何度も振り返り、手を振りながら人混みに紛れた。
市有地の仮設で遊んでいた子供たちに声を掛ける。
「ラジオの人が来んの?」
「放送だけだよ。それで、みんなに聞いて欲しくてお知らせして回ってるんだ」
目を輝かせた子供たちがクルィーロの説明で一気にトーンダウンする。
「自治会長さんに会わせてくんねぇか?」
小学校低学年くらいの子供らは、一斉に「知らない」と首を横に振った。
「仮設住宅の偉い人がわかんなかったら、集会所を教えてくれる? ボランティアの人に頼んでみるから」
「今、魔法のお勉強会してるから、邪魔しちゃダメなんだよー」
金髪の男の子にメドヴェージが苦笑する。
「坊主たちゃ、お勉強しなくていいのか?」
「どうせ【水晶】なかったらできないもん」
男の子たちが頷き、女の子二人が顔を見合わせて同意する。
「魔法じゃラジオ聞けないもんねー」
「ねー」
この八人は力なき民らしい。
クルィーロは屈んで子供らに視線を合わせ、魔法のマントの裾をひらりと振ってみせた。
「俺は力ある民だけど、小さい頃、魔法の勉強が面倒臭くて塾をサボってばっかいたんだ」
「今は便利な物がいっぱいあるから、魔法なんか使えなくたって、ちっとも困んないもんねー」
「ねー、別にいいよねー」
「お兄さんも大丈夫だよね?」
少し年嵩の男の子がクルィーロに同意を求める。
「俺もそう思ってたんだけどね。戦争が始まってから、スゲー後悔したよ」
「なんで?」
「空襲の火に巻かれた時も、夜、雑妖の集団に囲まれた時も、橋が落ちた運河を渡る時も、ちゃんと魔法の勉強した人に何回も助けてもらったんだ。その人が居なかったら、何回死んでたかわかんないよ」
子供たちはクルィーロの話を神妙な顔で聞いた。
「でも、ボクたち、力なき民だから【水晶】ないと何もできないよ」
「だから、魔法なんかに頼っちゃダメなんだって」
「ボランティアのお兄さんが、魔法なしでも困んないようにって、色々教えてくれるんだよ」
子供らは少し得意げな顔で説明する。
「こないだはマッチの擦り方、教えてもらったよ」
「焚火な上手な作り方もー」
「ねー」
……まぁ、【炉】じゃ、あったまれないもんな。
「それに【魔力の水晶】は高くて買えないもん」
赤毛の女の子が俯く。
黒髪の女の子が赤毛の肩を抱いて励ました。
「電池だったら安いからいっぱい買えるし、寄付もいっぱいあるから、大丈夫よ」
「懐中電灯あったら、夜でもトイレ行けるしなぁ」
年嵩の子が言うと、他の子たちも口々に誰でも使える機械の便利さを語った。
クルィーロは、子供たちの話にざらりとしたものを感じたが、笑顔を繕う。
「そうだな。機械でも色々できるな。でも、夜に雑妖を追い払ったり、怪我をすぐ治したりって言うのは、魔法じゃないとできないよ」
「でも、私たち、力なき民だし……」
「今はまだ小さいからいいけどよ、大人ンなってから困ンぞ」
「えー……?」
メドヴェージが苦笑すると、子供たちは首を傾げ、隣と顔を見合わせた。まだまだ先の話で、全くピンとこないらしい。
クルィーロは、十歳足らずの子らにもわかりやすいように考えて口に出した。
「就職は、魔法を知ってるのと、知らないのじゃ、大違いなんだ」
「でも、ボクたち力なき民なんだよ?」
男の子がもどかしそうに「魔法使いのお兄さん」を見上げる。
「力なき民でも、呪符職人にはなれるんだ」
「ホント?」
「ホントだよ。呪符を書く人と、呪符に魔力を籠める人は別でもいいから、書く人になれるんだ」
「この街は呪符屋がいっぱいあンだろ?」
メドヴェージが言うと、子供らは仮設住宅をチラチラ振り返り、小さく頷いた。
「魔法のお勉強会って何時まで?」
「五時まで」
「そっかー。じゃあ、今日はもうムリだな。また明日出直すよ」
クルィーロとメドヴェージは子供たちに礼を言い、図書館の駐車場に停めたトラックに引き揚げた。
※ 俺が会ったコトあんのは一人だけ……ファーキルのこと。
※ 共通の知り合いが居る……湖の民の警備員ジャーニトルのこと。
☆空襲の火に巻かれた時……「056.最終バスの客」~「058.敵と味方の塊」参照
☆夜、雑妖の集団に囲まれた時……「060.水晶に注ぐ力」~「072.夜明けの湖岸」参照
☆橋が落ちた運河を渡る時……「094.展開しない軍」「095.仮橋をかける」参照




