0947.呪符泥棒再び
レノは、オバーボク市でも生活情報、主に食料品の価格調査を担当した。
葬儀屋アゴーニと二人で商店街を見て回る。
先日まで居たヤーブラカ市では、魔獣騒動でそれどころではなかったが、ここではもう少し意識して、星の標と隠れキルクルス教徒の動きも探る。
ソルニャーク隊長たちの話によると、ネミュス解放軍と星の標は、魔哮砲をどうにかする為に手を結んだらしいが、はっきり意志を示したのは、リストヴァー自治区の支部だけだ。
自治区の区長が、ネモラリス共和国内の他の支部に呼び掛けると約束したそうだが、本当に実行するか、信用できなかった。
それに、他の支部が応じるとも限らない。
「最悪の場合、裏切り者として攻撃され、その罪をネミュス解放軍になすり付ける可能性もある」
ソルニャーク隊長は、だから、他の支部の動きをきちんと把握して、必要に応じてネミュス解放軍やリストヴァー自治区に伝えられるようにしなければならない、と続けた。
レノは、とんでもないことに深入りしてしまった気がしたが、こうなってしまったからには、諦めて腹を括るしかない。開戦から、もう何度目になるかわからない決心をした。
もし、他の星の標が自治区を攻撃して、それを解放軍のせいにされたら、今度は首都クレーヴェルだけでなく、ネモラリス島全体が内戦に突入するだろう。
……もう、あんなのはイヤだ。あんなことだけは、絶対……ダメだ。
あの時の爆弾テロを思い出し、レノは身震いした。
今、自治区には政府軍が駐留している筈だが、どの程度の部隊を出してもらえたか、レノたちには情報が来ていない。
……ネーニア島の西側を守るだけでも大変なのに、東側の自治区に魔装兵を出してくれるもんなのか?
政府軍は、例の話し合いには参加していない。
区長が要請を出したからと言って、ハイそうですか、と来てくれるかどうか怪しいものだ。
……ウヌク・エルハイア将軍には、何か考えがあんのかな?
クブルム街道を東端の自治区から西端の北ザカート市まで再整備するらしいが、それと何か関係あるのだろうか。
レノの目は値札を見て、手は手帳に価格を書き込むが、頭の中は他のことでいっぱいだ。
「流石にこの辺は、魔法の道具が安いな」
「どうしてです?」
アゴーニの感心した声で、今の作業に意識を引き戻された。
「ん? ミクランテラ島からイイのが入って来るからじゃねぇか? 材料も他所より手に入りやすいから、呪符屋や道具屋もいっぱいあンだろ」
レノは通りに並ぶ看板を改めて見た。
魔法の素材屋や道具屋、呪符屋、魔法薬屋が多い。
店頭には、レノが見ても、何に使うのか全然わからない商品が所狭しと並ぶ。
「買う分にはいいけど、交換品で渡すのはキツいですね」
「そうだな。だが、まぁ、働き口はゴロゴロあらぁな」
「ガローフさん、今度こそ就職できるといいですねぇ」
仮に収入が低かったとしても、取敢えず生活できるくらいあって、毎日することができて、必要としてくれる人が居れば、再びゲリラ活動に身を投じようとは思わないだろう。
……あ、でも、ジャーニトルさんは、本社に行けば仕事できるのにそうしなかったんだよな。
彼が何故、ゲリラになったのか、今更聞けない。
レノは、明確な目的と強い意志を携え、戦いに身を投じる一般人の存在を心に刻んだ。
少なくとも、ジャーニトルの目的は復讐ではなかったようだが、あの拠点のゲリラの多くは、全てを喪い、復讐の為に武器を手にした者たちだった。
すべての者に戦いをやめさせられる万能の言葉などない。
魔法も万能ではなく、女神の遠戚であるウヌク・エルハイア将軍の力を以てしても、解放軍の暴挙を事前に止められなかった。
……やっぱ、一人ずつ地道に説得するしかないのかな。
葬儀屋アゴーニが急に足を止め、レノは肩にぶつかってよろめいた。
「おっと、すまねぇ」
「どうしたんです?」
レノはなんとか転ばずに体勢を立て直し、葬儀屋の視線の先を見た。
商店街の掲示板だ。
古紙回収のお知らせの隣に「呪符ドロボー注意」の防犯ポスターがある。
<呪符ドロボーに注意!>
最近、仮設住宅を中心に被害が続発しています。
力なき民のみなさんは、忘れずに戸締りしましょう。
不審者を見かけたらすぐ警察へ。
日付はないが、赤色の文字が少し色褪せ、かなり前から貼りっ放しらしい。
「えっ? ここも呪符泥棒出んの?」
「まだ捕まってねぇってこったな」
葬儀屋アゴーニが顔を顰め、レノも何とも言えない気持ちでこれまで通った街を思い返した。
今はもう四月も下旬を過ぎ、【耐寒符】を盗られても凍える心配はない。だが、敢えて「空襲で全てを失い、仮設住宅に身を寄せる力なき民」から盗むことに、底の知れない悪意のようなものを感じた。
「どうされました?」
男性の声に横を向く。湖の民の青年が二人居た。いつの間に傍へ寄られたのか。レノは、ネミュス解放軍の腕章にギョッとして、咄嗟に言葉が出なかった。
葬儀屋アゴーニが落ち着き払って同族の若者に答える。
「俺らは首都を離れて西回りで島を半周して来たんだ。西グラナートやら、ペルシークやら、あっちの方の街でも似たような泥棒騒ぎがあってな」
「そうなんですか?」
レノは、緑の目を丸くした二人に頷きながら、ネミュス解放軍の情報網は一体どうなっているのかと訝しんだ。
ネミュス解放軍ペルシーク支部長のコンボイールは、DJレーフとクルィーロから「他都市でも同様の犯行が多発している」と知らされたにも関わらず、周辺の支部に伝えなかったらしい。
……何か、ウヌク・エルハイア将軍が星の標と手を組んだのも、伝わってなさそうだなぁ。
「まだ捕まってねぇのかって、二人して驚いてたとこなんだ。なぁ?」
「えぇ。あの、他所の……西の方の支部の人から、あっちでも泥棒が出てるって聞いてないんですか?」
レノが思い切って聞いてみると、二人は困った顔に苦笑を浮かべた。
「俺たち、下っ端だから」
「他所はどこに支部があるかってのも、よく知らないんだ」
「えっ? そうなんですか? もっとこう……将軍の命令を伝えるのに支部同士で連絡取り合ってるんだと思ってました」
レノがとぼけて言うと、二人はバツが悪そうに頭を掻いた。
「解放軍も色々あって、本気出したら超強い元騎士とか元軍人のガチ勢と、俺らみたいな自警団が居るんだ」
「ん? するってぇと何か? ひとつの街に解放軍が二個あるってのか?」
アゴーニが首を傾げると、緑髪の青年は胸の前で片手をひらひら振った。
「あー、いえいえ、支部長さんは一人で、解放軍の支部も一個です」
「そん中で、ガチ勢と自警団に分かれてて」
「へー。中はそうなってんのかい」
「えぇ。俺ら、下っ端だし、ガチ勢の方はよくわかんないんですけど……」
「何か、部署? ……みたいな感じで、分かれてるんです」
一人が首を傾げると、もう一人が自信なさそうに言った。
「ふーん。で、オバーボクの呪符泥棒ってなぁ、まだ捕まんねぇのか?」
アゴーニが話を戻すと、二人は申し訳なさそうに頷いた。
☆ソルニャーク隊長たちの話……「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照
☆ネミュス解放軍と星の標は、魔哮砲をどうにかする為に手を結んだ……「920.自治区の和平」「921.一致する利害」参照
☆あの時の爆弾テロ……「710.西地区の轟音」参照
☆ネーニア島の西側を守るだけでも大変……「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」参照
☆ミクランテラ島からイイのが入って来る……「852.仮設の自治会」、野茨の環シリーズ 設定資料(https://ncode.syosetu.com/n3234db/)の「用語解説06.組合」「用語解説16.国々 チヌカルクル・ノチウ大陸」参照
☆仮に収入が低かったとしても、(中略)再びゲリラ活動に身を投じようとは思わないだろう……「305.慈善の演奏会」参照
☆ジャーニトルさんは、本社に行けば仕事できるのにそうしなかった……「876.警備員の道程」「877.本社との交渉」参照
☆あの拠点のゲリラの多くは、全てを喪い、復讐の為に武器を手にした者たち……「360.ゲリラと難民」「361.ゲリラと職人」参照
☆解放軍の暴挙……「893.動きだす作戦」~「916.解放軍の将軍」参照
☆呪符泥棒/これまで通った街……西グラナート市「819.地方ニュース」「820.連続窃盗事件」、ペルシーク市「831.解放軍の兵士」~「833.支部長と交渉」「848.ヤーブラカ市」、ヤーブラカ市「849.八方塞の地方」参照




