0097.回収品の分配
公園では、残った仲間たちが今夜休む場所を作った。
滑り台にトタン板を立て掛け、瓦礫で押さえる。その近くに、瓦礫を並べただけの簡単な竈ができた。
回収した物を確認する。
段ボール箱の中身は缶詰と電池、紙皿、紙コップ、使い捨てのプラスプーンだ。
水は、五百ミリリットル入りがケースで一ダース丸々ある。
電池は二本組が三セット。携帯ラジオ用のサイズだ。
断熱シートだけでなく、麻袋と段ボールも寒さを防ぐ役に立つ。
地下室から持ち出した物も使って寝床を整える。
銀色の断熱シートは、広げると大人一人が横になれる大きさだった。それが四枚ある。祖父と両親、ロークの為に用意したものだ。
段ボール箱の中身を出し、麻袋に詰め替える。
「缶詰、三十個か……」
メドヴェージが呟いた。
レノがみんなを見回して提案する。
「まず、缶詰と紙食器類を一人一個ずつ取る。で、鞄とか持ってる人はそこに入れる」
「二十個残るな」
手ぶらのクルィーロが言うと、同じく手ぶらのレノは頷いて続けた。
「麻袋は丁度五枚あるから、缶詰四個ずつと紙食器と、電池を分けて入れるのはどうかな?」
「成程。明日の朝、移動する時は段ボールも畳んで入れれば、運びやすいよな」
クルィーロが頷くと、隊長も同意した。
「リスクと重量は、なるべく分散した方がいい」
ソルニャーク隊長の言葉に子供らが首を傾げた。
「一人に全部持たせるのは、重くて運ぶのが大変だ。それはわかるな?」
子供らが頷くと、隊長は表情を和らげたが、すぐに引き締めて続けた。
「もしも、はぐれてしまったら、みんなが困るだろう? はぐれた人も大変だ」
ロークは、そう言われて初めて気付いた。
誰がどうなってしまうかわからない状況なのだ。
「一人三つずつに分けられればいいが、この缶詰は大きくて重いから、小さい子には無理だろう?」
缶詰の種類は全て同じ。二人前入りの野菜スープだ。栄養価を考えて具が多い。一缶の重量は六百グラムある。
「リスクと重量か……でも、電池だけあっても仕方ないから、それはローク君に全部持ってもらった方がいいんじゃないか?」
クルィーロが、ロークと隊長を見て言った。
「はい。このくらいなら大丈夫です」
ロークは記憶を手繰った。
大掃除で毎年入れ替えるのは、水と缶詰、電池だけだった。
消費期限のない物や長い物は、何年も箱に仕舞ったままだ。
カセットコンロ、ボンベ、懐中電灯、ラジオ、蝋燭、マッチ、ライター。他の物は、雑妖が居座っていたと言う段ボールの中にある。
あれば便利だが、命を懸けてまで取りに行く物ではない。
……戸を開けたまま来たし、他に生き残った人がみつけたら、その人に使ってもらおう。
ロークは誰かの役に立つことを信じ、その件を黙っておくことにした。
分配を終える頃には、風が冷えてきた。
「じゃあ、お魚、獲りに行きますね」
「大丈夫か? 疲れてんなら、無理せん方が……」
「大丈夫です。休憩できましたから」
気遣うメドヴェージに、薬師アウェッラーナは微笑みを返す。
公園から運河までは五分くらいだ。
護衛兼荷物持ちとして、土地勘のあるローク、ソルニャーク隊長とレノが付いて行く。クルィーロが小石に点した【灯】はロークが持った。
空襲から時間が経ったせいか、遺体はひとつも見えない。
この状況では、人間が弔いの為に回収したのではなく、魔物の餌になった可能性が高い。
そして、推測通りなら、遺体を喰らった分だけ魔物が強くなった。実体を得て魔獣化したモノも居るかもしれない。
ここ数日、全く遭遇しなかったのは僥倖だ。
昨夜、モーフたちが見たモノは気になるが、襲って来なかったなら、あまり心配する必要はないだろう。他にもっと心配しなければならないことが山積みだ。
三人が魔物や暴漢を警戒する中、アウェッラーナが【漁る伽藍鳥】学派の術で魚を獲る。
魔物が出るにはまだ明るいのか、無事に夕飯用の漁が終わった。
ロークたち四人が戻ると、留守番組は何かの作業中だった。
「よぉ。お疲れさん。ま、ちょっと休んでてくれや」
メドヴェージが手を振って迎える。
ソルニャーク隊長が作業の様子を見て言う。
「炭で焚火をするのか」
「えぇ。燃やすもんがありゃ、魔法使いさんも楽だろうってことで」
残った男たちが、尖った瓦礫で焼け残った立木を欠き割る。女の子たちは、炭を拾って竈へ運んだ。既に赤々と火が燃える。追加分を集める最中らしい。
「ちっと手は汚れるが、寒かねぇからな」
焚火のぬくもりが嬉しいのか、メドヴェージは上機嫌だ。
「んー……金網やホイルがないと、魚に炭や煤が付いちゃうんですよね」
アウェッラーナの呟きに、少年兵モーフが反応した。
「サカナ、マズくなんのか?」
「えっ? えぇ、まぁ、ちょっと苦くなりますね。それが好きな人も居ますけど……」
「じゃあ、別の竈作るから、そっちで焼いてくれよ」
モーフは言うが早いか、返事も待たずに走って行った。
「よっぽど焼魚が気に入ったみてぇだな」
メドヴェージが苦笑し、自分の作業に戻った。
ロークも滑り台の横に荷物を置いて、竈作りを手伝いに少年兵の後を追った。
☆昨夜、モーフたちが見たモノ……「0089.夜に動く暗闇」参照
☆【漁る伽藍鳥】学派の術で魚を獲る……「0045.美味しい焼魚」参照




