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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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0944.聖典の取寄せ

 「リストヴァー自治区のことなのに、ラクエウス先生へのご連絡が遅くなってしまって、すみませんでした」

 若手のクラピーフニク議員が、老国会議員の渋面を前にして、叱られた子犬のようにしょげ返る。


 自治区選出の老議員ラクエウスは、気持ちを落ち着かせようと、ひとつ大きく深呼吸した。溜め息に見えたのか、秦皮(トネリコ)の枝党の国会議員がますます身を縮める。ラクエウスは白い眉を下げた。

 「腹を立ててなどおらんよ。君たちの気遣いだとわかっておる」

 顔を上げたクラピーフニク議員にすかさず釘を刺す。

 「ただ、今後は、そのような気遣いは無用に願うよ。そんなに年寄り扱いされたのでは、気持ちまで老け込みそうだからな」

 口の端で笑ってみせると、若手は泣きそうな顔で笑った。



 アミトスチグマ王国の夏の都は、春の花が咲き乱れ、白壁の家々が画布のように彩られる。

 支援者のマリャーナ宅も例に漏れず、花壇や庭木の花々が競うように咲き揃い、窓の外が随分、賑やかになった。


 二人はコンピュータを何台も用意してもらった部屋に居る。

 いつもはファーキル少年が詰めているが、今日は街へ出て留守だ。


 気を取り直したクラピーフニク議員が、すっかり慣れた手つきでキーボードを操作し、コンピュータの大きな画面に写真を表示させた。

 「ラゾールニクさんとフィアールカさんが送ってくれた現地の現在の様子です。他にも映像と音声があります」

 「自治区の……どこだね?」

 リストヴァー自治区を隅々まで知り尽くしたラクエウス議員が、全く知らない真新しい街並だ。

 「東教区と言う所だそうです。えーっと……これかな? 大火後のインフラ整備が完了。教会や学校は再建済みで、現在は、仮設住宅や建設途中の物件がまだ多いが、住宅の復興もそこそこ進んでいる……とのことです」

 タブレット端末で報告者のコメントを確認しながら解説し、次の写真に切り替える。


 「これが、再建された東教区の教会で、フィアールカさんが届けてくれた救援物資を配布する様子です。こっちのテントは救護所で、セプテントリオー呪医(せんせい)が治療を担当して下さいました」


 呪医は昨日、アミトスチグマに戻ったばかりで、今は別室で休んでいる。

 一緒に戻った星の道義勇軍のソルニャーク隊長とFMクレーヴェルのDJレーフは、諜報員ラゾールニクが、ネモラリス島北部のヤーブラカ市に【跳躍】で送り届けた。

 運び屋フィアールカは、クブルム街道の再整備で法面(のりめん)土留(どど)め工を行う【穿(うが)啄木鳥(キツツキ)】学派の職人の手配で忙しい。


 ラクエウス議員は写真に目を()らしたが、治療を待つ人々の顔に恐れや怯えの色はなかった。

 「ふむ。まずは、教会で堂々と呪医の治療を受けられるようになっただけでも、よしとしようか」


 ネミュス解放軍を率いるウヌク・エルハイア将軍と、区長と東西の司祭、ラクエウスの姉クフシーンカが、リストヴァー自治区の代表として、今後の対応を交代で協議したと言う。

 立会人として呪医セプテントリオーと、FMクレーヴェルの局員、記録係としてラゾールニクも加わった。


 湖の民セプテントリオーは、リストヴァー自治区と救急協定を締結したゼルノー市立中央市民病院の外科部所属で、自治区の内情を知る唯一の呪医だ。ラクエウス議員も、協定の会議で何度か言葉を交わしたことがあった。

 その彼は、ウヌク・エルハイア将軍の遠戚でもあると言う。

 確かに驚きはしたが、立会人としては申し分ない人物で、初回だけとは言え、彼が同席してくれたことは幸運だったと言えよう。


 FMクレーヴェルの局員DJレーフは、ネミュス解放軍の一部が将軍に無断で兵を動かし、自治区へ進攻したとの情報を掴んだ。

 ネミュス解放軍ペルシーク支部長のコンボイールと旧知だった為、彼に知らせたところ、将軍に直接、報告させられた上、停戦の立会人として自治区へ連れて行かれたと言う。


 ……見覚えのある名だと思ったら、国営放送のアナウンサーと共に臨時放送していると言う彼ではないか。


 広いようでいて狭い世間というものを思い、ラクエウス議員は嘆息した。


 かつてバラック街であった東教区は、全く知らない街に生まれ変わった。

 写り込んだ人の中に見知った顔をみつけ、その無事に何とも言い表し(がた)い喜びと安堵、寂しさの入り混じる感慨を(いだ)く。



 クラピーフニク議員は解説を加えながら、ゆっくり写真を切り替えた。

 「先程もご説明しましたが、現地へ跳んだ支援者のみなさんは、無事です。それで、今日の夕方には、先生のお姉さんのお手紙と、司祭様の報告書、自治区民の要望を取りまとめたものが届く予定です」


 ラクエウス議員は、ひとつ気になったことを思い切って聞いた。

 「星の(しるべ)はどうなったのだね? 教会で治療を受けられるようになったと言うことは、解放軍が区長だけを残して……」

 「いえ、戦闘で死亡した人は居るそうですが、負傷者は救護済みで、現在は少人数のグループ単位で再教育を行っているそうです」

 「再教育?」

 「西教区と東教区の司祭が交代で、聖職者用の聖典を見せながら、読み聞かせるそうです。会議の後、将軍もその勉強会に加わっているそうで……」

 「ウヌク・エルハイア将軍が? 彼は絶対に改宗せんだろう」

 ラクエウス議員は苦笑した。


 ウヌク・エルハイア将軍は、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの血に連なるラキュス・ネーニア家の有力な分家筋の者だ。旧王国時代にもラキュス・ラクリマリス王国軍の要職に就いていた。

 フラクシヌス教の神々を否定する教えに傾くなど、考えられない。


 「前回の和平では道を誤ったが、キルクルス教の教義をよく知れば、今度こそ正しい道を選べるだろう……とのことだそうです。フィアールカさんからも、フラクシヌス教の神話の絵本を自治区へ送る手配を頼まれました」

 「そうか……相互理解……か」


 ラクエウス議員は、何を成すべきか目紛(めまぐる)しく頭を働かせた。(よわい)九十を越える頭脳には、これまでの知識や失敗や成功の経験をたっぷり蓄えてある。


 ややあって、老いても尚しっかり働く頭が、ひとつの案を捻り出した。


 「大聖堂に連絡して、聖職者用の聖典を取寄せよう。なるべくたくさんだ」

 「自治区に送るんですね?」

 「それもあるが、支部だ。ローク君が、所在地を割り出してくれたろう。ネモラリス共和国内にある星の(しるべ)の支部に送り付けるのだよ」

 「えぇッ?」

 クラピーフニク議員が肝を潰す。

 「流石に、差出人は誤魔化すがね。中身は聖典だ。彼らも無下には扱うまいよ」

 「えっ、あの、でも、そんな、敵に塩を送るような真似……」

 「星の(しるべ)は異端の教えだ。聖典の全文を読み、正しい教えを知れば、間違いに気付く者も出るだろう」

 「彼らが正しく解釈することに賭けるんですね?」

 クラピーフニク議員が彼なりに解釈して頷く。


 「一般信者向けの部分だけを読んでも、『魔法使いを殺せ』などとは、一行たりとも書いておらんとわかるよ」

 自治区外のネモラリス共和国民は識字率こそ高いが、キルクルス教の聖典が手に入らない。ローク少年の報告によれば、信者たちは聖者キルクルス・ラクテウスの教えを口伝(くでん)していたと言う。

 教える側の解釈や記憶違いで、この三十年の間に随分、変質してしまったことだろう。


 リストヴァー自治区では、聖典は手に入るが、貧しい人々は学校に通う(いとま)さえなく働き、学問を奨励するキルクルス教徒ばかりの割に識字率が低かった。


 彼らが聖典を曲解する懸念もあるが、その時はまた、別の手を打てばいい。

 ラクエウス議員は早速、大聖堂への依頼文を考えた。


 ▼キルクルス教の聖印

 挿絵(By みてみん)

☆君たちの気遣い……「927.捨てた故郷が」参照

☆一緒に戻った星の道義勇軍のソルニャーク隊長(中略)【跳躍】で送り届けた……「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照

☆ネミュス解放軍ペルシーク支部長のコンボイールと旧知……「833.支部長と交渉」参照

☆ローク君が、所在地を割り出してくれた……個人名のリスト「624.隠れ教徒一覧」「625.自治区の内情」「650.グロム市の宿」「654.父からの情報」、拠点リスト「694.質問を考える」~「696.情報を集める」「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」「808.散らばる拠点」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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