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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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0942.異端者の教育

 呪医セプテントリオーは、初回以降の話し合いに加われなかった。


 救護所のテントは、ネミュス解放軍とラクエウス議員の支持者たちの手で、リストヴァー自治区東教区の教会に設置された。

 怪我人の行列は途切れることなく、唯一人の呪医は連日、負傷者の治療に追われる。ここしばらくは、ほんの数時間、仮眠を取る他はロクに休めなかった。



 ネミュス解放軍の一部による自治区襲撃から何日が過ぎたのか。

 日付の感覚を失った頃、運び屋フィアールカが、クブルム山脈を経由してゾーラタ区へ逃れた自治区民を連れて戻った。

 お互い、用をこなす最低限の言葉しか交わさなかったが、知人の無事な姿を見ただけで心が軽くなり、疲労感がやわらいだ。


 「助かったわ。コンボイールさん、ちゃんと伝えてくれるって。私は別件があってもう引き揚げるけど、ラゾールニクはまだ居るから、何かあったら言ってね」

 フィアールカは帰り際、救護所に顔を出し、一方的に告げて行ってしまった。


 ……彼女らも忙しいのだな。


 返事をするより先に運び屋が消えたテントの入口を見遣り、ぼんやり思った。



 それから数日経って、夜はまとまった時間、休めるようになった。

 やや余裕ができ、時間切れでその日の内に癒せなかった人々がどうするのか、気付いた。

 どうやら、礼拝堂内や敷地に張られた別のテントで休み、自宅に帰らない者が多いらしい。

 「また並び直すと、後回しにされるかもしれんので」

 包帯に血を滲ませた男性に言われ、申し訳なく思ったが、弾丸や破片が刺さった患者は、どうしても処置に時間が掛かる。だが、体内にそんな物を残したまま傷だけを塞ぐ訳にはゆかない。焦って手許が狂えば大出血を招きかねず、申し訳なさを抱えて治療に(いそ)しんだ。



 セプテントリオーはふと、最初の話し合い以降、司祭の姿を見かけないことに気付いた。

 「司祭様にご用ですか?」

 応接室で朝食の用意をする尼僧に聞くと、不安げに聞き返された。

 「あ、いえ、特には……しばらくお顔を見ないものですから……」

 「司祭様はあの日から私に教会を任せて、区長さんのおうちで話し合いの続きと、西教区の司祭様とご一緒に星の(しるべ)への再教育をなさっていらっしゃいます」

 「儂も横で聞かせてもらっておるが、なかなか興味深いぞ」

 ウヌク・エルハイア将軍が、セプテントリオーの記憶より老けた顔に笑みを浮かべた。堅パンのパックを開ける手を止め、すぐに笑みを消して続ける。

 「内乱中に知っておれば、半世紀も長引かずに済……いや、もっと前に知っておれば、内乱自体、起こらなかったであろうな」



 セプテントリオーは内乱前も内乱中も、無用の(いさか)いを避けようと、なるべくキルクルス教徒とは関わらないように生活していた。

 職業柄、関わらざるを得ない状況はよくあったが、意識不明の患者を癒して自殺されたことや、身内に治療を拒絶され、助けられる筈の命を助けられなかったことなど、キルクルス教徒との関係では苦い記憶が多い。


 トラック運転手のメドヴェージのように積極的に魔術による治療を望み、呪医に心から感謝するキルクルス教徒も少なからず居たが、後で元患者が原理主義を標榜する過激な信徒に殺されたことや、一家が皆殺しにされたこともあり、それがどんな教えなのか、知りたいとさえ思えなかった。



 「少なくとも、ここの星の(しるべ)には、大した思想がない」

 「どう言うことですか?」

 セプテントリオーは、遠縁の親戚に首を傾げてみせた。

 「元が農家に雇われた用心棒なのだそうだ。食い扶持の為に入団した者が(ほとん)どで、半数以上がロクに聖典を読んだこともない(ヤカラ)だった」

 将軍が説明すると、尼僧は小さく頷いた。


 「司祭殿が、聖典を見せながら読み上げただけで恐れ入っておった。まぁ、中には少数、そんなものは嘘だと言う者もあったが、周りの者から『聖典に嘘が書いてあるワケがない』などと(たしな)められて黙りおった」

 「星の(しるべ)は、異端の教えを信じる人々で、自治区内でも少数派でした。毎週きちんと礼拝に通ってらっしゃる敬虔な信徒のみなさんは、彼らの武力を恐れて何も言えなかったのです」

 尼僧が胸の前で「聖なる星の道」を表す楕円を描いて静かに言うと、ウヌク・エルハイア将軍は深く頷いた。


 「銃火器と爆弾は全て破壊した。包丁など刃物の使用や、再び武器を密輸する懸念は残るが、その対策も話し合っておる」

 「どんな対策ですか?」

 「自治区への魔装兵を含む政府軍の駐留だ。ネミュス解放軍が再度ここを襲うことはない、と言う約束と引き換えに合意が成れば、我らと入れ替わりに政府軍の部隊が来る」

 「そんな条件を区長や自治区の有力者たちが飲むでしょうか?」


 政府軍は、国連やキルクルス教団などがリストヴァー自治区への人権侵害を云々しないよう、全力で魔物や魔獣、ネミュス解放軍から護ろうとするだろう。だが、セプテントリオーには、その「対策」こそが、自治区民の信仰を踏み(にじ)るのだとしか思えなかった。


 「聖典には、【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術が幾つも載っておった。魔物や魔獣から身を守る為、工兵の派遣も要請してみてはどうか、と言ってやったら、区長は乗り気になったように見えた。他の者は、彼が説得するであろう」

 セプテントリオーは、将軍の楽観的な物言いに却って不安を覚えた。そう簡単に行くとは思えないが、それ以上言わず、質素な食事を進める。


 物思いに耽りながら、堅パンと温め直した缶詰のスープを食べ終え、三人はそれぞれの用に散った。

☆最初の話し合い/司祭様はあの日……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」参照

☆セプテントリオーは(中略)キルクルス教徒とは関わらないように生活……「369.歴史の教え方」「370.時代の空気が」、「432.人集めの仕組」「433.知れ渡る矛盾」参照

☆意識不明の患者を癒して自殺されたこと……「369.歴史の教え方」「561.命を擲つ覚悟」参照

☆身内に治療を拒絶され、助けられる筈の命を助けられなかったこと……「0017.かつての患者」「551.癒しを望む者」参照

☆メドヴェージのように積極的に魔術による治療を望み、呪医に心から感謝……「0017.かつての患者」参照

☆後で元患者が原理主義を標榜する過激な信徒に殺されたこと……「560.分断の皺寄せ」「859.自治区民の話」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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