0938.彼らの目論見
「星の標は、ネミュス解放軍のリストヴァー自治区襲撃作戦を知ってた」
少年兵モーフは、諜報員ラゾールニクの話を俄かには信じられなかった。
「もっと正確に言うと、星の標がネミュス解放軍をけしかけたんだ」
「何でだよッ?」
モーフは思わず口を挟んだ。ラゾールニクがその声に頷く。
「まぁ、そう思うのもムリないよね。星の標は、『神政復古を掲げてクーデターを起こしたフラクシヌス教徒の武装集団が、ネモラリス共和国内のキルクルス教徒を迫害した』って言う状況を作りたかったんだよ」
「ひょっとして、その為に行く先々の街で、星の標やキルクルス教徒を悪く言って、解放軍を煽るような噂や世間話をバラ撒いてたの?」
薬師のねーちゃんが青褪める。少年兵モーフも、その話はあちこちで耳にした。
「国内の星の標は、インターネットや郵便で連絡を取り合ってた」
「えっ? ネモラリスには設備も端末もありませんよ?」
ラジオのおっちゃんが、ずり下がった眼鏡を中指で押し上げた。
「勿論、密輸した端末を使ってるんだよ。自治区は山の近くに行けばラクリマリスの電波を拾えるし、リャビーナは船でちょっと沖へ出れば、ディケアの電波を拾える。レーチカは臨時政府ができたお陰で王都への船が増えた」
「ネモラリスはインターネットの設備がないからこそ、その方法で堂々と通信を行っていたのだ。ネモラリス島北部なら、郵便は平時と同程度に配達がある」
付け加えたソルニャーク隊長の顔は険しい。
「ネットを使えば、アーテルだけじゃなくて、アルトン・ガザ大陸のバルバツム連邦や大聖堂があるバンクシア共和国とも一瞬で連絡できるからね」
「それは、つまり、キルクルス教徒がフラクシヌス教徒から迫害を受けた……と国連と大聖堂に人権侵害と宗教弾圧の被害を訴えて、国連軍やキルクルス教国の武力介入を招こうとしている、と言うことですか?」
魔法使いの工員クルィーロの父ちゃんが、何だか難しいことを言ってラゾールニクとソルニャーク隊長を見た。二人が深刻な顔で頷いたので、モーフにもうっすらオオゴトらしいとわかったが、そんな遠くの国が、わざわざ軍隊を寄越すとは思えなかった。
「ディケアはそれで、キルクルス教徒側が勝って、内戦の復興資金を教団からの寄付やキルクルス教国からの支援で賄ったからね」
「あわよくば、ディケア同様? しかし、ネモラリス島の住民は半数以上が湖の民です。陸の民も、ディケアとは力ある民と力なき民の人口比が全く異なります」
少年兵モーフは、ラジオのおっちゃんの反論に深く頷いて加勢した。
ネモラリス島の街はたくさん通ったが、どこへ行っても、薬師のねーちゃんと同じ緑髪の奴が多かった。田舎には湖の民ばかりの村もあった。
「湖東地方の国は、同じ手口で国連が和平案を出して国を分割しまくったから、小さい国ばっかだろ? このネモラリス共和国だって、元はラキュス・ラクリマリス共和国って大国だったのに、半世紀の内乱の和平で国が三つに分かれてできたんだよ? なんでもう一回同じことが起きないと思う?」
「それでは、自治区があるネーニア島北部をキルクルス教徒に明け渡せと?」
工員たちの父ちゃんが、諜報員ラゾールニクにイヤそうな顔をしてみせる。
……そんなコトになったら、ピナたちの店が元通りにできねぇじゃねぇか。
モーフはそっとパン屋の兄姉妹を窺った。三人とも、硬い表情でラゾールニクを見るだけで、何も言わない。
DJレーフが口を開いた。
「解放軍の一部がまんまと乗せられて、自治区へ行くって言ってたろ?」
モーフは、薬師のねーちゃんの兄貴と二人で、店にポスターの貼り出しを頼みに行った日を思い出した。漁師の爺さんも思い出したのか、泣きそうな顔でレーフを見る。
「解放軍のペルシーク支部長は、割と話が通じる人っぽかったから、【跳躍】して報せに行ったんだ」
「えぇッ?」
レノ店長がマグカップを落としそうになって、慌てて持ち直した。
「……すぐ戻るつもりだったし、行き先を教えたら、止められそうな気がしたから、言わなかったんだ。……ごめん」
DJレーフがレノ店長に向き直り、右手を胸に当てて項垂れる。ピナの兄貴は泣き笑いの顔で唇を噛んで、何も言えずに何度も頷いた。
単独行動でみんなに心配させたレーフは、申し訳なさそうに頭を掻いてもう一度謝ると、顔を上げて話を続けた。
「支部長はちゃんと話を聞いてくれた。それで、丁度クレーヴェルに行くとこだから、将軍に直接説明して欲しいって言われたんだ」
「それで、のこのこついてったってのか?」
葬儀屋アゴーニが呆れる。
レーフは肩を竦めた。
「断れるワケないでしょ。俺だって一応、都内に入って電話通じたらそこで帰らせてくれって言ったよ。どうにか了解は取り付けたけど……」
「ダメだったんだな?」
DJは、葬儀屋に頷いて続ける。
「戦闘に巻き込まれて、物理的に回線が切れたとこが多くて、あんな状況じゃ復旧工事もできないし……」
レーフが通った範囲では、瓦礫の撤去や遺体の火葬は進んだように見えたが、インフラの復旧は殆ど手つかずだったと言う。
技師や職人、労働者が多数、首都クレーヴェルを脱出して人手が足りず、資材の輸送もままならない。
食料品は近隣の農村や漁村からどうにか調達できるようだが、物価は軒並み上がっていた。
「支部長が、都内の商店街の公衆電話からダイヤル回してくれたんだけど、やっぱ繋がらなくて、将軍ちの近所の許可地点までは支部長が【跳躍】して……」
「将軍の居場所を知ったのですか?」
ラジオのおっちゃんが、怯えた目でDJレーフを見る。
……何でそんな怖がってんだ?
少年兵モーフは首を捻った。
「レーフから居場所が漏れぬよう、解放軍が口封じするなら、とっくにそうしている。政府軍は既に把握済みだから、捕えられて情報提供させられることもない」
ソルニャーク隊長が、心を読んだように答えを口にした。DJレーフとラジオのおっちゃんが同時に頷き、ピナたちがホッとして顔を見合わせる。
……何だよ、わかってなかったの、俺だけかよ。
モーフは何となく癪に障ったが、今はそれどころではない。悔しさを悟られないように表情を殺してレーフを見た。
「それに、【跳躍】許可地点からは目隠しでタクシーに乗せられたから、道案内もできないよ」
「自治区の方はその日、星の標の煽動にまんまと乗せられた解放軍の一部から攻撃を受けた。クリュークウァ支部長とヴィナグラート支部長が中心になって、反対するだろう他の支部長には内緒で兵を掻き集めて」
少年兵モーフは、ラゾールニクの説明で、あの日、歌詞を欲しがった解放軍兵士のこれからいいことをする昂揚感に輝く顔を思い出した。
あいつらの口が軽かったのは、現場に行かないまでも、このヤーブラカ市の支部長も同調したからだろう。
モーフは口を挟まず、香草茶をちびちび啜りながら、諜報員ラゾールニクの報告に耳を傾けた。
☆先々の街で(中略)解放軍を煽るような噂や世間話をバラ撒いてた……「834.敵意を煽る者」「835.足りない情報」参照
☆薬師のねーちゃんの兄貴と二人で、店にポスターの貼り出しを頼みに行った日/歌詞を欲しがった解放軍兵士……「875.勝手なハナシ」参照
☆解放軍のペルシーク支部長は、割と話が通じる人っぽかった……「833.支部長と交渉」参照
※ 将軍の居場所……因みに、ラゾールニクは元々知っているが、移動販売店のみんなには教えていない「880.得られた消息」参照
▼アルトン・ガザ大陸のバルバツム連邦や大聖堂があるバンクシア共和国
▼湖東地方の国は、同じ手口で国連が和平案を出して国を分割しまくったから、小さい国ばっかだ……「727.ディケアの港」「728.空港での決心」参照




