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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十四章 小康

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0937.帰れない理由

 雀が鳴き始めてすぐの薄暗い空の下、移動販売店プラエテルミッサのトラックを訪れた者があった。

 早起きの爺さんが声を上げ、少年兵モーフとレノ店長が起き出す。


 「あ、起こしちゃった?」

 モーフは一気に目が覚めた。


 DJレーフが帰ってきた。ソルニャーク隊長も一緒だ。

 居なくなってから十日も経って、何故か諜報員ラゾールニクまで居る。


 「トラックの人って、これで全部かな?」

 「はい。ラゾールニクさん、二人を連れて帰って下さって、ありがとうございます」

 寝惚(ねぼ)(まなこ)のレノ店長がみんなを代表して、アミトスチグマ王国からネモラリス島のヤーブラカ市まで【跳躍】した諜報員に礼を言った。その声で、みんなも寝床から起き上がる。

 モーフは二人を迎える声を背に荷台を飛び降り、急いで運転席のメドヴェージを叩き起こした。おっさんが運転席を出るのを待ち切れず、隊長の傍に駆け戻る。


 ソルニャーク隊長は、レーフが居なくなった次の日にリストヴァー自治区へ出発したが、予定より一週間以上も帰りが遅くなった。


 ……もう、帰って来ないんじゃねぇかと思った。


 「遅くなってすまない」

 モーフは涙が出そうになって隊長の袖を握った。その腕が少年兵モーフを抱き寄せ、背中をさする。ピナに涙を見られないよう、安心する匂いがする胸に顔を埋めた。


 「えっと、遅くなってすみません」

 「みんな心配してたんですよ。子供じゃあるまいし、せめて行き先くらい、誰かに伝えてから出て下さい」

 DJレーフの申し訳なさそうな声に、奥からラジオのおっちゃんの呆れと安堵の混じった声が飛ぶ。

 葬儀屋アゴーニはあれから毎日、アミトスチグマに様子を見に通い、今日も朝飯の後で行くハズだった。


 湖の民の警備員ジャーニトルが、蜘蛛の魔獣をやっつけた次の日には早速、交通規制が解除されて物流が元に戻り、薬師(くすし)のねーちゃんの兄貴は地元漁師の手伝いをやめた。

 鱗蜘蛛退治の件を放送したら予想以上に大好評で、ヤーブラカ市民がたくさんの食糧を分けてくれたからと言うのもある。ワゴン車は食糧がいっぱいになって、運転席しか乗れず、トラックの荷台も狭くなった。


 「どこで何があったか、俺が説明するよ。その前にこれ、アナウンサーさんに」

 「カセットテープ、トラックに積み替えた機材で再生できるタイプ」

 ラゾールニクの声にDJレーフが続く。

 知らない単語に思わず顔を向けたが、メドヴェージのおっさんのニヤけ笑いと目が合い、慌てて隊長の胸板に顔を押しつけた。ソルニャーク隊長が苦笑したのはわかったが、少年兵モーフは離れられず、メドヴェージの居ない方へ顔を向ける。



 みんなが寝床から出て、長椅子や樽に腰掛けた。

 仮設住宅の連中はまだ寝ているらしく、雀の声しか聞こえない。


 薬師(くすし)のねーちゃんが香草茶を淹れた。

 ラゾールニクがみんなに背を向け、荷台の壁と半分閉じた扉に手を触れる。聞いたことがあるような、ないような呪文を唱えてみんなに向き直る。


 雀たちがピタリと鳴き止んだ。


 「この荷台全体に【静音】を掛けた」

 「セイオン?」

 モーフが聞くと、ピナが教えてくれた。

 「音楽室とかに掛かってる魔法。中の音を外に出さないの」

 「そんなカンジ。だから、今から言うことはここだけの話にして、絶対、外でしないで欲しい」

 「このテープは……?」

 ラジオのおっちゃんジョールチが、小振りの紙袋をラゾールニクに向ける。あの中に「カセットテープ」とやらが入っているらしいが、モーフの位置からは袋の中を覗けない。

 「中身はラベルに書いてある通り、声を変えた自治区民の証言が三本と、これから話すことの証拠。未編集の生音声が五本と、ラジオの録音が二本、合計十本だ」

 ジョールチは強張った顔で頷き、奥の係員室に入った。

 みんな朝飯どころではなく、樽に腰掛けたラゾールニクに注目する。

 ラジオのおっちゃんが手ぶらで係員室を出た。レノ店長が香草茶のマグカップを手渡す。



 ラゾールニクが、ここ十日ばかりの出来事の簡単な説明を始めた。

 「俺は場所を知らないし、魔力もそんなに強くないから、セプテントリオー呪医(せんせい)に【跳躍】してもらったんだ。隊長さんと一緒に、リストヴァー自治区のラクエウス議員の自宅兼お姉さんのお店へ」

 ソルニャーク隊長が頷く。

 行き先は、近所のねーちゃんアミエーラが働いていた仕立屋だ。


 ……そっか。団地地区だから、例の火事で焼けなかったんだ。


 モーフ自身は仕立屋に行ったことなどないが、近所のねーちゃんは「いつもお世話になってますから」と、時々、端切(はぎ)れで(こしら)えた小物をモーフの母と姉にくれた。

 上等の布でできた小さな袋やリボンは、右から左に食べ物と交換され、一家の腹を満たした。

 その仕立屋がなければ、飢え死にしたかもしれない。

 少年兵モーフは、あの真っ白なリボンを結んだ姉の儚げな笑顔を思い出し、胸が詰まった。



 「仕立屋の店長さんと隊長さんの対談は、問題なく収録できた。何の話をしたかは、テープに入ってるから後で聞いてくれ」

 「対談も、放送できなくなったのですか?」

 ラジオのおっちゃんジョールチが、諜報員ラゾールニクとソルニャーク隊長を見た。隊長が自治区へ行ったのは、元々その為だったのではないか。

 モーフが隣の隊長を見ると、答えてくれた。


 「いや、それは構わん」

 「ラクエウス議員と、自治区民の女の子たちの証言も、放送してくれていいよ。出さないで欲しいのは、その三本以外の証拠だ」

 「どうして?」

 ピナの妹が、不満げに口を曲げる。

 「戦略上の理由。詳しいことはこれから言うけど、放送してもよくなったら、どうにかして知らせるから、それまでは絶対、証拠を持ってるコトも秘密にしてくれよな」

 ラゾールニクの答えに、ピナの妹は、わかったようなわからないような顔で渋々頷いた。


 「対談の収録後、アミトスチグマに戻って、音声の加工とテープへの複製を頼んだ。アミトスチグマじゃ、もうこのテープ使ってないから、機材の調達が大変だったみたいだけどね」

 「お手数お掛け致しまして、恐れ入ります」

 「支援者の人に伝えとくよ。その人にとってもネモラリス……いや、湖南地方全体が平和になれば、商売しやすくなっていいからね。あんまり気にしなくていいと思うよ」

 ラゾールニクは、恐縮するジョールチに笑ってみせた。


 「で、その日はもう遅いから、アミトスチグマで一泊して、次の日、また自治区へ跳んだ」

 「何しに行ったの?」

 ピナの妹が少し棘のある声で聞いた。収録が終わったなら、次の日に隊長を帰してくれれば、こんなに心配しなくて済んだのだ。

 モーフも気になって次の言葉を待った。


 「二日目は自治区を視察したんだ。実際に復興がどのくらい進んで、自治区民の生活がどうなってんのか、映像と写真で記録して、必要があればネットで公開できるように」

 「車で移動し、我々は彼を案内した。同行したのは、私と仕立屋の店長、セプテントリオー呪医(せんせい)と、車を出して運転もしてくれた新聞屋の店長だ」

 「農村地区を見て回ったついでに、区長さんちに寄ったんだ」

 「おいおい、何しに行ったんだよ?」

 メドヴェージが半分呆れた声を出す。


 「流石に呪医(せんせい)と隊長さんは車で留守番してもらって、俺は新聞屋のバイトのフリをしたよ。農村地区のあちこちに銃を持った人が居たからね」

 「そんなモン、いつもの野菜泥棒対策じゃねぇか」

 メドヴェージが鼻を鳴らすと、ラゾールニクは首を横に振った。

 「星の(しるべ)が、ネミュス解放軍を迎え撃つ為に戦いの準備をしてたんだ」

 荷台のみんなが同時に息を呑む。


 「その前に、ローク君が星の(しるべ)リャビーナ支部で情報を集めてくれたんだけど、区長の口からその裏が取れた」

 「あの坊主、そんな危ねぇコトまでしてんのか」

 メドヴェージが顔を曇らせる。

 モーフはその顔に何となくイラついたが、黙ってラゾールニクの返事を待った。

 「家族はあのコをキルクルス教の聖職者にさせたがってて、パドスニェージニク議員のコネを使ってリャビーナからディケアを経由して、アーテルの神学校に入学させたんだよ」

 驚きのあまり、誰も何も言えない。

 少年兵モーフは、途方もない話に頭がついていかなくなった。


 ……あの兄ちゃんが司祭になるだって?


 「今の話も、絶対、内緒にしてくれよな」

 ラゾールニクはみんなを見回して念を押した。

☆端切れで拵えた小物をモーフの母と姉にくれた……「027.みのりの計画」参照

☆リボンは、右から左に食べ物と交換され、一家の腹を満たした/真っ白なリボンを結んだ姉の儚げな笑顔……「098.婚礼のリボン」「099.山中の魔除け」「109.壊れた放送局」「563.それぞれの道」参照


☆【静音】……ジョールチも使える。「819.地方ニュース」、悪用もできる。「870.要人暗殺事件」参照

※ 一時的に音を消す術。ピナもよくわかっていなくて説明が間違っている。

※ 建物に掛ける恒常的な術は【防音】……「596.安否を確める」参照


☆団地地区だから、例の火事で焼けなかった……例の火事「054.自治区の災厄」、焼けなかった「059.仕立屋の店長」参照

☆隊長が自治区へ行ったのは、元々その為だった……「866.報道する意思」参照

☆対談の収録後、アミトスチグマに戻って、音声の加工とテープへの複製を頼んだ……「891.久し振りの人」参照

☆二日目は自治区の視察……「892.自治区の視察」参照

☆ローク君が星の(しるべ)リャビーナ支部で情報を集めてくれた……「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」参照

☆区長の口からその裏が取れた……「893.動きだす作戦」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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