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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五章 印歴二一九一年二月五日

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0096.実家の地下室

 影が短くなる頃、ロークは電柱に残った表示を見つけ、立ち止まった。

 焼け焦げ、文字の判読は難しい。

 「洗いましょうか?」

 「うーん……いえ、ペンキが燃えてるみたいなんで……」

 アウェッラーナの提案に、ロークは申し訳なく思いながら、首を横に振った。


 よく知る街の筈なのに、破壊し尽くされた今は現在地もわからない。

 「多分、もう少しです」

 ロークが歩きだすと、土地勘のない者たちは後に従った。



 (ほとん)ど何もない廃墟を更に二十分程歩くと、小さな公園に出た。

 木々は炭化して焼け折れ、残ったのは砂場と滑り台だけだが、近所の児童公園の筈だ。


 念の為、入口の石碑を確める。

 流石(さすが)に、石に刻まれた文字は読めた。間違いなく、小さい頃に友達とよく遊んだ公園だ。


 「お昼は、ここで食べましょう。ウチは、すぐ、そこなんで」

 ロークの声は、自分でも意外なくらい震えた。すぐ近くと言ったものの、視界に入る建物で原形を留めたものは、ひとつもない。


 誰もが無言になった。

 その気遣いが、有難くもあり、申し訳なくもあった。

 レノがトタンを滑り台に立て掛けた。義勇兵たちもそれに(なら)う。


 ロークは車の残骸を一台ずつ確認して歩いた。

 ナンバーから、自宅を割り出す。工員クルィーロとソルニャーク隊長が付いて来てくれた。



 ついに見付けた。

 見知ったナンバープレートに鼓動が激しくなる。


 ロークは震える足で焼け残ったコンクリートの階段を昇った。

 玄関跡から、廊下跡を通り、台所だった場所へゆっくり歩く。

 あんなにたくさんあった家財道具は、ひとつも残らなかった。

 壁や柱の名残(なごり)(わず)かにあるだけだ。


 父と祖父の寝室には、耐火金庫があった筈だが、それもない。

 不思議と涙は出なかった。


 台所跡地に入る。

 食卓は当然だが、冷蔵庫やガスコンロ、食器もない。

 よく見ると、食器棚があった辺りには破片が散らばっていた。食器棚が燃え、中身が落ちて割れたのだと納得する。


 灰と破片を足で寄せる。

 落とし戸は耐火材なのか、無傷であった。()め込み式の把手(とって)を引き出し、床の戸を開ける。


 狭い階段の隅に綿埃(わたぼこり)が居座る。毎年、年末の大掃除以外では開けない場所だ。


 二か月分の埃と雑妖が溜まっていた。

 闇の中で雑妖の姿だけが、くっきり浮かび上がって見える。

 横から(のぞ)き込んだソルニャーク隊長が、小さく溜め息を()いた。


 クルィーロが食器の欠片(かけら)に【灯】を(とも)し、階段の下へ投げ込む。月光のような淡い光に驚き、雑妖が地下室の隅へ逃げた。

 棚がぼんやり照らされる。


 「何か、いっぱい居るけど、降りてみる?」

 金髪の工員クルィーロが、使われた形跡のない地下室から顔を上げ、家人のロークに聞いた。



 空襲が始まったのは、平日の昼過ぎだ。

 ロークの両親は職場に行ったかもしれない。

 当時、家に居たのは祖父と星の道義勇兵。もしかすると、他の隠れ信徒も居たかもしれない。


 ロークは、一人息子の不在を家族がどう受け止め、どう行動したか、想像がつかなかった。

 誰にも行き先を告げず、突然、行方を(くら)ませた。

 それまでのロークは模範的な態度を取り続けた。

 信仰に疑問を持ったことや、家族の行動に不信感を抱いたことは、気付かれなかった筈だ。


 以前の祖父と両親なら、あの状況でロークが居なくなれば、半狂乱で捜しに行っただろう。だが、今のロークには、両親がロークを心配するかどうかさえ、わからなかった。



 「ここ、物置で、年末の大掃除の時くらいしか開けないんです。中身は、もらったけど使ってない食器とか、え~っと、あ、一応、防災用の備蓄も少し……」

 「備蓄の回収は、可能ならしたいところだな」

 ソルニャーク隊長が、改めて地下室を覗いた。


 ここの雑妖は、個体の境がはっきりわかる。ロークの一家が大掃除したのは、ほんの二カ月前だ。全く日の射さない地下で、【魔除け】などもないせいだろう。

 「あれをどうするか、だよなぁ」

 クルィーロが呟いた。


 隊長が、ロークに向き直って聞く。

 「君たちはいつも、どのように掃除するのだ?」

 「いつもは、教会で清められた塩を撒いて、雑妖を消してから掃除してました」

 「塩か……」

 「ごめん。俺、そこまで細かい操作はできないんだ」

 クルィーロが申し訳なさそうに頭を掻く。


 ロークは首を傾げた。

 「どうして、クルィーロさんが謝るんです?」

 「ん? あぁ、【操水】の術で、湖水から水と不純物除けて、塩だけ抜き取れる人も居るんだ。まぁ、あれを直接やっつける術が使えりゃ、早いんだけどなぁ」

 「あ、いえ、そんな。俺は何もできないし、【灯】で下の様子がわかるだけでも有難いです」

 ロークが言うと、クルィーロは複雑な顔で何事かごにょごにょ呟いた。


 「備蓄の内容は覚えているか?」

 ソルニャーク隊長に聞かれ、ロークは表情を引き締めた。

 「確か、瓶入りの水と缶詰と電池。毛布代わりの断熱シート……えーっと、まだ何かあったかな?」

 「成程(なるほど)、それだけあれば、当座は(しの)げるな」


 「あの、【魔除け】のお守りを持った人が下に降りて、階段でバケツリレーみたいにすれば、いいと思います」

 いつの間にか、薬師(くすし)アウェッラーナが(そば)にいた。

 メドヴェージも居る。

 「力仕事くらいならできるぞ」


 「私は、呪文、覚えてます。お守りはクルィーロさんが持って、二人居れば……雑妖だけなら、何とかできそうです」

 「ここで悩んでたって仕方ないしな。ローク君、済まないけど、ちょっと貸してくれないか?」

 ロークは素直にお守り……【魔除け】の護符を渡した。


 「思ったより、運河を渡るので疲れたみてぇなんでな。もう一回、あれをやれってのは酷だろうってことになって、今日はもう公園で休んで、マスリーナに行くのは明日にしねぇかって話が出たんでさぁ」

 メドヴェージが隊長に報告する。

 ソルニャーク隊長は少し考えて答えた。

 「食糧次第……だな」



 アウェッラーナが【魔除け】を唱えて先に降りる。クルィーロは、護符をツナギのポケットに入れて後に続いた。

 「水と……こっちが缶詰か」

 「これも、使えそうですね」

 二人は言葉少なに地下室を調べ、すぐに上がって来た。


 クルィーロは水の瓶が詰まった木製の運搬ケース、アウェッラーナは丸めた断熱シートと麻袋の束を抱える。メドヴェージと隊長が受け取ると、二人はまたすぐに降りた。

 三往復して、段ボール箱四つと追加の断熱シートも上がって来た。


 メドヴェージが期待を()めて聞く。

 「風がない分、地下の方があったかかったろ?」

 「でも、あれだけ雑妖が多いと……」

 「うん、【簡易結界】じゃ無理っぽい感じだなぁ」

 魔法使い二人は、残念そうに首を横に振った。


 「少し強い雑妖が何匹も居て、襲われはしませんでしたが、【魔除け】でもイヤそうにするだけで、逃げなかったんです」

 「結局、それで中身の確認もできない箱があって……」

 空襲の翌朝は、寒さを(しの)ぎ易い地下室を探して歩いた。それが、とんでもないことだったと思い知らされる。


 ロークは二人に申し訳なくなり、ペコペコ頭を下げた。

 「すみません。雑妖に気に入られたんなら、多分それ、ガラクタです。もらったけど使ってない食器とか、そう言うの……」

 「これだけあれば大助かりだ。行こう」

 ソルニャーク隊長に促され、荷物を抱えて公園へ戻った。

☆空襲が始まったのは、平日の昼過ぎ……「0056.最終バスの客」参照

☆当時、家に居たのは祖父と星の道義勇兵……「0034.高校生の嘆き」「0036.義勇軍の計画」「0048.決意と実行と」参照

☆誰にも行き先を告げず、突然、行方を晦ませた……「0048.決意と実行と」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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