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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十三章 衝突

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0932.魔獣駆除作戦

 「万が一、車輌がひっくり返された場合、却って危険です」

 魔装警官に付き添われ、薬師(くすし)アウェッラーナと、助手として来てくれたクルィーロは、警察のマイクロバスを降ろされた。


 金属の装甲と魔法で守られた車輌から、ヤーブラカ市警魔獣対策本部の魔装警官隊が、休耕地に降り立つ。

 警官隊は、各種防禦の呪文が刺繍された制服、同じく術が施された金属製の大盾を持ち、ヘルメットを被った物々しい出で立ちだが、これでも政府軍の魔装兵より弱いらしい。魔法の剣や手斧、【祓魔(ふつま)の矢】を(つが)えた(いしゆみ)(たずさ)えているが、彼らがそれを使うのは、警備員ジャーニトルの掩護(えんご)と、彼が負けた時だけだ。


 灰色の鱗蜘蛛(ウロコグモ)は、牧柵で囲まれた区画の中央辺りに居る。

 アウェッラーナたちが降りた瞬間、身体ごと振り向いた。

 八つの目が日を受けて輝いたと思う間もなく、魔獣の巨体が八本の脚で牧草地を駆け、見えない壁に当たって不自然な形で止まった。巨大な蜘蛛が、不可視の壁に脚を突っ張って後方へ跳ねる。元の位置に戻り、こちらを向いて(うずくま)った。


 あまりの速さにアウェッラーナは何の反応もできなかった。

 魔装警官は【流星陣】に全幅の信頼を寄せているのか、数人がちらりと見ただけで何も言わなかった。重装備の警官隊が、待機場所に粛々と整列する。


 久し振りに見た湖の民の警備員は、村の狩人と魔獣対策本部長との打合せ中で、アウェッラーナとクルィーロの到着に気付かない。


 ……少し痩せた? 気のせい?


 ランテルナ島に隠された拠点に居た頃、薬師(くすし)アウェッラーナは、武闘派ゲリラの誰ともなるべく関わらなくて済むよう、薬作りに専念して過ごした。


 ジャーニトルは、武闘派ゲリラの中では異質な存在だった。

 何もかも(うしな)って自棄(ヤケ)になったのではなく、恨みに憑かれ復讐に駆り立てられたのでもない。数少ない「話が通じるゲリラ」の一人だ。

 彼が何故、ゲリラ活動に身を投じたのかわからない。物静かな人物だった。


 今も、本部長と狩人を相手に落ち着いた様子で打合せをしている。

 大物を前にした恐怖や緊張、戦いの昂揚感など何もない。祭会場の警備の話でもするような調子だ。



 「何か……距離感がおかしくなっちゃいそうですね」

 クルィーロが嘆息と共に呟く。

 アウェッラーナは辛うじて首を縦に動かした。


 ……車くらいの大きさって言ってなかったっけ?


 第一報では、乗用車か軽トラック並の魔獣が、羊などの家畜を襲ったと言っていた。今の鱗蜘蛛は、少し裕福な造りの民家くらいの大きさだ。

 本部長が【流星陣】を張る際、犠牲者が出たと言っていた。その魔装警官の遺体を回収できなかったからだと思い到り、アウェッラーナは足下に大きな穴が空いたような気がした。


 「薬師(くすし)さんたちもこちらへ」

 本部長に呼ばれたが、根が張ったように足が動かなかった。クルィーロが気遣わしげな目を向けるが、応えられない。視界にちらちら白い光が瞬き、次第にその数が増す。


 不意に清冽な芳香が漂い、視界の膜を引き剥がした。


 眼前に男性の手がある。

 魔装警官が、生の香草を指ですり潰して香気を立ててくれたのだ。彼は目尻を下げ、怯える薬師(くすし)を安心させるように微笑んで、軽く背を押した。

 一旦、動けるようになると、足の震えが治まった。


 「これ、移動販売店の備品なんで、後で絶対、返して下さいよ」

 クルィーロが念を押して、クロエーニィエ店長がくれた旧王国時代の剣を警備員ジャーニトルに渡す。騎士団の制式武器で、使用者の魔力に応じて切れ味が上がる魔法の品だ。

 ジャーニトルは(さや)を払って刃を確認した。

 「うん。いいの貸してくれてありがとう。自前のナイフじゃ短過ぎるし、会社の備品は軍に貸し出してて、丁度いいのなかったんだ。必ず返すよ」


 久し振りだと言うのに、互いに一言の挨拶もない。


 クルィーロは、三本の矢を地元の狩人に差し出した。【魔滅】の呪印と呪文が刻まれた【祓魔(ふつま)の矢】だ。銀の矢は矢羽の後ろ、矢筈(やはず)の部分に普通の矢にはない紐を通す穴がある。


 「狩人さん、初めまして。これで掩護(えんご)射撃、お願いします」

 「初めまして。薬師(くすし)さんと助手の兄ちゃん。話は聞かせてもらった。こいつは必ず返すよ」


 湖の民の狩人を守る森林迷彩服にも、防御の術が掛かっている。魔装警官より少ないが、薬師アウェッラーナよりは多かった。

 資材調達課長と同じ【飛翔する(タカ)】学派の徽章(きしょう)()げ、ライフルを携える。

 腰のベルトには、予備の弾丸ケースと道具袋、それに呪印入りの(なた)。三十代半ば程に見えるが、長命人種ならその限りではなく、経験などは外見からは全く読めなかった。

 「手持ちの弾が尽きたら、有難く使わせてもらうよ」

 湖の民の狩人は、道具袋から漁網用の太い糸を三巻出して【矢】に(くく)りつけた。



 「総員、配置につけ!」

 本部長の号令で、魔装警官が【跳躍】で牧柵の周囲に散った。数十人が間違いなく持ち場についたのを確認し、本部長が右手を上げる。


 「総員、【真水(さみず)の壁】詠唱!」

 「天地(あめつち)の 間隔(あわいへだ)てる 風含む 仮初(かりそ)めの 不可視(みえず)の壁よ

  触れるまで (たぎ)真水(さみず)に 姿似て ここに建つ壁」


 一斉に力ある言葉が唱えられ、同時に不可視の壁が打ち建てられる。狩人も【祓魔の矢】に糸を結び終え、柵の傍へ跳んだ。


 クルィーロが、地面に置いた呪符に手を触れて唱える。本部長が地面に引いた目印の線に沿って魔力の壁が建つ。魔力を放出し切った呪符が、灰になって風に散った。


 薬師(くすし)アウェッラーナが警察病院のロゴが入った袋を開ける。

 クルィーロは、初めての術を発動できたことにホッとする間もなく、残る二枚の【壁】を建て、身体を横にして隙間から入った。【真水(さみず)の壁】に囲まれた三角の空間は、大人が二人寝転んだだけでいっぱいになる狭さだ。


 アウェッラーナは、負傷者が出ないことを祈りながら、ステンレスのトレーを四枚取り出した。

 それぞれに傷薬と濃縮傷薬、そして、神経毒用の解毒薬の容器を並べ、四枚目にはガーゼと包帯、水が入った【無尽の瓶】を置く。

 クルィーロはアウェッラーナに背を向けてしゃがみ、軍手に【不可視(みえず)の盾】を掛けた。


 「先具(さきそなえ) 不可視(みえず)(もり)を 此処(ここ)に置く 置盾(おきたて)其の名 “開け盾”」


 合言葉の「開け盾」で【不可視(みえず)の盾】を展開した彼の肩越しに牧場が見える。

 灰色の鱗蜘蛛が、万歳するように前脚を高く上げ、大顎を開いた。八つの赤い目は、どこを見ているのかわからない。残る六本の脚が支える腹部は金属光沢のある鱗に覆われていた。


 大盾を持つ警官隊が、小さな人形に見える。

 奥の魔獣が巨大過ぎて、距離感が掴めない。

 あの大顎は、警官を一度に何人も丸呑みにできそうに思えた。

☆ランテルナ島に隠された拠点……「228.有志の隠れ家」「285.諜報員の負傷」「318.幻の森に突入」「319.ゲリラの拠点」参照

☆薬作りに専念して過ごした……「335.バックアップ」「337.使用者の適性」「376.連絡係の青年」「377.知っている歌」「380.罪滅ぼしの力」「391.孤独な物思い」参照

☆ジャーニトルは、武闘派ゲリラの中では異質な存在……「360.ゲリラと難民」「361.ゲリラと職人」「389.発信機を発見」「390.部隊の再編成」「407.森の歩行訓練」「865.強力な助っ人」参照

☆第一報では、乗用車か軽トラック並の魔獣が、羊などの家畜を襲った……「849.八方塞の地方」「850.鱗蜘蛛の餌場」参照

☆クロエーニィエ店長がくれた旧王国時代の剣……「443.正答なき問い」参照

☆【魔滅】の呪印と呪文が刻まれた【祓魔の矢】……「533.身を守る手段」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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