表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十三章 衝突

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

950/3506

927.捨てた故郷が

 呪医セプテントリオーは、予定日を過ぎても戻らなかった。リストヴァー自治区で何かあったらしいが、針子のアミエーラにまでは、情報が回って来ない。


 今日はアミトスチグマの難民キャンプに行く日だ。

 予定通りなら、呪医セプテントリオー、歌手のオラトリックスが、針子のアミエーラとサロートカを連れて【跳躍】する筈だったが、居ないのでは仕方がない。


 あれから随分、魔法の練習を重ねた。

 アミエーラは、パテンス市での新年コンサート用に(こしら)えた衣裳に(そで)を通す。

 今までは全く気付かなかったが、この衣裳は確かに、魔力の流れを作り出していた。【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人の指示通り、訳のわからないまま施した刺繍でも、着る者を守ってくれる。


 ……これが、【編む葦切(ヨシキリ)】学派の魔法。


 仕立屋のクフシーンカ店長が持つ聖典の「星道記」にも、同じ刺繍があった。各呪印にどんな効果があるのかわからなくても、正確に刺繍すれば、術は発動する。

 それを便利だと思う反面、恐ろしくもあった。



 オラトリックスが迎えに来るまで、まだ少し時間がある。

 パソコンの部屋を覗いてみた。

 ファーキルが一人で画面とにらめっこしている。机上のタブレット端末にも、何か表示が出ていた。

 たくさんのボタンが並ぶキーボードを凄い速さで叩き、アミエーラの入室にも気付かない。そっと背後に回り、パソコンの画面を覗く。

 「えっ?」

 「えっ? あッ、アミエーラさん」

 思わず漏らした声にファーキルが振り向いた。


 ネミュス解放軍、リストヴァー自治区に進攻


 アミエーラは画面に釘付けになり、言葉が出なかった。ファーキルがタブレット端末を手に取って、気マズそうに説明する。

 「一昨日の夜、ラゾールニクさんから連絡があって、昨日の朝、フィアールカさんが救援物資持ってノージ市に【跳躍】しました。呪医(せんせい)なら自治区とノージ市両方わかるから、取りに来てくれるだろうって……」

 「あ、あの、他にはなんて? 店長さんたちは無事なの?」

 「は、はい。それは大丈夫みたいです。今朝、ラゾールニクさんから連絡がありました。でも、心臓に悪いから、ラクエウス先生には内緒にして欲しいって」

 「うん……こんなの言えるワケないじゃない」


 画面には、工場の敷地内で山積みにされた銃を魔法で燃やす写真、負傷した自治区の工員を湖の民が介抱する写真、縛られてどこかに閉じ込められた人々の写真が表示されている。よく見ると、縛られた者たちは、星の(しるべ)の腕章を巻いていた。


 「呪医(せんせい)が救援物資を受取って教会に……」

 ファーキルが、画面を下に移動して教会の写真を見せてくれた。

 確かにキルクルス教の教会だが、建物は真新しく、写り込んだ周囲の建物はアミエーラの知らない物ばかりで、どこの教会だかわからない。

 礼拝堂の前に段ボール箱が積み上がり、湖の民が住民に何かを配っている。それを見守る司祭と尼僧は、アミエーラがよく知る二人だ。

 写真に目を凝らす。

 何人か知っている顔がみつかり、熱い物が込み上げた。思いがけず、冬の大火から安否不明だった知人の無事がわかり、言葉が出ない。


 ファーキルが、口許を押さえて涙を零すアミエーラに狼狽(うろた)える。

 「あ、あの、店長さん写ってませんけど、大丈夫なんで。後で手紙届けるってラゾールニクさんが。えぇっと、手紙持って帰るまでラクエウス先生には内緒で、このページも公開はまだまだ先で、取敢えず準備だけで」

 「ご、ごめんなさい。近所のおばさん、生きてるのがわかって、嬉しくて」

 涙を拭い、笑顔を(つくろ)うと、ファーキルはホッと肩の力を抜いた。

 「解放軍の一部の人たちが勝手に自治区へ入ったらしいんです。ウヌク・エルハイア将軍が気付いて戦いをやめさせてくれて、この縛られてる人たちは、停戦に応じなかった星の(しるべ)の団員なんだそうです」

 「この人たち、どうなるの?」

 「今、将軍と自治区の偉い人たちが話し合いをしてるそうです」

 「そうなの……」


 縛られた中に知り合いの顔はなかった。

 話し合いがいい方に決まってくれればいいが、リストヴァー自治区の区長は星の(しるべ)の支部長でもある。彼が強硬な態度を貫けば、ウヌク・エルハイア将軍は自治区を滅ぼしてしまうのではないか。


 捨ててきたとは言え、アミエーラにとっては生まれ育った故郷だ。まだ、大切な人が生きて、住んでいる。


 ……でも、私には何もできないのね。


 区長が叡智の光に導かれ、最良の選択をするよう、祈ることしかできない。



 「あ、やっぱりここに居たのね」

 アルキオーネが、ノックもせずに戸を開けた。

 「呪医(せんせい)が居なくて、サロートカちゃんの代わりに私が行くことになったから、よろしくね」

 「えっ? アルキオーネちゃんが(つくろ)い物してくれるの?」

 「私、お裁縫は苦手だから、歌を手伝うの」

 勝気な黒目が、アミエーラの湖水の色の瞳を見返す。


 「えっ? でも、今日の歌は普通のじゃなくて……」

 「知ってるし、動画でレッスンもいっぱいしたわ。今日は【道守り】歌いに行くんでしょ」

 アルキオーネに早口で遮られ、アミエーラは口を(つぐ)んだ。平和の花束の四人がいつの間に呪歌の練習をしていたのか、全く気付かなかった。


 ファーキルが目を丸くする。

 「いいんですか? 魔法の歌ですよ?」

 「あの【水晶】があれば、力なき民でも手伝えるって聞いたわ」

 「じゃあ、エレクトラちゃんたちも?」

  アイドルユニット「平和の花束」のリーダーが、二人に背を向けて歩き出す。

 「他の三人は、まだ決心付かないみたいだから、今日は私だけ。それより、オラトリックス先生が待ってるから、急いで」

 「う、うん」

 アミエーラは小走りに後を追った。



 アミトスチグマの難民キャンプは、広大な森林の一部を切り拓いて作られた。

 用地と建材、燃料などは一度に確保できたが、魔物や魔獣、猪などの野生動物の被害は避けれられない。

 それでも、ネモラリス共和国から逃れた難民にとっては、アーテル・ラニスタ連合軍の無人機による無差別絨緞爆撃や、キルクルス教原理主義を標榜する星の(しるべ)による爆弾テロ、神政復古を掲げて武装蜂起したネミュス解放軍のクーデターの市街戦に晒されるより、遙かにマシだった。

 少なくとも、寒さや野生動物なら、自分たちが頑張って丸木小屋や柵を建てれば防げるのだ。


 アミトスチグマ政府が難民の受け容れを表明して以来、大勢の難民が専門家の指導を受けて工事を行い、毎日のように負傷者を出していた。

 開戦から一年以上経った今は作業に慣れ、負傷者が減ってきたが、それでも一般の工事現場とは比べ物にならないくらい多い。


 難民がとめどなく流入し、キャンプが日々拡大する為、普通の町や村のように防護の術を施した壁や塀を巡らせられず、魔物や魔獣の被害も続いていた。


 挿絵(By みてみん)

☆パテンス市での新年コンサート用に拵えた衣裳……新年コンサート「813.新しい年の光」、衣裳の仕立てはサロートカ「804.歌う心の準備」、刺繍は後からアミエーラ「871.魔法の修行中」参照

☆仕立屋のクフシーンカ店長が持っていた聖典の内「星道記」にも、同じ刺繍……「554.信仰への疑問」「559.自治区の秘密」「582.命懸けの決意」「629.自治区の号外」「680.見てきたこと」参照

☆一昨日の夜、ラゾールニクさんから連絡……「901.外部との通信」参照

☆昨日の朝、フィアールカさんが救援物資持ってノージ市に【跳躍】……「912.運び屋の仕事」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ