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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五章 印歴二一九一年二月五日

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0095.仮橋をかける

 アウェッラーナが、クルィーロの目を見て言う。

 「結びの言葉は、『堅く(たい)らかな橋となれ』でお願いします」

 「わかりました」

 二人で呼吸を合わせ、声を揃えて呪文を唱える。


 「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。

  漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ。

  起ち上がり、我が意に依りて、堅く平らかな橋となれ」


 力ある言葉の命令に従い、濁った運河から水が起ち上がる。水に棲む魚、沈んだ車や瓦礫を置き去りにして宙に浮く。

 マイクロバス一台分の水塊が、流れを離れて地面の高さに上がって来た。

 アウェッラーナが、今度は一人で命じる。


 「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。

  漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ。

  起ち上がり、我が意に依りて、細く長く、堅く平らかな橋となれ」


 水塊が、大人二人が並んで歩ける幅に広がりながら、対岸に伸びた。クルィーロは支えるだけで精一杯。湖の民が作り出した水の橋に意識を集中する。



 「では、渡るぞ」

 ソルニャーク隊長が、トタン板を抱えて橋に一歩、踏み出した。

 水の板が体重を受け止め、波紋が広がる。後は一気に駆け抜けた。

 抱えたトタンが風を受けて煽られたが、隊長は立ち止まらずに体勢を立て直し、対岸の車道に降り立つ。

 誰からともなく、溜め息が漏れた。


 「さ、ぐずぐずしてないで、次、行こう」

 レノが言って、エランティスの手を引いて渡る。

 エランティスは下を見て怖々、歩みを進めたが、急に顔を上げると、兄の手を引いて大急ぎで渡った。


 二人が渡りきるのを見届け、ピナティフィダとアマナが続く。

 少女たちが渡る間、メドヴェージとモーフが、トタン板を重ねて持ち直した。板の前後に並び、慎重に渡る。


 ……重い。


 クルィーロの額に脂汗が滲む。無意識に歯を食いしばった。

 「あ、あの、クルィーロさん、これ、どうぞ」

 ロークが【水晶】を差し出す。

 受け取った瞬間、(てのひら)が熱くなり、力が注がれた。


 「ありがとう。早く向こう岸へ」

 「はいッ!」

 ロークは、水溜まりを行くように小走りで渡った。


 残るは、術者のクルィーロとアウェッラーナだけだ。

 「クルィーロさん、渡って下さい」

 「アウェッラーナさんは?」

 「私は大丈夫です」

 遠慮してぐずぐずしても、それだけ魔力を浪費するだけだ。


 クルィーロは湖の民に会釈し、仮橋の前に立った。

 不純物を含まない水は透き通り、足下の運河がはっきり見える。

 思った以上に薄い。だが、長い。

 一人でいつまで支えられるのか。


 クルィーロは橋に足を乗せ、大きく息を吸い込んだ。水の板が不安定に揺れる。息を止め、妹たちが渡った水の橋を一気に駆け抜ける。


 最後の一歩で、大きく踏み切った。

 跳躍した瞬間、橋が形を失う。

 アスファルトに着地した直後、背後で大きな水音がした。


 振り返ると、水の橋がなくなり、ジェリェーゾ区にアウェッラーナが一人、取り残された。

 「アウェッラーナさんッ!」


 「大丈夫です……【跳躍】します」

 そう言って呼吸を整え、クルィーロの知らない呪文を朗々と唱えた。

 向こう岸から、湖の民の薬師(くすし)の姿が消える。


 「お待たせしました」

 少し離れた所から、少し息切れした声が聞こえた。


 一斉に西を向く。

 薬師アウェッラーナの無事な姿が、そこにあった。

 ホッとして合流する。



 「ローク君の家って、どの辺り?」

 レノが聞くと、ロークは周囲を見回し、車道の先に目を凝らした。

 道の両脇はジェリェーゾ区同様、見渡す限り瓦礫が続き、焼け折れて飴のように曲がった鉄柱が、車道を塞ぐ。


 「……ここ、商店街か……じゃあ、もっと西です」

 ロークは、家の方角に見当をつけて指差した。

 みんなが荷物とトタン板を持ち直し、高校生の後について行く。


 セリェブロー区は、ニェフリート運河と天然のニェフリート河に挟まれ、東西に細長い地区だ。民家や商店が犇めいて賑う筈だが、今は見る影もない。


 ロークは、今居る道をそのまま北へ向かい、商店街のアーケードの残骸の手前で西へ曲がった。

 四車線道路に生き物の姿はない。


 誰も何も言わなかった。

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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