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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十三章 衝突

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921.一致する利害

 区長宅の応接間には、DJレーフのペンを走らせる音が流れる。


 リストヴァー自治区長と星の(しるべ)の支部長を兼任する男は、ようやくウヌク・エルハイア将軍の顔を見た。ネミュス解放軍を束ねる初老の湖の民は、キルクルス教徒の区長の目を見て話を続ける。

 「魔哮砲は、クリペウス首相率いる政府与党、秦皮(トネリコ)の枝党の一部派閥による極秘計画によって兵器化の研究が進められ、昨年の開戦後、彼奴(きゃつ)らは強硬な手段でその使用を継続したのだ」

 「私の弟……ラクエウス議員も、魔哮砲の使用に反対し、政府軍に捕えられました。反対派の力ある民の議員さんに助けられて、なんとか国外へ逃れましたが、未だ、自治区への帰還は果たせておりません」

 「ご心労、察するに余りある。一日も早い帰国を果たせるよう、努力しよう」

 「恐れ入ります」

 ウヌク・エルハイア将軍が、高齢の姉弟を気遣うが、区長は表情を動かさなかった。


 「クリペウス首相らの派閥は、極秘裏に魔法生物を兵器利用する研究を進め、この度の戦争では、その使用を積極的に推進した。()わば、国賊だ」

 その国賊の中には、現在のネモラリス政府軍を統括するアル・ジャディ・ラキュス・ネーニア将軍も含まれる。

 ウヌク・エルハイア・ラキュス・ネーニア将軍は身内の不始末を切って捨てた。


 「様々な方面から真実を知った国民が、ネモラリス島内各地でデモや抗議活動を行ったが、報道規制が敷かれ、その事実は揉み消された」

 FMクレーヴェルのDJがメモを取りながら何度も頷く。

 ウヌク・エルハイア将軍は、緑の瞳に暗い影を落とした。

 「そして、デモ隊が暴徒化し、警察などと衝突するようになった。儂はネモラリス人同士で争うべき時ではないと説いて回り、本格的な夏を迎える前に一旦は……少なくとも首都では、沈静化に成功した」

 「それが何故、ここまでの武装勢力になり、我らキルクルス教徒……魔法の使えない弱者を迫害する集団になるのだッ?」

 区長は声を荒げたが、将軍は動じなかった。


 「長命人種を中心に『選挙をしたからこうなる。半世紀の内乱も、元はと言えばそのせいだ』などと言い出す者が現れた」

 「えぇっ?」

 長命人種の全てがそう思ったのではないのだろうが、毎年老いてゆく常命人種のクフシーンカには、その結論と、この結果に到る筋道が見えず、彼らの主張の意味がわからなかった。


 「民主主義を否定する思想は、湖の民を中心に世代を問わず、瞬く間に広がり、神政復古せよと尖鋭化した。儂がクーデターに気付いたのは、不覚にもラジオの放送を耳にした時であった」

 「ふざけるなッ! 名を騙られた被害者だとでも言うのかッ?」

 区長がますますいきり立ち、ソファから腰を浮かす。

 「被害者だとは思っておらぬ。一部急進派は、儂が以前、暴徒化したデモ隊を止めに入ったことを知っておる。水面下で準備を進め、あの夜、一気に行動を起こしたのだ。首謀者たちは治安部隊との戦闘で粗方死亡したが、最初の発信者や広めた者の命が失われようと、一度広まった思想が消えてなくなるワケではない」


 司祭が、苦しげに言葉を発した将軍を気遣うように頷いた。

 「確かに、我々の信仰も、聖者様が天に召された後、二千年以上受け継がれていますね」

 「儂が手を引けば、ネミュス解放軍は暴徒化する。クーデターを起こした急進派だけでなく、今や大勢の都民や市民がその思想に共鳴し、中には儂の遠戚も含まれておるのだ」


 「つまり、名を勝手に使われ、担ぎ上げられたとは言え、あなたが降りれば、ラキュス・ネーニア家の誰かが……恐らく、神政を担いたがっている野心家が後釜(あとがま)に座り、主神派やキルクルス教徒への迫害がより一層、苛烈になるとおっしゃるのですね?」

 呪医の声は冷ややかだ。

 将軍が、淋しげに唇を歪めて頷く。

 「組織が急激に肥大化し、クーデター直後は通信も途切れがちで、指揮系統の確立さえ覚束(おぼつか)なんだ。かなり落ち着いたが、首都では現在も、戦闘が散発しておる」

 流石のウヌク・エルハイア将軍も、古い臣民世代と共和制下の新しい国民世代の意志を統一するのは難しいようだ。



 正規軍で兵を率いることと、武装化した思想集団を統率することは、似ているようでいて全く違う。


 正規軍は、国家の枠組みの中で厳重に管理された組織だ。

 募兵制を採るネモラリスでは、能力で選抜された者に訓練が課され、個々人の最低限の武力は保証されている。

 部隊の編成や兵員数は、計画的に管理される。魔装兵は適材適所で割り振られ、作戦毎に所属を変更するが、事務など非戦闘員の雑務まで含めて、軍隊組織内での役割分担が明確だ。


 武装化した思想集団は、非常に流動的で組織としては脆弱だ。

 能力に関係なく、共鳴する者が次々と加わり、不満を抱いた者は離反する。中心的存在の意見が対立すれば、内紛や組織の分裂もあり得る。

 帰属意識の程度がバラバラな寄せ集めで、役割分担も個々人の責任の範疇(はんちゅう)も不明確だ。


 ……軍隊は国からお給料が出るから、少しくらい不満があっても、命令に従うでしょうけど、「国の悪事を叩いて正道に戻す為に戦うボランティア」や「この国を良くする為に戦うボランティア」、「国に代わって戦争を終わらせる為に戦うボランティア」は、束ねるのが難しいでしょうね。


 その最たるものが、このリストヴァー自治区襲撃作戦だ。

 ウヌク・エルハイア将軍は、ネモラリス領内に蔓延(はびこ)る星の(しるべ)の存在に気付きながらも、内戦の拡大を憂慮し、()して動かなかった。だが、ネミュス解放軍の一部はそれに業を煮やし、先走った行動を起こしてしまった。



 「貴殿らキルクルス教徒にとっても、ネミュス解放軍にとっても、魔哮砲は何としてでも滅ぼさねばならぬ危険な存在だ。今は、ネモラリス共和国の民として、魔哮砲対策で協力した方がよいように思うが、区長殿、いかがかな?」

 「弱者である我らが、あなた方魔法使いにお貸しできる力が、どこにあると言うのです? とんだ買い被りですよ」

 区長が殊更に慇懃に言い、卑屈な薄笑いを浮かべて肩を(すく)める。

 将軍はそれに構わず続けた。

 「情報だ。魔哮砲は数か月前から、使い魔の契約者……操手と共にアーテル領内に侵入し、破壊活動を行っておる。些細な目撃情報で構わん。あれの所在を突き止めて下されば、後は我らが始末しよう」

 「……インターネットで噂を拾えと? そんなあやふやな情報で動くおつもりですか?」

 区長が面食らう。クフシーンカも、それには同感だ。

 それに、区長が偽情報でアーテル領にネミュス解放軍の主力を(おび)き出し、待ち伏せしたアーテル軍に攻撃させるかもしれない。


 「湖の民がアーテル領内で捜せると思うか? 魔哮砲の操手が死亡すれば、あれは再び制御を失う」

 「それが何か……?」

 魔術の知識のない区長が首を傾げる。

 「ミサイルの直撃を喰らっても傷ひとつ付かず、魔法で攻撃すれば、その魔力を糧に肥大化する。そんな化け物が、アーテル領を彷徨(さまよ)えば、それこそ、数多(あまた)のキルクルス教徒が命を失うことになろう」

 「このまま魔哮砲の使用を放置すれば、アーテル軍は()(すべ)もなく壊滅的な打撃を(こうむ)りますね」

 司祭が聖印を切った。


 一刻も早く魔哮砲を始末しなければ、アーテル軍は壊滅する。

 近代兵器は、高度にハイテク化が進んで性能が上がった分、非常に高価だ。失われた兵員と兵器を現在の水準に回復させるには、時間も費用もどれだけ掛かるか知れたものではない。


 「区長殿は、ネモラリス領内では休戦し、アーテルで魔哮砲の動きを探るよう、ネモラリス各地の星の(しるべ)諸君に伝えて欲しい。情報収集を引受けてくれるなら、捕虜の命は保証する。また、諸君らが約定(やくじょう)を守る限り、ネミュス解放軍が再びこの地を襲うことはない」

 司祭とクフシーンカが、期待と不安に揺れる目を区長に注ぐ。

 断れば、捕えられた星の(しるべ)団員は全て殺される。

 あの水塊に武器を取り上げられた区長には、魔法使いであるウヌク・エルハイア将軍に勝ち目など万にひとつもある筈がなかった。


 DJのメモを取る音が止んだ。

 書き終えた青年が手帳から顔を上げ、区長を見る。区長の表情は変わらず、その目は宙を睨む。



 「……まずは、魔哮砲とクリペウス政権を片付ける件、協力致しましょう」

 区長は何の感情もない声で、永遠にも感じられた沈黙を破った。

☆私の弟……ラクエウス議員も、魔哮砲の使用に反対し、政府軍に捕えられました……「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」参照

☆反対派の力ある民の議員さんに助けられて、なんとか国外へ逃れました……「深夜の脱出行」参照


☆クーデターに気付いたのは、不覚にもラジオの放送を耳にしたから……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照


☆名を勝手に使われ、担ぎ上げられたあなた……「684.ラキュスの核」参照

セプテントリオーの認識 

 「ニュースなどで聞き齧った程度にしか存じません」

 「ウヌク・エルハイア将軍の名の許に神政復古を目指す武装集団“ネミュス解放軍”を組織し、クーデターを起こした……と」

 「ネミュス解放軍は、ラジオの声明で神政に戻すと宣言したそうですが……」

シェラタン当主の認識

 「あれは、将軍自身の言葉ではありませんが、将軍は彼らを止めることもしていません」

 「民を傷付けるネミュス解放軍の行いは勿論、ウヌク・エルハイア将軍の黙認にも賛同できません」

 「わたくしは、誰が権力の座に着いても、かつてと同じ……すべての民がひとしく扱われるなら、構いません」


☆使い魔の契約者と共にアーテル領内に侵入……「787.情報機器訓練」参照

☆破壊活動を行っておる……「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」「836.ルフスの廃屋」~「840.本拠地の移転」「868.廃屋で留守番」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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