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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十三章 衝突

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941/3506

918.主戦場の被害

 軽い目眩に似た浮遊感に続いて、風景が一変した。

 見慣れた部屋だ。


 「ここは?」

 金髪の放送局員にクフシーンカが答える。

 「私の家です。お茶をお出しする時間はございませんが……」

 「あぁ、いえいえ、そんな」


 奥の自宅は無事だったが、通りに面した店舗は爆発に巻き込まれ、瓦礫の山と化していた。火事にならなかっただけでもマシだと思う他ない。瓦礫の撤去を考えただけでも頭が痛くなった。

 放送局員がトルソーに(つまず)いて悲鳴を上げる。

 呪医が、ミシンの残骸に視線を落とし、溜め息を()いた。

 「これではもう、お仕事は……」

 「もう歳ですから、そろそろ店を畳もうと思っていたところなんですよ」

 クフシーンカは、三十年の思い出を胸の底に押し込み、司祭の手を借りて通りに出た。



 大方の予想通り、団地地区が主戦場になった。

 手榴弾やロケット弾によるものか、強力な魔法によるものか。大通りに面した個人商店は軒並み破壊され、クフシーンカの仕立屋は、自宅部分が残っただけまだマシだと思い知らされた。


 星の(しるべ)の銃火器とネミュス解放軍の魔法。どちらの手によるものであろうと、店と家が破壊された結果には、何の違いもない。


 瓦礫の向こうに見える一本向こうの通りは、四階建ての団地だ。

 建物はどうにか原形を保っていたが、爆風で窓ガラスが割れ、一枚も残らなかった。室内の惨状は想像に(かた)くない。

 「カピヨー、ご婦人を負ぶってさしあげろ」

 「はッ!」

 ウヌク・エルハイア将軍に命じられ、リストヴァー自治区襲撃作戦の指揮官が、クフシーンカに背を向けてしゃがむ。振り向いた湖の民の目が、自治区の老女に懇願する。互いに気は進まないが、将軍の命令には逆らえない。

 二人の心情を知ってか知らずか、初老のウヌク・エルハイア将軍は司祭を促し、随分先まで進んでいた。

 「足下がよろしくありませんからな」

 「それでは、すみませんね」

 時間が惜しく、クフシーンカは、魔法戦士の背に身を預けた。

 呪医と放送局員が二人の後に続き、将軍と司祭を追いかける。



 塀や壁に無数の弾痕が穿(うが)たれ、どの建物も穴だらけだ。

 街路樹が焼け落ち、強力な攻撃を受けた店は崩壊した。

 人の気配のない団地地区は、これでもまだ、冬の大火で失われたバラック街よりもずっとマシだった。

 数々の痕跡は、戦闘の激しさを物語るが、死体どころか血痕ひとつない。


 ……殺された子の遺体は焼いたと言っていたわね。


 遺体から魔物が涌き、受肉して魔獣化する心配はなさそうだが、キルクルス教式の葬儀はできなくなってしまった。

 近所の人たちは、無事に逃げられただろうか。星の(しるべ)ではない団地地区の住民はどこへ逃れたのか。


 見知った街並は、(ことごと)く破壊され、たった一日で見る影もない。

 一歩、また一歩と不安が募る。



 行政機関などが集まった街区に入った。

 コンボイールの報告通り、放送局前にマイクロバスが一台停まっていた。周辺の建物が全半壊する中、国営放送リストヴァー支局だけは、(ほとん)ど無傷だ。

 「あ、あの、ここの局員さん、どうなったんでしょう?」

 金髪の放送局員が勇気を振り絞って質問した。

 ウヌク・エルハイア将軍に目顔で促され、カピヨーが、運転席で待機する兵士から聞き取って報告する。

 「無抵抗の者は逃げるに任せたそうです。現在は【一方通行】の術で立入制限を行っておりますが、いつでも放送可能です」

 「後程、話し合いの結果をまとめ、放送させるとしよう」


 六人が乗り込むと、湖の民の兵が、国営放送のロゴが描かれた車輌にエンジンを掛けた。天井やドアの内側に呪符が貼ってある。

 カピヨーが、クフシーンカの視線に気付いた。

 「防護の呪符だ。移動中に襲われてはひとたまりもないからな」

 司祭とクフシーンカは無言で頷いた。呪文はわからないが、中央の呪印は礼拝堂の内壁にもある。


 銀行の建物は無事だったが、工員とその家族の安否はわからない。

 放送局前から農村地区の門へ到る道は、瓦礫が撤去され、不自然なまでにキレイだ。昨日は自動小銃を持った門番が居たが、今日は誰も居なかった。

 道路の両脇に広がる畑は爆発に巻き込まれ、あちこちが深く(えぐ)れて無残な傷を晒す。


 「本当に星の(しるべ)を一人残らず捕えたんですか?」

 「哨戒兵が居る。【索敵】の術を用いれば、どこに隠れていようと無駄だ。自治区は要所要所に【消魔の石盤】を設置してあるようだが、そんな物では蜂角鷹(ハチクマ)(まなこ)(さまた)げられぬ」

 クフシーンカは、カピヨーの答えに背筋が凍った。

 呪医と将軍は黙して語らず、先頭座席の司祭は道案内以外の声を発さなかった。


 伝令として解放された者以外、星の(しるべ)は居ないのだ。

 どこかに閉じ込められたと言う者たちも、話し合いが長引けば、飢えや乾きで死んでしまうだろう。

 区長宅に残った者たちは、それでも解放軍に抵抗するだろうか。


 ……戦いにならないように、私たちで説得できるかしら?


 区長宅に近付くにつれ、畑の穴は少なくなり、やがて昨日と同じ風景になった。

 マイクロバスが、区長宅から少し離れた路上で停車する。運転手が何やら呪文を唱え、前方を注視した。

 「玄関前に自動小銃三十丁余りと、弾丸カートリッジが詰まった木箱が置いてあります。銃の山の中に爆弾があり、起爆スイッチらしき物を持った男が庭の隅、茂みの中で待機しています」

 「セプテントリオー、水を貸してくれんか?」

 呪医は通路に手を伸ばし、ウヌク・エルハイア将軍に小瓶を手渡した。


 「家の外はその一名のみ。周辺は無人です」

 「内部はどうだ?」

 「玄関の右側、三番目の応接間らしき部屋に背広の男性が二名、二人ともポケットに手榴弾をふたつずつ、ホルスターに拳銃を所持。その部屋の両側と向かいに自動小銃を持った男が三人ずつ。各人、タクティカルベストに六個ずつ手榴弾をつけています。それから……」

 魔法で区長宅を覗く兵が言い(よど)み、将軍がフロントガラスの向こうに視線を投げて促す。

 「何だ?」

 「応接間の天井裏に若い男性が一名。複数の呪符を扇型に広げて持っています。武器は携帯していません。一番奥の寝室に少女が一名。こちらも武器は所持していません」

 「捕えられているのか?」

 「いえ、室内をうろうろ歩き回っています」

 「なるべく、全員生かして話し合いたいものだな」

 ウヌク・エルハイア将軍が、小瓶を手に席を立つ。


 運転手が不安な顔を向けた。

 「天井の人物も、ですか? 政府軍の間諜の可能性がありますが……」

 「ならば却って好都合。会談の様子をアル・ジャディに知らせる手間が省けようと言うもの。泳がせておけ」

 一緒に降りようとするカピヨーを手振りで留める。

 「儂一人で行こう。お主は念の為、車を守れ。終われば合図する」

 「はッ!」

 カピヨーは、ウヌク・エルハイア将軍に続いて降り、運転席の前に立って見送った。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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